ぼく、魔王になります

楢山幕府

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 深い緑に包まれて、降り注ぐ一条の光を見る。
 木漏れ日の中心に立つだけで、祝福されている気分になるから不思議だ。

 「大森林」と、見たままを名付けられた森の中は、今日も薄暗い。

 けれど葉の隙間を抜け、直線を描く日の光は神秘的だった。
 いつも聞こえる鳥のさえずりや、虫の声が静まっているように感じるのも、今日がぼくにとって特別な日だからだろうか。

 今日、ぼくは大人になる。

 正確には、夜。今晩。
 考えるだけで緊張と喜びがない交ぜになるけど、顔はふにゃっと緩んだ。
 えへへ、やっと大人になれる。
 遂には喜びが勝って、その場でくるりと一回転。
 膝下丈のスカートがふんわり踊りだして、ぼくの長い金髪も宙を舞う。
 白のワンピースは、今日のためにママがあつらえてくれたものだ。
 透け感のあるレースの裾には、一針一針ママの愛――魔力――がこもってる。
 しかし油断していると、上へ上へと「浮く」スカートを、ぼくは手で押さえ込んだ。

「こら、あんまり上げたら、中が見えちゃうでしょ!」

 答える声はない。
 けれど風が楽しそうにぼくの頬を撫でていった。

「ふふふ、相変わらずリゼは精霊に好かれているわね」
「下級精霊は、ふわふわ浮くものが好きだから」

 ママが作るぼくの服も、毎回精霊たちに大人気だ。
 小さい頃なんて、幼体である下級精霊に服を脱がされるのもしょっちゅうだったからね! そのたびに上級精霊がやって来て、着せてくれたけど。

「ルフナはまだかな?」
「まぁリゼったら、そわそわしちゃって」

 村の入口で、遠くを見ようと首を伸ばすぼくにママが笑う。

「そりゃあ、成人の儀の相手が来るんだ。落ち着いてなんかいられないだろう」

 隣に立つパパは、真剣な表情でフォローしてくれた。自分にも覚えがあるみたい。
 今晩の相手を迎えるべく、家族総出で待っているものの、まだ視界の緑に変化は見られなかった。

「ルフナに決まってよかったわね」
「あぁ、大変な役回りだからな」

 エルフの成人の儀。
 女の子は、大人の女性から子どもの作り方を教わる。
 男の子も同じなんだけど、そのあとに男性器の使い方を実地で教わるところが違った。これはいざというときに、相手の体を傷つけないためだ。

 そしてぼくの場合。
 ある身体的特徴から、もしかしたら成人の儀はできないかもしれないと、村のみんなが頭を抱えた。
 成人の儀の相手は、他の村から来てもらうのが仕来りになっている。
 けどぼくの相手となると、誰でもいいってわけじゃなくて――。

 そこへ名乗り出てくれたのが、ルフナだった。

 ルフナはエルフの中でも代々「移り人」をしている村の人だ。
 「移り人」は、大陸各地で行商をおこない、情報や知識を集める仕事をしている人のことをいう。
 エルフは森に籠もりがちだから、「移り人」を介して、外の世界のことを学ぶんだ。
 ぼくもルフナが村を訪れるたびに、色々なことを教わっていた。
 今日も人間の街を訪ねた帰りに、北の森を通って村へ来てくれる予定だった。

「流石『移り人』ね。リゼのための知識まで持っているなんて」
「リゼも気心の知れた人のほうが安心だもんな。男同士で、パパとしては少し心配だが」
「ルフナに任せるしかないわ。それにリゼも男の子に興味があるみたいだし」
「そうなのか!?」

 あああ、まだパパには内緒だったのに!
 ぱちりとママからウィンクされて、顔が熱くなる。

「だだだ誰なんだ!? リゼを嫁に出す気はないぞ!?」
「パパ、ぼくが息子だってこと忘れないで」

 格好は女の子だけど。
 だって仕方ないじゃないか。エルフが好むタイトなズボンだと、ぼくのアレが目立っちゃうんだから。
 服職人であるママが考えた打開策が、今のワンピース姿だった。
 ぼくも可愛いものが大好きだから抵抗はない。
 初対面の人には、毎回女の子だと思われるけどね。

「あら、息子だからって、嫁に行かないとは限らないわよ」
「リゼ、待ちなさい! 成人するとはいっても、お前はまだ六十才になったばかりだ。そうだ、人間でいえば十四才ぐらいか? 嫁ぐには早過ぎる!!!」
「人間だと十四才でも嫁ぐわよ?」
「なんであいつらはそう早く娘を手放すんだ!?」
「パパ、話がズレてるズレてる」

 エルフの寿命が三百年ほどなのに対し、人間は六十年だ。
 時間の尺度が違って当たり前だった。

「それにぼくはまだ……け、結婚とか……」
「考えてないの?」
「うぅ……ぼくはしたい、けど……ガルはまだ……」

 顔が火照って熱い。
 自分でも真っ赤になっているのがわかる。
 ぼくの口から出た名前に、パパが反応した。

「ガル!? ガルって、村を手伝ってるオーガのか!? ハーレムを作る、あの!?」
「ガチムチのイケメンよね」

 ううう、どうしてこんな話になったのか。

「い、今は関係ないでしょ! る、ルフナはまだかなー!」
「リゼ、話はまだ終わって――」

 強引に話を変えようとするぼくに、パパが追いすがってくる。
 けどそれも途中で打ち切られた。
 村の連絡担当が、血相を変えて走ってきたからだ。

「た、大変だ! 北の森に手負いのドラゴンが出た!」
「何だって!? 北の森といったら……」

 頭に上っていた血が、一気に引いていく。
 体温が下がり、指先が震えた。
 北の森。
 ルフナは村へ来るために、北の森を通るはずで。
 ドラゴンは魔獣の最上位種だ。その力は、一頭で村を滅ぼせるほど。
 しかも手負いとなれば、憤怒状態で説得できる見込みもない。
 ぼくが固まる横で、パパが連絡担当に掴みかかる。

「ルフナは無事か!? 今、正に北の森にいるんだぞ!?」
「わからない……。だが鳥が飛び立ってから、二、三日は経過している」

 村への連絡は鳥を使っておこなわれる。
 そのため情報が伝わるまでに時間差があった。
 運が良ければ、ルフナも出立前にドラゴンの出現を聞いているかもしれない。
 でもルフナの無事を確認する術はなくて……。

 結局この日、ルフナが姿を見せることはなかった。
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