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 ヴィヴィアンが怒られないよう、母上の視線から彼女を庇う。

「母上、これは」
「ズルいわ! どうしていつもあたしのいないところで、こんな楽しいことをしているの!?」

 あれ……?
 予想とは別の方向に、母上の怒りは向いていた。
 立っている僕に近付くと、頬を両手で挟まれて持ち上げられる。

「もうルーったら、いつの間に花の妖精になったの? この部屋には妖精さんしかいないのかしら?」

 僕をはじめ、ヴィヴィアンもイアンも髪にコサージュを付けている。
 順番に視線を巡らせた母上は、ほう……と息を漏らした。
 そして侍女に顔を向ける。

「絵師の手配は済んでいて?」
「ただちに……!」
「母上お待ちください」

 母娘で思考が同じである。
 というか僕の黒歴史を絵に残さないでください!

「そうね、いっそ服も華やかなものに替えましょうか?」
「お待ちください」
「ねぇ、ルー。あたしのデビュタント時のドレスがあるのだけど、ちょうど背丈が合うんじゃないかしら?」
「お待ちください! しかもそれはヴィーが、デビュタントで着るものでしょう!?」

 不穏! 母上の提案がとてつもなく不穏だ!
 自分のためのドレスが兄に用いられそうで、ヴィヴィアンも勢い良くソファから立ち上がる。

「お母様!」
「ほら、ヴィーも嫌がり」
「素晴らしいですわ!!! 正に今のお兄様にぴったりだと思います!」

 誰かこの母娘を止めて。

「テーマは、お花畑に集まった妖精で決まりね。イアン様にはヴィヴィアンのドレスを持ってきてちょうだい」
「母上、イアン様を巻き込むのは……!」

 髪飾りの道連れにした僕が言えることじゃないけど、ドレスを着せるのはやり過ぎだろう。

「る、ルーファス様、ボクは大丈夫です!」

 何が!? 何が大丈夫なの!?
 あっさりイアンに裏切られ、あれよあれよという間に準備が整っていく。
 味方が一切いない状況で、僕が母上に抗える道理はなかった。


◆◆◆◆◆◆


「お兄様……いえ、お姉様、とても綺麗ですわ」
「ヴィー、お兄様で間違いないよ」

 わざわざ言い直さなくていいから。
 最終的にはウィッグまで持ち出され、すっかり見た目が変わってしまっている自覚はあるけど。

「ルーファスお姉様、とてもお綺麗です」
「……イアン様も、可愛らしいですよ」
「そんなっ、イアンと呼び捨てになさってください!」

 同じくドレスを着せられたイアンとは距離が縮まったようだけど、僕としては遠のいた気もする。
 乙女趣味なのは知ってたけど、ドレスに憧れていたのまでは知らなかった。
 もしかしてヴィヴィアンと引き合わせたことで、新しい扉を開いてしまったんだろうか?

「ねぇ、ルー、本当に絵に残さなくていいの?」
「ご勘弁ください」

 頑なに絵師を拒む僕に、母上が勿体ないと溜息をつく。
 ここだけは譲れない最後の砦だった。

「それより母上、相談があるのですがよろしいですか?」
「まぁ、ルーが、あたしに? 旦那様じゃなくて、あたしに相談なのね?」

 どうしてそこを強調するのか。
 僕が頷くと、母上は不敵に笑った。

「ふふふ、これでもう男同士だからなんて言えないわね。あたしだって、ルーの相談にのれることを証明してみせます!」

 父上と母上は普段、どんな会話をしているんだろうか。
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