そばかす糸目はのんびりしたい

楢山幕府

文字の大きさ
14 / 38

14.貴族

 ディアーコノス伯爵の立場を思っての発言だろう。
 しかし支部長の一言は、完全に余計な一言だった。
 上司であるウース男爵は、ユージンと同じ王都生まれ、王都育ちの生粋の貴族である。
 冒険者ギルドの存在は理解しているが、心証が良いとは言えない。彼らは時に、貴族をも手中に収めようとするからだ。
 冒険者ギルドを誘致しない領地の者たちは、国外の勢力に依存する危険性を熟知していた。
 カッと上司が目を見開く。

「貴族の間に平民が割って入るなど言語道断! 君は我が国の歴史を愚弄するつもりか!」

 貴族には誇りがある。
 国の歴史は王家、そして貴族を含めた国民がつくるものだが、貴族は外敵から領民を守り生活を支えている自負があった。
 一部には志のない悪徳貴族もいる。能力が足らない貴族も。けれどそれが全てではないし、領民を守るのは貴族の基本理念だった。
 そこへあとからやって来た人間が大きな顔をできるほど、国は落ちぶれていない。
 予想外の剣幕に、冒険者ギルドの支部長はたじろいだ。
 きっとここにいる貴族相手には、今まで言い分が通ったのだろう。

「私が男爵だからと軽んじているのかね? 我がウース男爵家は、国民の耳になるようにと、建国当時の国王陛下から直々に爵位を奉じられた家門ぞ!」

 上司の発言通り、ウース男爵家の歴史は古い。
 領地を持たないため男爵の位に留まっているが、歴代文官を輩出し、国に仕えてきた家門である。
 上司は宰相とも親交があるくらいだ。
 これくらい貴族なら常識だった。だから伯爵も上司と対話を試みているのだ。
 目ざとい参加者は、王都への足がかりとして交流を持とうとしていた。上司が社交を任せろと言ったのも、このためである。
 旗色が悪いと察した伯爵は折れた。

「わたしに落ち度があったようだ、誤解を与えてしまった件については謝罪しよう」
「では軟禁にもご了承いただけますね」
「なんっ!?」

 まさかの言葉だった。
 ユージンも内心驚く。
 そして、ここにきてようやく、上司が演技ではなく本気で怒っているのだと悟った。

「騎士を処分しただけでことが済むとお思いですか? 再三言っていますが、ユージンくんは『テナチュールの花弁には指一本触れるな』と謳われる、その人ですよ?」

 テナチュールとは茶色の色彩を持つバラの一種だ。
 容姿端麗な公爵家の末息子であり、花にたとえられる人間がこんなに平凡だと誰が思うか! と、伯爵の目が雄弁に語る。ユージンも同意だった。

(花のたとえは、温室育ちの揶揄でもあるんだけど)

 ニヤニヤした悪友から、このフレーズを聞いたときは耳を疑った。よくもまぁ、ここまで言葉を飾れたものである。
 さすがに軟禁はあり得ないと伯爵は怒気を返す。

「わたしは領地を治めるディアーコノス伯爵家の当主だぞ! そのような横暴を国王陛下が黙っているわけがあるまい!」

 領地での裁量は、領主に任せられる。
 本来なら上司がどうにかできる相手ではない。

「まだ理解されていないようですね。今頃、私が書いた報告書が竜騎士によって届けられ、公爵家を介し、国王陛下の目にも留まっていることでしょう」

 ユージンと上司を運搬するのに一週間かかった飛竜だが、荷物がなければ当然、もっと速く飛べる。
 竜騎士の技量にもよるが、ユージンが伏せっていた日数を考えると、妥当な推量だった。

「王家のよき隣人であり、盟友である公爵の息子が害されたと知って、国王陛下が放置なさるとお思いですか? 少なくとも事実確認のため調査団が編成されるでしょう。冒険者ギルドと癒着し、逃走の危険性がある被疑者を放っておくほど、私は耄碌しておりませんよ」
「わたしは癒着などしていない!」
「そうですか? 先ほどの支部長の発言から、可能性ありと判断させていただきました」

 ひとえに付け入る隙をつくった伯爵が悪かった。
 言いがかりでも可能性があれば、押して通せるのが貴族である。
 もちろん、そのためには根拠が必要だが、ユージンという被害者がいる手前、伯爵に逃げ道はない。

「潔白は、あとから来る調査団にされるがよろしいでしょう。君たちも、次の主人に仕えたい意思があるなら、身の振り方を考えたほうがいいですよ」

 後半は騎士たちに向けられた言葉だ。
 次の主人、というフレーズに、彼らの行動は早かった。
 男爵の指示通り、伯爵を自室へ連れていく。
 伯爵は何か喚いていたが、聞く耳を持つ者は誰もいなかった。損得勘定だけで繋がった関係は、切り捨てられるのも早い。
 そっとユージンは上司に訊ねる。

「代替わりを促されるほどの罪に問われますか?」
「君も自分の立場を今一度自覚しなさい。ケラブノス公爵家の者なら当然の権利です」

 公爵家の人間として誇りがあるなら、そんな言葉は出てきませんよ、と軽く叩かれる。
 指一本触れるなという警告は、上司には通用しなかった。
 社交界において、ユージンは空気という名の爪弾きものだった。父親の保護下にいられるのも、存命中の間だけである。
 だから身の上について軽視する傾向があった。

(僕は、ちゃんと向き合えてなかったのかな)

 知らず知らずのうちに斜に構え、わかったつもりでいたのかもしれない。
 上司の言葉に考えさせられる。
 そんなユージンを見る上司の目には慈愛があった。

「さぁ、私はもう少し場を掌握しますので、ユージンくんは先に帰りなさい」
「はい、何から何までありがとうございます」
「君の行動は、いつだって誰かを助けるためですからね。私も働きがいがありますよ」

 白髪交じりの銀髪を撫で付け、上司は周囲に聞こえる声量で独白する。

「さて、次の伯爵候補について興味がある方はおられますかね?」

 ざっと人々の視線が上司に集中した。
 現当主が退場するなら、次は誰に擦り寄るべきか、気にならない者はこの場にいなかった。
 宣言通り、場を掌握しはじめる上司に舌を巻きながら、ユージンは広間を出た。敵に回すと恐ろしい人である。
 馬車へ向かう途中で、ドウキと遭遇する。

「サーフェスは自力で逃げたみてぇだ」

 休憩室を確認したところ、いた痕跡はあったものの姿が見当たらなかったという。

「逃げられたなら良かったです。ご協力ありがとうございます」
「それはこっちの台詞だ。やけに支部長がアイツに酒を勧めるとは思ってたんだよ。伯爵と席を外したのにも気付けなかった」

 あれだけ人がいて賑わっていたら見逃しても仕方がない。
 聞き捨てならないのは支部長の行動だった。

「支部長は、この件で伯爵とグルだったんですね」
「サーフェスも盲点だったろうよ。支部長は味方だと思ってたからな。オレも残念だぜ」
「上司には僕から報告しておきます」
「おう、何から何まで世話になるな」
「僕のほうこそ、お世話になりっぱなしで」
「ふんっ、今回の件で、十分借りは返せただろうよ」

 バシバシと思いっきり背中を叩かれてつんのめった。
 暴行事件もあり、今後は体を鍛えよう何度目かの誓いを立てる。
 ドウキと別れを告げ、馬車に乗った。
 門へ向かっていた途中、窓から屋敷の庭を見ていて違和感を覚える。
 煌々と照らされていたはずの一部に陰ができていた。
 中庭のそれとは違う。
 咄嗟に御者へ声を張り上げた。

「停めてください!」

 警戒しつつ、御者の目が届く範囲で暗闇を探る。
 そこにレイクブルーの色を認めた。

「サーフェスさん!」

 陰は、潜んだサーフェスによるものだった。
 中庭では故意に暗がりがつくられていたこともあり、警備兵は気に留めなかったようだ。

「んっ……ユージン?」
「大丈夫ですか? 動けるようならお手伝いします」

 生憎、回復薬の類は持ち合わせていない。夜会には必要ないものだ。
 サーフェスに肩を貸し、ユージンはホテルへの帰路に就いた。
感想 66

あなたにおすすめの小説

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】薄幸文官志望は嘘をつく

七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。 忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。 学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。 しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー… 認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。 全17話 2/28 番外編を更新しました

麗しの眠り姫は義兄の腕で惰眠を貪る

黒木  鳴
BL
妖精のように愛らしく、深窓の姫君のように美しいセレナードのあだ名は「眠り姫」。学園祭で主役を演じたことが由来だが……皮肉にもそのあだ名はぴったりだった。公爵家の出と学年一位の学力、そしてなによりその美貌に周囲はいいように勘違いしているが、セレナードの中身はアホの子……もとい睡眠欲求高めの不思議ちゃん系(自由人なお子さま)。惰眠とおかしを貪りたいセレナードと、そんなセレナードが可愛くて仕方がない義兄のギルバート、なんやかんやで振り回される従兄のエリオットたちのお話し。完結しました!

BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください

わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。 まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!? 悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。

氷の婚約者様に破談を申し出たら号泣された

楽矢
BL
【完結/番外編準備中】 目が覚めると、レースの牢獄のような天蓋付きベッドの上だった。 何も覚えていない出来損ない下級貴族ミラ。無能だクズだと冷酷な罵詈雑言を浴びせてくる氷の騎士セティアス。 記憶喪失から始まる、2人のファンタジー貴族ラブコメディ。 ---------- ※注) かっこいい攻はいません。 タイトル通りそのうち号泣しますのでご注意! 貴族描写は緩い目で雰囲気だけお読みいただけると幸いです。 ハッピーエンドです。 激重感情をこじらせた攻→受な関係がお好きな同志の方、どうぞよろしくお願いします! 全16話 完結済み 他サイトにも同作品を投稿しています。 様子を見ながらそのうち統合するかもしれません。 初めての一次創作でまだよく分かっておらず、何かおかしなことをしでかしていたら申し訳ないです! ---------- 追記:読んでくださった皆さま、本当にどうもありがとうございました!! 完結しましたが回収しきれていないエピソードが私の中でいくつかあるので笑、後日番外編をアップしたいなと現在準備中です。 詳しい更新日まだ未定ですが、もしよろしかったらゼヒまた覗いてやってくださいねー!

嫌われ魔術師の俺は元夫への恋心を消去する

SKYTRICK
BL
旧題:恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する ☆11/28完結しました。 ☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます! 冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫 ——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」 元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。 ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。 その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。 ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、 ——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」 噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。 誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。 しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。 サラが未だにロイを愛しているという事実だ。 仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——…… ☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。