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13話 獣達の庭園
03.フィリップの甥
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***
日が沈むまでユリアナの手伝いをし、フィリップの館へと向かった。相変わらず一人で進むには危険過ぎる道に戦慄が走る。
シオンが予め客が来ると言ってあったせいか、少し早めに到着したにも関わらず、館の明かりは煌々としていた。今回も無事辿り着けた事に胸をなで下ろしながら、玄関の呼び鈴を鳴らす。
程なくして、朝ぶりの出会いであるシオンが顔を覗かせた。
「こんばんは。……申し訳ございません、メイヴィス様。上がられる前に一つ注意事項がございまして、お話ししても?」
「えっ、もしかして忙しかったですか?」
「いえ。気紛れに訪れるお客様がいらっしゃっていまして。完全に貴方様と鉢合わせするかと思われます。館において強い権限をお持ちの方ですので、何か絡まれ――失礼、何か申し付けられるような事があれば、このシオンを早急にお呼び下さい」
どうやら気紛れ且つ気難しい客が来ているようだ。僅かに困ったような顔をしたアロイスが訊ねる。
「その客人と言うのは何者なのだろうか?」
「フィリップ様の甥でございます。とはいえ、お二人の関係性はどちらかと言うと、親子のようなもの。腐れ縁、とも言うのかも知れませんね。ですので、甥御様は割と、その、無茶を押し通してくる傾向にあります。ご注意を」
「了解した。恐らくは無理だろうが、会わないのが一番。そうだろう?」
「ええ、まあ……。ご足労頂いたのにすいません」
用事を済ませて早めに帰れ、とそういう事か。無表情なので真意は分からないが、シオンはやや顔を曇らせている。
「――玄関を開けたままだぞ。何をしている」
不意に館の中から声が聞こえた。フィリップよりもずっと若い男性の声だ。はっとして顔を上げると、やはりそこには館の主ではない男性が立っていた。ただし、どことなく雰囲気と言うか、顔の造形が主に似ている気がする。
男性――否、青年のような彼は薄氷色の双眸を細めた。儚げで気高い氷のような美青年、そんなフレーズが脳裏を過ぎる。
一方でメイヴィスが呆然と立ち尽くしている間に、シオンは慌てる様子も無く頭を下げた。軽い会釈。
「はい。旦那様のお客様をお迎えしておりました。チェスター様はどうされましたか?」
「通り掛かったらドアを開けたままだったから声を掛けただけだ。叔父上に用事とは?」
「え、ええ……。私も用事の内容までは存じ上げておりませんので」
急にぽろっとシオンが嘘を吐いた。あまりにも珍しい動揺っぷりだったからか、チェスターと呼ばれた青年は胡散臭そうに目を眇める。
そして、彼女に何を訊いても無駄と思ったのだろうか。あろう事か、彼の好奇心の矛先はメイヴィスへと向けられた。
「用事か。ヴァレンディアの住人か? まあいい、上がれ。中で話を聞こう」
「で、ですが、彼女等は旦那様の――」
「知らん。貴様、客を外に立たせたままにしておくのが仕事か?」
――このまま玄関で問答しているのも変かもしれない。
何よりシオンがこれ以上責められるのを見ている訳にも行かないので、仕方無くメイヴィスは館へ入る素振りを見せた。ちら、とアロイスの判断を窺う。が、残念ながら騎士サマは護衛対象の意思に行動の選択を任せるようだ。
こちらだ、と甥御様はそう言うと歩き出す。向かう先は恐らくリビングだ。何度も館に来たから流石に分かる。シオンが最後尾から付いて来ているのを横目に、歩き慣れた館を新鮮な気持ちでゆっくり進む。先導する者が代わると、何もかもが違って見えるのは何故だろうか。
程なくしてリビングに到着した。そこには優雅に紅茶を啜る館の主――フィリップの姿がある。ホッと安堵の溜息を吐いた。このまま誰とも知らない甥御様と一緒に行動するのは胃が痛かった。
「メイヴィスか。そういえば、起き抜けにシオンが、今日はお前達が来ると言っていたな」
「――では、貴方の客人と言う事でよろしいか。叔父上殿」
涼やかに甥っ子が訊ねると、フィリップは深々と頷いた。良かった。このまま全然知らない人、などと宣われていたらどうなるか分からなかった。
出会った当初より優しくなった――というか、自分達に慣れてきたフィリップは僅かに目尻を下げ、穏やかな表情を浮かべる。
「用事に関してはまだ聞いていなかったが、今度はどうした? 私の依頼を進める気になったのかな?」
「いえ、イアンちゃんの依頼を先に……」
「賢明な判断だな。では、今回の用件を聞こうか。見ての通り、立て込んでいる。もてなしが出来ず済まんな。ああそうだ、そっちは甥のチェスターだ。気紛れに館へ来る事があるが……。まあ、気にするな」
甥、チェスターに会釈をすると目を伏せるという行為だけで返された。それを気にした様子も無く、フィリップは続いて甥御へとメイヴィス一行を紹介する。
「前々から話していた錬金術師のメイヴィス・イルドレシアと、その護衛のアロイスだ」
「ああ、成る程。想像していたより、ずっと単純そうな娘だ」
――いや、見た目的に私とあなたはさして歳、変わらないと思うよ?
そう思ったが突っ込んではいけない空気だったので止めておいた。
日が沈むまでユリアナの手伝いをし、フィリップの館へと向かった。相変わらず一人で進むには危険過ぎる道に戦慄が走る。
シオンが予め客が来ると言ってあったせいか、少し早めに到着したにも関わらず、館の明かりは煌々としていた。今回も無事辿り着けた事に胸をなで下ろしながら、玄関の呼び鈴を鳴らす。
程なくして、朝ぶりの出会いであるシオンが顔を覗かせた。
「こんばんは。……申し訳ございません、メイヴィス様。上がられる前に一つ注意事項がございまして、お話ししても?」
「えっ、もしかして忙しかったですか?」
「いえ。気紛れに訪れるお客様がいらっしゃっていまして。完全に貴方様と鉢合わせするかと思われます。館において強い権限をお持ちの方ですので、何か絡まれ――失礼、何か申し付けられるような事があれば、このシオンを早急にお呼び下さい」
どうやら気紛れ且つ気難しい客が来ているようだ。僅かに困ったような顔をしたアロイスが訊ねる。
「その客人と言うのは何者なのだろうか?」
「フィリップ様の甥でございます。とはいえ、お二人の関係性はどちらかと言うと、親子のようなもの。腐れ縁、とも言うのかも知れませんね。ですので、甥御様は割と、その、無茶を押し通してくる傾向にあります。ご注意を」
「了解した。恐らくは無理だろうが、会わないのが一番。そうだろう?」
「ええ、まあ……。ご足労頂いたのにすいません」
用事を済ませて早めに帰れ、とそういう事か。無表情なので真意は分からないが、シオンはやや顔を曇らせている。
「――玄関を開けたままだぞ。何をしている」
不意に館の中から声が聞こえた。フィリップよりもずっと若い男性の声だ。はっとして顔を上げると、やはりそこには館の主ではない男性が立っていた。ただし、どことなく雰囲気と言うか、顔の造形が主に似ている気がする。
男性――否、青年のような彼は薄氷色の双眸を細めた。儚げで気高い氷のような美青年、そんなフレーズが脳裏を過ぎる。
一方でメイヴィスが呆然と立ち尽くしている間に、シオンは慌てる様子も無く頭を下げた。軽い会釈。
「はい。旦那様のお客様をお迎えしておりました。チェスター様はどうされましたか?」
「通り掛かったらドアを開けたままだったから声を掛けただけだ。叔父上に用事とは?」
「え、ええ……。私も用事の内容までは存じ上げておりませんので」
急にぽろっとシオンが嘘を吐いた。あまりにも珍しい動揺っぷりだったからか、チェスターと呼ばれた青年は胡散臭そうに目を眇める。
そして、彼女に何を訊いても無駄と思ったのだろうか。あろう事か、彼の好奇心の矛先はメイヴィスへと向けられた。
「用事か。ヴァレンディアの住人か? まあいい、上がれ。中で話を聞こう」
「で、ですが、彼女等は旦那様の――」
「知らん。貴様、客を外に立たせたままにしておくのが仕事か?」
――このまま玄関で問答しているのも変かもしれない。
何よりシオンがこれ以上責められるのを見ている訳にも行かないので、仕方無くメイヴィスは館へ入る素振りを見せた。ちら、とアロイスの判断を窺う。が、残念ながら騎士サマは護衛対象の意思に行動の選択を任せるようだ。
こちらだ、と甥御様はそう言うと歩き出す。向かう先は恐らくリビングだ。何度も館に来たから流石に分かる。シオンが最後尾から付いて来ているのを横目に、歩き慣れた館を新鮮な気持ちでゆっくり進む。先導する者が代わると、何もかもが違って見えるのは何故だろうか。
程なくしてリビングに到着した。そこには優雅に紅茶を啜る館の主――フィリップの姿がある。ホッと安堵の溜息を吐いた。このまま誰とも知らない甥御様と一緒に行動するのは胃が痛かった。
「メイヴィスか。そういえば、起き抜けにシオンが、今日はお前達が来ると言っていたな」
「――では、貴方の客人と言う事でよろしいか。叔父上殿」
涼やかに甥っ子が訊ねると、フィリップは深々と頷いた。良かった。このまま全然知らない人、などと宣われていたらどうなるか分からなかった。
出会った当初より優しくなった――というか、自分達に慣れてきたフィリップは僅かに目尻を下げ、穏やかな表情を浮かべる。
「用事に関してはまだ聞いていなかったが、今度はどうした? 私の依頼を進める気になったのかな?」
「いえ、イアンちゃんの依頼を先に……」
「賢明な判断だな。では、今回の用件を聞こうか。見ての通り、立て込んでいる。もてなしが出来ず済まんな。ああそうだ、そっちは甥のチェスターだ。気紛れに館へ来る事があるが……。まあ、気にするな」
甥、チェスターに会釈をすると目を伏せるという行為だけで返された。それを気にした様子も無く、フィリップは続いて甥御へとメイヴィス一行を紹介する。
「前々から話していた錬金術師のメイヴィス・イルドレシアと、その護衛のアロイスだ」
「ああ、成る程。想像していたより、ずっと単純そうな娘だ」
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