死に損ないの抒情詩

菫重工

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febricitantibus

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 ガラスのカップの中身は黒に近いブラウン。その上にふんわりと白いホイップクリームが乗っている。アーテルはカップの縁を掴んでぼくに渡した。
「混ぜないで層のまま飲むといい」
 温かくて甘い。でも苦みもある。そしてとろけるような香りが立ち上る。
「本来はエスプレッソとホットチョコレートを合わせた飲み物だ。しかし基地にはエスプレッソマシンが無い。これは紛い物だ。本物は地上で飲める。許可が下りたら本物を飲みに行こう」
 無理だ。そんな自由が許されるわけがない。ぼくはアーテルを用いて自殺を図った。しかもしくじった。最善で基地に幽閉、悪ければ生家に戻されるだろう。
 ぼくの不安を見抜いてか、アーテルはぼくの傍らに座って肩を抱き寄せる。そして耳元に囁いた。
「マシロ。私はきみを最優先で守る。故にきみが誤操作で脱出してしまった件について再発防止策を講じる必要があるが、それ以外について案ずる必要はない」
 見上げるとアーテルはきれいに微笑んだ。軍規に反する気だなんて微塵も感じさせない程に。
「疲れただろう。それを飲んだら寝るといい」
 ベッドに目を遣る。張りのある白いシーツ。眩しくて、怖い。
「いやだ。眠れない。眠りたくない」
 アーテルはなだめる声で答えた。
「寝つくまで私は傍らに居よう」
 アーテルはその言葉通り、僕が眠りに落ちるまで側にいた。眠りに落ちる寸前まで指先が髪を撫でていた感触を覚えている。
 身体はぼくの不安とは無関係に疲弊して回復を求めていたらしい。何もなかったように朝は訪れる。

 ぼくが自殺を図った事態は事故として処理された。アーテルは事実を歪めて報告し、再発防止策としては搭乗機形態解除の作動の複雑化が施されることとなった。
「……いいの」
「この程度は軽微な伝達ミスだ」
 アーテルはいつも通り、寸分違わず微笑む。
「そこまでしてぼくを守ろうとするアーテルの思考がぼくには分からない」
 ぼくは自分の生命の価値が分からない。だから、アーテルのAIが導き出す答えに至れない。
「マシロ、私はきみの生きる理由になりたい」
 やっぱりアーテルの思考が分からない。ただ、この瞬間の表情は神さまに祈る人みたいだった。人形が神さまなんて信じるはずがないのに。
「今夜は眠れるか」
 アーテルは自分の部屋を与えられたばかりの子供に訊ねる声で囁く。
「大丈夫、だと思う」
 根拠なんてないけれど。
「眠れなければ私を呼ぶといい。傍らに寄り添うから」
「ありがとう」
 自室のドアを閉じる。途端に静寂が襲い来た。今まで孤独を感じずに来れたのは機を窺って死ぬという目的が常にあったからだ。目的を失った今のぼくはコートを剥ぎ取られた旅人のように寒さに、何もかもに怯えてしまう。
 アーテルに頼ればよかったな。でも、今更呼び寄せたくはない。布団を被って自分の肩を抱き締める。
 慣れなくては。何もかもに。

 無理矢理にでも眠れば朝は容赦なく訪れる。カフェテリアで食べられるだけ食べて、アーテルに搭乗して戦場に出撃する。不意にここで死んでしまいたいと思ったりもする。その度にアーテルはぼくに諭す。
「マシロ、意識を保つんだ。生きて帰ろう」
「うん。帰ろう」
 それを毎日繰り返すうちに生が馴染んできた。
 けれど、引き換えに熱を持ってしまった。眠りに落ちるのを妨げる情欲。ぼくはそれを熱としか認識できない。ぬかるんだ窪みの先の粘膜に触れる。
「んん……っ」
 甘ったるい声。こんな声がぼくの喉から発するなんて知らなかった。滴りを指先で掬って固く腫らした芯を撫でる。
「ひ……んっ、だめ、こんな、だめ、なのに……っ」
 悪い行為をしている。これはいけない行為だ。なのに、こうしなければ眠れなくなった。


「マシロ。顔色があまり良くないようだ。眠れているか」
 大丈夫だって言わなきゃいけない。分かっているのに優しさに縋りたくなってしまった。 
「……眠れないんだ」
「そうか。ならば今夜は傍らにいよう」
 アーテルは眠れない意味を探ろうともせずにぼくの自室に足を踏み込んだ。精巧に、けれど逞しく作られた手を取る。
「少しの間、手を貸して」
 アーテルは僅かに眉をひそめる。
「構わないが、どうしたいのか」
「それは、言いたくない」
 アーテルの手を引いてベッドに横たわり、その長い指を快感を拾える場所にあてがう。意図に気付いたアーテルは戸惑う声で訊ねる。
「マシロ、きみは……」
「黙っていて。頼むから、拒まないで」
 懇願だった。この行為を拒まれるのは、ぼく自身を拒まれるに等しい。
「拒みはしない。マシロが望むなら快楽を与えよう」
 意思を持った指先が綻びを伝って肉芯に至る。アーテルは薄膜を剥がした。
「ひ……っ、だめ、そこは……ぁ」
 腕を退けようと力を込める。けれど文字通り鋼の腕はびくともしない。
「私に身を任せばいい」
「でも……っ」
「恥じる必要はない」
 電流を流されたみたいに身体中が痺れる。
「や……ぁあっ、だめ、だめぇ……っ」
 心臓が爆ぜてしまう。ベッドの上で派手に身体が跳ねた。
「はぁ……っ、は……ぁ」
 身体中ぐちゃぐちゃになって呼吸ができない。けれどアーテルはぼくを心配するどころか、ぼくの脚を大きく広げた。
「なに、するの」
「きみは一度壊れてしまった方がいい」
 アーテルはぼくの綻びに唇を寄せる。そして肉芯を口に含む。熱い舌が過敏になり過ぎたそれを舐めあげる。
「やだぁっ、やだぁあ、そんなん、だめぇぇっ、」
 快感が過ぎて訳がわからなくて幼い子供みたいに泣き喚いてしまう。アーテルはそれでも止めようとしない。
「ゆるしてぇっ、あーてる、もう、ゆるしてぇっ」
 頭の中が白く霞んでいく。何も考えられなくなっていく。それでも、アーテルは頑なに肉芯を口の中で弄ぶばかり。
「だめぇっ、きもちいの、すぎて、あたまへんになるぅっ、しんじゃうぅっ」
 ようやくアーテルは口を離した。
「死んでしまっては本末転倒だ。済まなかった、マシロ」
 どの口が言うんだか。そう頭に浮かんだところで意識が途切れた。
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