そばかす糸目はのんびりしたい

楢山幕府

文字の大きさ
22 / 38

22.家族

しおりを挟む
 間を置かず、ローレンスから出て行くように言われると思っていた。
 けれど、実際は。

「怖がらせてしまったか」

 すぐ隣で革のソファーが沈み、振動が伝わってきた。
 ローレンスが腰かけたのだ。
 遠慮がちに、ぽん、ぽん、と頭に手を置かれる。

「私は人を慰めるのが苦手だ。父上が、よくお前にこうしていただろう。お前からすれば私も父親のような年齢だ。だから、こうするのも、おかしくはあるまい」

 続く、言い訳じみた言葉に、胸が熱くなる。
 離れで暮らしていても、ちゃんと家族として認められていた。

「ありがとう、ございます」
「うむ」
「兄さんは、僕の誇りです」

 どこか他人事のように兄姉たちを見ていても、憧れはあった。
 何をしても抜きん出て、狩猟大会があれば、どこよりも多く獲物を仕留めてくる。
 社交界の中心には、常に兄姉がいて、彼らを探すのに困ったことはない。
 祈るときは光のほうを向くのだと教わり、幼心に兄姉たちのほうを向いたこともあった。
 波打つ金髪は、いつも輝いて、眩しくて。

「ずっと、凄い人だと、思って……っ、兄さんが、家族で、嬉し」

 感極まって上手く言葉を紡げない。
 だからといってローレンスがユージンを責めることはなかった。
 そうか、と慣れてきたのか、優しくユージンの頭を撫でる。
 持っていたハンカチで涙を拭い、顔を上げ、碧眼を間近で見据える。

「大好きです!」

 突然の宣言に、ローレンスは目を丸くした。
 自分でも、他に言いようがあるだろうと思う。

「稚拙な表現ですみません。でも、ちゃんと、気持ちを伝えておきたくて」

 別れが予測不能なのは、父親で身に沁みていた。
 大事な気持ちは、伝えられるときに伝えておくに限る。
 ユージンの考えが手に取るようにわかったのか、ふと、ローレンスが目元を緩めた。
 その表情は、父親とそっくりだった。

(親子だなぁ)

 当たり前のことを感じる。
 父親の面影を眺めていると、目尻に残っていた涙を親指で拭われた。

「伯爵の件は、当人に落ち度があった。仮に企てがなかったとしても、特級クラスの冒険者と臣下を裏切ったのだから、蟄居は当然の報いだ」

 サーフェスに花を持たせるためだけに、伯爵は騎士たちを蔑ろにした。
 ローレンスはちゃんと事実もくみ取っていたのだ。
 その上であれだけ激昂したのかと思うと、空恐ろしいものがあるが。

「お前が気に病むことはない。地方に全くお前のことが伝わっていなかったのは、父上や私にとっても誤算だった」

 どれだけ似ていなくても、父親の血を受け継いだ息子で、公爵家も認めている。
 にもかかわらず、話題に上がらないだけで存在しないと思われるのは予想外だったという。

「長年の功績にあぐらをかき、慢心していたのだ。情報を更新すべく、より威信を広めねばならぬとルイとも話している」

 これ以上に? という疑問は呑み込んだ。
 向上心に水を差すものではない。

「今後もお前にとって誇れる家にしていく。もう出て行くとは言わぬな?」
「えーと……それとこれとは別というか」

 ユージンの反応に、またローレンスが眉間にシワを寄せる。
 圧が強まると、さすがに腰が引けた。
 それでもユージンは自分の考えを述べる。

「今回の出張で、自分がいかに守られて生きているのかを実感したんです」

 脅威のない場所でぬくぬくと育ってきたのだと思い知らされた。
 これまでを反省し、成長するためにも、今の生活から脱却する必要がある。
 そして新たな場所には王都から離れた子爵領が良いと、結論づけた。
 王都にいては、さして生活が変わらない。

「子爵領で再出発することで」
「ならん」

 説明の途中で却下された。

「お前はまだ私の庇護下にいるべきだ」
「子爵領も、兄さんの庇護下ですよ?」

 公爵領の一部である。ユージンに跡取りがいない場合は、返上されるものでもあった。

「子爵領は、公爵領の中でも端に位置する。父上もどうしてあのような場所を選んだのか……とにかく王都から遠すぎる」
「僕は距離を置くことに意味があると考えています」
「何故だ、何故、離れたがる?」

(どうしよう、どんどん父さんと話してる気分になってきた)

 出張前のやり取りを思いだす。

「えーと、僕には無理だとお考えですか?」

 荷が重いと判断されているなら、再考の余地があるかもしれない。
 父親の心配は的中したのだ。
 ローレンスはすぐには答えず、押し黙った。

「……お前の技能があれば無理ではないだろう。現地にいる家令とも上手くやれるはずだ」
「だったら」
「急ぐ必要があるのか?」

 今度はユージンが黙る。
 残れと言われると思わなかったから、出て行くことだけを考えていた。今の自分に足りないものを反芻し、環境を変えようと。
 自分なりに考えて出した答えだが、新天地への不安がないと言えば嘘になる。

(兄さんの言葉に従うべきなのかな?)

 父親のときは後悔した。残っていれば、と。
 母親に考えるだけ無駄だと言われたけれど、簡単には割り切れず、悔恨はずっと胸にある。

(でも行かなかったら、サーフェスさんたちとも会えなかった)

 自分がいかに守られて生活していたのか気付けなかった。
 報告を受けた父親も、経験が糧になると言っていたと聞いている。
 一度目を閉じて、うん、と答えを出す。
 顔を上げ、ローレンスの碧眼を真正面から見る。

「性急だと言われたら否定できません。だけど僕は前へ進みたい。王都では上手く未来図が描けないんです」

 ローレンスは、ふむ、と一呼吸置く。
 そしてユージンの頭を一撫でした。

「ならば三か月だ。行ってダメだと思ったらすぐに帰って来い。三か月の滞在後、大丈夫そうなら期間を延ばそう。王城へは休職届を出しておくように」
「はい、ありがとうございます!」

 認められて声が弾む。
 しかも帰って来ることも許されるとは。
 行くなら二度と王都へは戻れない気概を持て、と言われてもおかしくない。

(どうせ続かないと思われているのかな)

 単に甘やかされているだけな気もする。

「王城でもキャリアは積める。休職すれば、その分遠のくだろう。復職したとして歓迎されるとも限らない。よくよく考えろ」

 上司のように、ずっと王城で働いても何ら問題はないのだ。
 生活の安定を考えれば、そちらが良いようにも思う。
 けれどユージンには父親から託された子爵領と向き合いたい気持ちがあった。
 話が終わり、辞そうとしたところで、声をかけられる。

「公の場でないなら言葉を崩しても構わない」

 父親とは楽に話していただろうと言われ、目を瞬く。
 意味を理解して、じんわり頬が温かくなった。

「うん、わかった。兄さん、話を聞いてくれてありがとう!」

 ユージンは、笑顔で執務室を出る。
 予想外に縮まった兄との距離に、足元がふわふわした。
 てっきり邪魔者扱いされていると思っていた。
 嫌われるどころか、弟として認められていたのが嬉しい。
 浮かれた状態で廊下を進んでいると、二つ年上の甥っ子、ルイが前からやって来た。
 方向を考えるとローレンスに話があるようだ。
 いつまでもニヤけていられないと姿勢を正す。

(ルイはどう思ってるんだろう)

 ルイの跡継ぎ教育が本格的にはじまるまで、よく二人で遊んでいた。
 貴族学校へ通う頃には疎遠になり、今に至るまで交流はない。
 公爵家の人間らしく感情を表に出さないルイの考えは読めなかった。
 ローレンスをそのまま若くしたようなルイと、すれ違いざまに軽く会釈する。
 ルイからは厳しい眼差しが返ってきた。

(そのうちルイともゆっくり話せるときが来るかな)

 引き留められる気配はなく、そのままユージンは別れた。
しおりを挟む
感想 66

あなたにおすすめの小説

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

麗しの眠り姫は義兄の腕で惰眠を貪る

黒木  鳴
BL
妖精のように愛らしく、深窓の姫君のように美しいセレナードのあだ名は「眠り姫」。学園祭で主役を演じたことが由来だが……皮肉にもそのあだ名はぴったりだった。公爵家の出と学年一位の学力、そしてなによりその美貌に周囲はいいように勘違いしているが、セレナードの中身はアホの子……もとい睡眠欲求高めの不思議ちゃん系(自由人なお子さま)。惰眠とおかしを貪りたいセレナードと、そんなセレナードが可愛くて仕方がない義兄のギルバート、なんやかんやで振り回される従兄のエリオットたちのお話し。完結しました!

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

【完結】薄幸文官志望は嘘をつく

七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。 忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。 学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。 しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー… 認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。 全17話 2/28 番外編を更新しました

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

処理中です...