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13話 獣達の庭園
05.国立図書館
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***
フィリップ宅でその甥と、そんな会話をした翌日。
メイヴィスは当然の如くシルベリア国立図書館へ足を運んでいた。というのも、アロイスに相談したところ、二つ返事で付いてきてくれたからだ。自分で言うのも何だが、あまりにもあっさりしすぎていると思う。
既に日が高く昇ったシルベリアの大地はしかし、しんしんと冷え込むような寒さが消える事は無い。図書館内は空調が効いているのか適温状態だが、ここへ歩いて来るまでは寒かった。
図書館内部は上から下まで、どこまでも本、本、本――
天井までうずたかく貯蔵されたそれらは、最早探すのも億劫になってくるような量の本だ。今まで生きてきて、こんなにも大量の本を一度に目にした事はまずない。
「素晴らしい光景だな。俺も何か読んでみようか」
クツクツと笑ったアロイスがそう呟いた。ちら、と同行者の様子を伺う。またも自分の用事で振り回してしまったが、体面上、それをどうこう思っている気配は無い。
彼が飛び抜けたお人好しである事はヴァレンディア国へ来る前から分かりきっていた事だが、ここまであっけらかんとされると、流石に困惑を隠せない。
「……アロイスさんは、どんな本を読むんですか?」
「そうだな俺は……何でも読むな。ただ、仕事の関係上、武器に関する本や軍略の本を読む事が多いが」
「恋愛小説とかでも読むという事ですか?」
恋愛小説とアロイス、関係性が全く見いだせず、思わず問い返してしまった。目が合った騎士サマが穏やかな笑みを浮かべる。
「そうだな。勧められれば読むが――如何せん、詳しくはなくてな。面白いものがあれば、是非紹介して欲しいものだ」
「そうなんですか。私はあまり、本は読みませんね。魔術関係の専門書は必要に駆られれば読みますけど」
「錬金術に関する書物か」
「ああいえ、錬金術はあまり人気が無くて。論文を出している方もあまりいないので、そもそも絶対数が少ないんですよね……」
未開拓の魔道、錬金術。
誰も深く触って来なかった分野であるが故に、完全な手探り状態だ。一定以上の実力を持つ錬金術師というのは基本的に独学。どこをどうすれば最も手際よく出来るのかを、誰も発表しない。
故に、アルケミスト達の扱う手順というものは人に寄ってガラッと変わる事がほとんどだ。書物を読んでみたら自分のやり方が効率が良いという結果に終わったり、とにかく書物を読むメリットはほとんど無いと言える。
召喚術の本を探しながら、ちらっとミスリルについて思いを馳せた。あれもそうだ。ミスリルを溶かす製法、それを公にしないと誓ったが他にも同じ事を考えた人物がいるのかも知れない。
更にもっと簡単に溶かす方法が――
「……あれ、召喚術のコーナーってどこだと思います? アロイスさん」
「資料が多すぎて探すのも一苦労だな。とはいえ、俺もここまで来たのは初めてだ。力にはなれそうにないな、すまない」
「いえ、探せない私が悪いので……」
早々に探す気が失せてしまい、周囲を見回す。幸いな事に大きな図書館であるお陰か、行ったり来たりと司書の姿がチラホラと見られる。きっちりした制服を着込み、どことなく清潔そうな出で立ちをしている者が大半だ。
キビキビと働いている様はあまりにも機械的で、声を掛けるのを一瞬躊躇う。しかし突っ立っている訳にもいかない、となけなしの勇気を振り絞って一人の女性司書を捕まえた。
「あ、あの! すいません、ちょっと良いですか?」
「はい。ご用件は何でしょう?」
丁寧な物腰で訊ねてくる働く女性に一瞬だけ物怖じする。自由がモットーのコゼット・ギルドには居ない人種だ。というか、ギルドという空間が自由過ぎたのかもしれない。
一瞬現実逃避をし、気を取り直して用件を切り出す。
「す、すいません。召喚術に関する本ってどの辺においてありますか?」
ここで司書が僅かに首を傾げた。その意味はすぐに思い知る事となる。
「えーっと、そちらの資料ではありませんか?」
「えっ……。あ、こ、これです!」
司書が手で指し示した先。声を掛ける前に見た棚とは、反対側にある棚の中に大量の償還術に関する本が収納されている。何という事だろうか。せめてこの範囲だけでも、目を通しておけば良かった。
羞恥と申し訳なさが同時に湧上がって来る。そんなメイヴィスの心境など露知らず、司書は軽く一礼すると仕事へ戻って行った。
何事も無かったかのように、アロイスもまた並ぶ関連書式を覗き込む。
「これはまた……大量の資料だな。どれが最も分かりやすい物なのか、さっぱり分からない」
「うーん、ここは無難に『召喚士入門』とか、『召喚術の常識100選』とかが良いですかね?」
「図解されているものが良いんじゃ無いのか? 何冊か読むべきだろう」
「図ですか。そうですよね、術式のパターンも何個か覚えておきたいですし……」
アロイスに手伝って貰い、軽く3桁はある本の中から4冊のみを厳選した。初心者向けから中級者向けまでの専門書だ。
謂わば錬金術とは元の術式を応用する事と同義。初心者と同等の知識量では上手く行かない事は請け合いだ。であれば、最初から中級者にまで上り詰める気概で臨むとしよう。
「1週間は借りられるそうだな。一度本を借り、来週返却しに来てはどうだろうか?」
「いえ、宿自体は3日取ってあるので、宿に戻って4冊とも読破します」
「良いのか? そう急ぐ必要は無いぞ」
「アロイスさんを待たせる訳には行きませんから……」
自分がここに居るとアロイスもまた、図書館に固定されてしまう。やはり一度宿へ帰るべきだろう。それに、何度もシルベリアまで来るのは大変だ。
フィリップ宅でその甥と、そんな会話をした翌日。
メイヴィスは当然の如くシルベリア国立図書館へ足を運んでいた。というのも、アロイスに相談したところ、二つ返事で付いてきてくれたからだ。自分で言うのも何だが、あまりにもあっさりしすぎていると思う。
既に日が高く昇ったシルベリアの大地はしかし、しんしんと冷え込むような寒さが消える事は無い。図書館内は空調が効いているのか適温状態だが、ここへ歩いて来るまでは寒かった。
図書館内部は上から下まで、どこまでも本、本、本――
天井までうずたかく貯蔵されたそれらは、最早探すのも億劫になってくるような量の本だ。今まで生きてきて、こんなにも大量の本を一度に目にした事はまずない。
「素晴らしい光景だな。俺も何か読んでみようか」
クツクツと笑ったアロイスがそう呟いた。ちら、と同行者の様子を伺う。またも自分の用事で振り回してしまったが、体面上、それをどうこう思っている気配は無い。
彼が飛び抜けたお人好しである事はヴァレンディア国へ来る前から分かりきっていた事だが、ここまであっけらかんとされると、流石に困惑を隠せない。
「……アロイスさんは、どんな本を読むんですか?」
「そうだな俺は……何でも読むな。ただ、仕事の関係上、武器に関する本や軍略の本を読む事が多いが」
「恋愛小説とかでも読むという事ですか?」
恋愛小説とアロイス、関係性が全く見いだせず、思わず問い返してしまった。目が合った騎士サマが穏やかな笑みを浮かべる。
「そうだな。勧められれば読むが――如何せん、詳しくはなくてな。面白いものがあれば、是非紹介して欲しいものだ」
「そうなんですか。私はあまり、本は読みませんね。魔術関係の専門書は必要に駆られれば読みますけど」
「錬金術に関する書物か」
「ああいえ、錬金術はあまり人気が無くて。論文を出している方もあまりいないので、そもそも絶対数が少ないんですよね……」
未開拓の魔道、錬金術。
誰も深く触って来なかった分野であるが故に、完全な手探り状態だ。一定以上の実力を持つ錬金術師というのは基本的に独学。どこをどうすれば最も手際よく出来るのかを、誰も発表しない。
故に、アルケミスト達の扱う手順というものは人に寄ってガラッと変わる事がほとんどだ。書物を読んでみたら自分のやり方が効率が良いという結果に終わったり、とにかく書物を読むメリットはほとんど無いと言える。
召喚術の本を探しながら、ちらっとミスリルについて思いを馳せた。あれもそうだ。ミスリルを溶かす製法、それを公にしないと誓ったが他にも同じ事を考えた人物がいるのかも知れない。
更にもっと簡単に溶かす方法が――
「……あれ、召喚術のコーナーってどこだと思います? アロイスさん」
「資料が多すぎて探すのも一苦労だな。とはいえ、俺もここまで来たのは初めてだ。力にはなれそうにないな、すまない」
「いえ、探せない私が悪いので……」
早々に探す気が失せてしまい、周囲を見回す。幸いな事に大きな図書館であるお陰か、行ったり来たりと司書の姿がチラホラと見られる。きっちりした制服を着込み、どことなく清潔そうな出で立ちをしている者が大半だ。
キビキビと働いている様はあまりにも機械的で、声を掛けるのを一瞬躊躇う。しかし突っ立っている訳にもいかない、となけなしの勇気を振り絞って一人の女性司書を捕まえた。
「あ、あの! すいません、ちょっと良いですか?」
「はい。ご用件は何でしょう?」
丁寧な物腰で訊ねてくる働く女性に一瞬だけ物怖じする。自由がモットーのコゼット・ギルドには居ない人種だ。というか、ギルドという空間が自由過ぎたのかもしれない。
一瞬現実逃避をし、気を取り直して用件を切り出す。
「す、すいません。召喚術に関する本ってどの辺においてありますか?」
ここで司書が僅かに首を傾げた。その意味はすぐに思い知る事となる。
「えーっと、そちらの資料ではありませんか?」
「えっ……。あ、こ、これです!」
司書が手で指し示した先。声を掛ける前に見た棚とは、反対側にある棚の中に大量の償還術に関する本が収納されている。何という事だろうか。せめてこの範囲だけでも、目を通しておけば良かった。
羞恥と申し訳なさが同時に湧上がって来る。そんなメイヴィスの心境など露知らず、司書は軽く一礼すると仕事へ戻って行った。
何事も無かったかのように、アロイスもまた並ぶ関連書式を覗き込む。
「これはまた……大量の資料だな。どれが最も分かりやすい物なのか、さっぱり分からない」
「うーん、ここは無難に『召喚士入門』とか、『召喚術の常識100選』とかが良いですかね?」
「図解されているものが良いんじゃ無いのか? 何冊か読むべきだろう」
「図ですか。そうですよね、術式のパターンも何個か覚えておきたいですし……」
アロイスに手伝って貰い、軽く3桁はある本の中から4冊のみを厳選した。初心者向けから中級者向けまでの専門書だ。
謂わば錬金術とは元の術式を応用する事と同義。初心者と同等の知識量では上手く行かない事は請け合いだ。であれば、最初から中級者にまで上り詰める気概で臨むとしよう。
「1週間は借りられるそうだな。一度本を借り、来週返却しに来てはどうだろうか?」
「いえ、宿自体は3日取ってあるので、宿に戻って4冊とも読破します」
「良いのか? そう急ぐ必要は無いぞ」
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