怜くん、ごめんね!親衛隊長も楽じゃないんだ!

楢山幕府

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高等部二年生

033

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 項垂れるぼくを見て、眞宙くんはふっと息を吐く。

「それに、もっと保も我が侭を言っていいと思うよ。今回のことも、怜と一緒に行けば済んだ話なのに、変に気を使うから……七瀬くんと折り合いが悪いのも知ってるけどね」

 気を回して傷付くぐらいなら、真っ向から挑め、ということだろうか。
 もし未来を自分の手で切り開くことができたなら、ぼくももっと行動を起こせたのかな。
 けれど中等部で前世の記憶を取り戻したぼくは、現実が残酷であることを知ってしまった。

「今だけだから……」

 ポツリとこぼれたのは、言葉が先だったか、涙のほうが先だったか。

「今だけの、関係だから……我が侭を言っても、いいの?」
「保、僕はそういう意味で言ったんじゃなくて!」

 眞宙くんの焦る声に、ぼくのほうこそ違うと首を振る。

「眞宙くんを、責めたいんじゃないんだ……っ。ぼくこそ、いい加減、受け入れるべきなのに」

 前世の記憶のおかげで、ぼくの視野は広がった。
 そのことで何より深く心を抉られたのは、鳳来学園がゲームの舞台であること以上に、ぼくらを待ち受けている現実についてだった。
 BLゲーム「ぼくきみ」の期間は一年。
 だけど現実は、そこで終わらない。
 ぼくらに育ってきた過去があるように、先には未来が待っている。
 ある事柄については、予測可能な未来が。

 「ぼくときみのミニチュアガーデン」
 ゲームタイトルが示す通り、鳳来学園は、生徒たちにとって箱庭ミニチュアガーデン以外の何ものでもない。

 高等部を卒業した生徒は、大学へ進学し異性と出会う。
 その頃になると、交友関係にも変化が生まれて、鳳来学園で過ごした時間は思い出へと変わるんだ。
 体を交えた相手とも、友人として交友は続くかもしれない。
 けれど、そこがゴール。
 仮にぼくと怜くんの関係があと数年は続いたとしても、必ず終わりがやってくる。
 分家の三男坊であるぼくとは違い、怜くんは跡取りだ。政略結婚であれ、恋愛結婚であれ、怜くんはいつかお嫁さんを貰って家族を持つ。
 ゲーム主人公くんである七瀬くんは、少しぼくたちの終わりを早める存在でしかない。

 チャラ男先輩も、その親衛隊も、終わりがあると知っているから、体の関係を持つんだ。
 「抱くほう」も、「抱かれるほう」も、内部生は家が抱える事情を心得ている。
 今だけの関係。
 鳳来学園という名の箱庭にいる間だけの関係だと、ぼくらは知っている。
 眞宙くんだって。
 なのに、ぼくは。

「ずっと……傍にいたいなんて、そんなこと、許されないのにっ」

 まだ、ぼくは。

「バカだよね。前から分かってることなのに、踏ん切りを付けられないなんて」

 怜くんと、離れたくないと思ってる。
 今の、この時間を。
 箱庭にいる時間を、楽しめばいいのに。

「怜くんの幸せのためなら、割り切れると思ってたんだ。けど実際は、全然ダメで」

 怜くん、ごめんね。

「怜くんが……っ……他の人とって、思うと、すぐに、余裕が……なくなっちゃって」

 ごめんね。
 七瀬くんがいようがいまいが、いつかはぼくから離れなきゃいけないのに。
 怜くんに、迷惑はかけたくないのに。

「こんなんじゃ、ダメだって……分かってるのに……っ」

 みっともなく、縋ってしまう。
 きっとこんなぼくだから、愛想を尽かされるんだよね。
 いっそ、そうなってしまったほうが楽なんだろうか。
 目に見えて嫌われてしまえば、諦めもつくんだろうか。

「保は、ダメじゃないよ」

 視界が影に覆われて、温かい体温に包まれる。
 眞宙くんの言葉に、ぼくは嗚咽を漏らすことしかできなかった。
 息が整うまで、辛抱強く、眞宙くんが背中を撫でてくれる。
 その手つきは馴れていて、それだけぼくが彼に慰められてきたことを物語っていた。

「保はさ……」
「うん」
「僕だと嫌なのかな」
「嫌って……?」

 何がだろうと、顔を上げる。
 けれど予想以上に眞宙くんの顔が近くにあって、その表情を窺うことはできなかった。

「僕は次男で、怜みたいに跡継ぎじゃないから。ずっと、恋人として保の傍にいてあげられるよ?」

 優しい声が、甘く響く。
 これだけ泣き腫らしているぼくを見て、眞宙くんのほうこそ嫌じゃないのかな。
 恋人にしたら面倒なのは、目に見えてると思うんだけど。
 優しい、優しい幼なじみの言葉に、引いたはずの涙が一筋だけ頬を伝った。

「嫌じゃない、けど……」
「保は怜が好きなんだね」
「うんっ……眞宙くん、ごめっ」

 謝りきる前に、唇を合わされる。

「謝らないでいいよ。保が怜のことを大好きなのは、僕が一番良く知っているから」
「眞宙くん……。眞宙くん、物好きが過ぎるよ」
「あはは、本人に言われちゃったかー」

 他の人を好きだと公言してる人間に告白するとか、勇者過ぎるでしょ。
 あと真剣に、ぼくのどこがいいのか理解に苦しむ。

「怜のことが嫌いになったら、いつでも僕に乗り換えていいからね」
「眞宙くんはそれでいいの?」
「保にとって怜が一番であることは、僕にはどうしようもできないことだから。鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギスっていう気分かな」
「眞宙くんは、強いね……」

 そのメンタルの強さを、ぼくも見習いたい。

「怜には家庭を持つまでの期限があっても、保にはないっていうのが大きいかな? 二人での生活が寂しくなったら、ペットを飼おうね」
「何でもう一緒に暮らすことが決まってるの!?」
「保は寂しがり屋だから、一人暮らしは無理じゃない?」
「それは……そうかもだけど」
「大学に進学したらルームシェアしようよ」
「なんだ、ルームシェアの話だったの」
「……保、詐欺には気を付けようね」
「え? なんで?」

 急にルームシェアから詐欺に飛んだ話についていけない。
 目をパチパチと瞬くぼくに、眞宙くんが微笑む。

「素直に人の言うことを信じるのは、保の長所でもあると思うけど、僕としては少し心配かな」
「もっと人を疑えってこと?」
「自衛のためにはね。ゆっくり外堀を埋めていこうとする人間もいるんだから」
「うん……?」

 最後は頭を撫でられて、この話は終わった。
 泣き腫らした顔を人に見られるわけにもいかないので、そそくさと自室に戻った後は、夕食も部屋で食べた。
 桜川くんには心配されたけど、怜くんのことを話すわけにもいかず、体調不良ということで早めにベッドに入る。

 明日、気まずいなぁ……。

 七瀬くんの部屋で何があったのかは、当人たちにしか分からない。
 けど、コップで隣室の声を聞いていた親衛隊二人の憶測は止まらなかった。
 ぼくもどちらかというと、彼らと同じ考えに傾いている。
 眞宙くんにはちゃんと確認しろって言われたけど。
 思い返してみれば、食堂でぼくが七瀬くんと対立したときも、BLゲーム「ぼくきみ」のイベントと全く同じというわけじゃなかった。
 この世界が現実である以上、多少の差異が発生してしまうのかもしれない。
 だったら、今回の怜くんと七瀬くんのエッチなイベントも、細部が変わっている可能性がある。
 うぅーん……やっぱり怜くんから直接話を訊いたほうがいいかな……凄く気が進まないけど。
 もし……もし、ゲームと同様のイベントが起きていたら、そのときは……。
 性悪の親衛隊長らしく、浮気だ! って責め立てたらいいのかな。
 浮気も何も、ぼくと怜くんは付き合ってすらいないのに。

 そう、ぼくたちは付き合っていない。

 あくまで幼なじみで、ぼくが怜くんの親衛隊長という間柄。
 BLゲーム「ぼくきみ」だと、怜くんルートの攻略で、はじめて怜くんは告白を経験するんだ。
 七瀬くんが怜くんのルートに行かなかった場合は、将来の結婚相手に、怜くんは告白することになるんだろうか。

「……っ」

 心臓を鷲掴みされるような痛みを感じて、布団の中で背を丸めた。
 両膝を曲げて、赤子の体勢になる。
 耐えなきゃいけない。
 この痛みに、ぼくは耐えなきゃいけないんだ。
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