6 / 17
第一章 忍び寄る影
5話 模擬戦
しおりを挟む
「虹海さん、あれ、貸してくれます?」
そう言いながら忠長は自分の右太腿に巻き付けたナイフ収納ベルトをトントンと軽く叩く。
虹海は、にやにやしながら「んー? なんでー?」と応え、まともに相手をする気はないようだ。
「なんで、と言われましても。虹海さんのことですから、俺とお揃いの模擬戦用ナイフを太ももに着けていると思いまして。実際、着けていますよね? それに──」
忠長は武道場の中央に立つ雫の姿を見る。
彼女は靴下を脱ぎ、裸足の状態で腰に木刀を帯刀している。
目を瞑りながら背筋を伸ばして立つその姿は、女神を思わせる程に綺麗に整っていた。
実際、学年性別問わず、その姿に見惚れている者が殆どだ。
「──少し彼女のことをなめていたようです。五本じゃ足りません。なので、貸してください」
「もう、しょうがないわね。そこまで言うのなら──はい、貸してあげる」
虹海はスカートの端を少し捲りあげ、両手で何やら右太腿を弄る。
そうして出てきたのは、忠長とお揃いの五本の木製ナイフが納出された黒の細いベルトだった。
忠長は「ありがとうございます」と言って、それを左太腿に巻き付ける。
彼はゆっくりと前へ進み、深々とお辞儀をする。
「少し、準備に手間取って申し訳ありません。委員長がなかなかナイフを貸してくれなくて」
「ん。大丈夫。私も、黙想出来たから、お互い様」
雫はゆっくりと目を開き、忠長の目の奥を覗き見る。
「ん。やっぱり、貴方は強い」
そんな言葉を遮るように、虹海が声を上げる。
「只今より、風紀委員会一年宮古雫と同じく吉村忠長の模擬戦を開始します。両者共に相手を死に至らしめる攻撃、後遺症を残す攻撃、相手の身体に傷を残す攻撃を控える事。違反した場合は私が力尽くで止めるのでそのつもりで。決着はどちらかがフィールドを出るか、負けを認める、若しくは私の判断によって着けるものとする。但し、勝敗によって罰員になれないということではない。それでは、両者構えて──」
その言葉に雫は木刀を抜き、顔の横で構える。
(!? 鹿島新當流!? まさか、こんなところで相対するとは……)
鹿島新當流とは、戦国時代に使われた実践剣術の色合いを強く残した古伝流派である。盾や薙刀との戦闘も想定されており、速さに特化した一面を持つ。忠長は、その〝一之太刀〟と呼ばれる構えから、そう想定したのだ。
「──始め!!」
次の瞬間、雫が視界から消えたと思えば、目の前に接近。その切っ先を忠長の喉元に向かって伸ばしていた。
彼は、それに反応し、飛び退く。そして、制服の腰に差し込んでいた匕首(木製)を引き抜き、抜刀。そのまま雫へ投げつけ、彼女がそれを受け流す一瞬の隙を突いて急接近。雫から武器を奪って遠くに投げた瞬間に回し蹴りが飛んできた。
「くっ!」
かろうじて受け止めた忠長だったが、不意の一撃だったため、完全に威力を逃がしきれなかったようだ。
「鹿島新當流だとおもったら、タイ捨流か? いや、よくよく考えれば、オリジナリティ溢れる攻撃だったな。自己流か?」
「ふふ。おどろいた?」
「ああ、驚いたよ。まさか、逃がしきれないレベルの蹴りを姉弟子と遥香以外の女子から受けるなんてな」
「ん。褒めてもなにも出ないよ? ところで、早く手を放してほしい」
忠長は雫の踵を確実に拘束し、動けない状態にする。
雫も忠長も制服である。つまるところ、雫はスカートなのである。角度が角度であるため、ほかの男子生徒から見えるか見えないか際どい状態なのである。幸いにして、いまだに彼女の下着を見たものは──あ、いま、三年の男子生徒が虹海に目潰しされた。
不幸なこと(?)に、彼は見てしまっていたようだ。なーむー。
「離した瞬間に、攻撃されるだろうが。少し休憩させてくれ」
「むぅ……えっち」
雫の体が跳ね上がり、忠長が掴んでいる踵を支点にし、逆の足がトウキック──つまり、爪先で忠長の顔面を狙って蹴り上げようと接近する。
「──っ!?」
緊急避難のために踵を離した忠長は、そのままくるくると、オリンピック体操選手顔負けの後方伸身二回宙返り三回ひねりを決める。
「どんな体幹してんだよ。化け物かよ」
「む。失礼。こんなにかわいい女の子に向かって、化け物なんて。それに、それは貴方にも言える事。いまの、難度H級の体操競技。化け物は貴方」
忠長は太腿のナイフを左右二本ずつ引き抜き、それぞれ一本を雫に投げつける。
雫は足元に転がっていた忠長の匕首を足で蹴り上げて掴み、そのナイフを弾き飛ばす。
その隙に体を低くして急接近。匕首を持っている右腕を掴み、背負い投げの態勢に入り、地面へと投げつける。が、雫は体幹を駆使し、足から落ちて逆に忠長を背負い投げする。
彼は驚きつつも、受け身を取り、左手を支点にして雫の足を引掛ける。彼女がバランスを崩した所で瞬間、彼は立ち上がって彼女を後ろ手に拘束。そのまま地面へと押し倒した。
「そこまで!」
「異議あり。まだ抜けられ──あれ? 抜け出せない……」
「そりゃそうよ。忠長君の拘束技ってバカみたいに抜けられないし、無理に抜け出そうとしたら関節を痛めちゃうからね」
「ふぅ……宮古さん、大丈夫ですか?」
ゆっくりと拘束を外し、手を差し伸べる。
「……それ、似合ってない」
「? 似合ってないとは?」
「口調。模擬戦中の口調の方が、私は好き。似合ってる」
彼は呆けたような顔で雫を見る。
そんな様子がツボに入ったようで、虹海は腹を抱えて笑う。
「あは、あはは! だってよ、忠長君! 性格を偽れてないって。あはははははは!」
「……姉弟子、やっぱり貴女は、あの人の娘さんですよ。……じゃあ、雫。これから宜しくな」
「? まだ、入れるか聞いてない」
「ああ、ごめんね、雫ちゃん」
笑い過ぎで目から涙が出ている。それを指で拭き取りながら虹海はこう言った。
「文句なしに合格。忠長君の投げ技にカウンターを出せてたし」
「ありがとうございます。えっと、じゃあ、吉村君。これからよろしく」
互いに厚く握手を交わし、親交を深めるのであった。
そう言いながら忠長は自分の右太腿に巻き付けたナイフ収納ベルトをトントンと軽く叩く。
虹海は、にやにやしながら「んー? なんでー?」と応え、まともに相手をする気はないようだ。
「なんで、と言われましても。虹海さんのことですから、俺とお揃いの模擬戦用ナイフを太ももに着けていると思いまして。実際、着けていますよね? それに──」
忠長は武道場の中央に立つ雫の姿を見る。
彼女は靴下を脱ぎ、裸足の状態で腰に木刀を帯刀している。
目を瞑りながら背筋を伸ばして立つその姿は、女神を思わせる程に綺麗に整っていた。
実際、学年性別問わず、その姿に見惚れている者が殆どだ。
「──少し彼女のことをなめていたようです。五本じゃ足りません。なので、貸してください」
「もう、しょうがないわね。そこまで言うのなら──はい、貸してあげる」
虹海はスカートの端を少し捲りあげ、両手で何やら右太腿を弄る。
そうして出てきたのは、忠長とお揃いの五本の木製ナイフが納出された黒の細いベルトだった。
忠長は「ありがとうございます」と言って、それを左太腿に巻き付ける。
彼はゆっくりと前へ進み、深々とお辞儀をする。
「少し、準備に手間取って申し訳ありません。委員長がなかなかナイフを貸してくれなくて」
「ん。大丈夫。私も、黙想出来たから、お互い様」
雫はゆっくりと目を開き、忠長の目の奥を覗き見る。
「ん。やっぱり、貴方は強い」
そんな言葉を遮るように、虹海が声を上げる。
「只今より、風紀委員会一年宮古雫と同じく吉村忠長の模擬戦を開始します。両者共に相手を死に至らしめる攻撃、後遺症を残す攻撃、相手の身体に傷を残す攻撃を控える事。違反した場合は私が力尽くで止めるのでそのつもりで。決着はどちらかがフィールドを出るか、負けを認める、若しくは私の判断によって着けるものとする。但し、勝敗によって罰員になれないということではない。それでは、両者構えて──」
その言葉に雫は木刀を抜き、顔の横で構える。
(!? 鹿島新當流!? まさか、こんなところで相対するとは……)
鹿島新當流とは、戦国時代に使われた実践剣術の色合いを強く残した古伝流派である。盾や薙刀との戦闘も想定されており、速さに特化した一面を持つ。忠長は、その〝一之太刀〟と呼ばれる構えから、そう想定したのだ。
「──始め!!」
次の瞬間、雫が視界から消えたと思えば、目の前に接近。その切っ先を忠長の喉元に向かって伸ばしていた。
彼は、それに反応し、飛び退く。そして、制服の腰に差し込んでいた匕首(木製)を引き抜き、抜刀。そのまま雫へ投げつけ、彼女がそれを受け流す一瞬の隙を突いて急接近。雫から武器を奪って遠くに投げた瞬間に回し蹴りが飛んできた。
「くっ!」
かろうじて受け止めた忠長だったが、不意の一撃だったため、完全に威力を逃がしきれなかったようだ。
「鹿島新當流だとおもったら、タイ捨流か? いや、よくよく考えれば、オリジナリティ溢れる攻撃だったな。自己流か?」
「ふふ。おどろいた?」
「ああ、驚いたよ。まさか、逃がしきれないレベルの蹴りを姉弟子と遥香以外の女子から受けるなんてな」
「ん。褒めてもなにも出ないよ? ところで、早く手を放してほしい」
忠長は雫の踵を確実に拘束し、動けない状態にする。
雫も忠長も制服である。つまるところ、雫はスカートなのである。角度が角度であるため、ほかの男子生徒から見えるか見えないか際どい状態なのである。幸いにして、いまだに彼女の下着を見たものは──あ、いま、三年の男子生徒が虹海に目潰しされた。
不幸なこと(?)に、彼は見てしまっていたようだ。なーむー。
「離した瞬間に、攻撃されるだろうが。少し休憩させてくれ」
「むぅ……えっち」
雫の体が跳ね上がり、忠長が掴んでいる踵を支点にし、逆の足がトウキック──つまり、爪先で忠長の顔面を狙って蹴り上げようと接近する。
「──っ!?」
緊急避難のために踵を離した忠長は、そのままくるくると、オリンピック体操選手顔負けの後方伸身二回宙返り三回ひねりを決める。
「どんな体幹してんだよ。化け物かよ」
「む。失礼。こんなにかわいい女の子に向かって、化け物なんて。それに、それは貴方にも言える事。いまの、難度H級の体操競技。化け物は貴方」
忠長は太腿のナイフを左右二本ずつ引き抜き、それぞれ一本を雫に投げつける。
雫は足元に転がっていた忠長の匕首を足で蹴り上げて掴み、そのナイフを弾き飛ばす。
その隙に体を低くして急接近。匕首を持っている右腕を掴み、背負い投げの態勢に入り、地面へと投げつける。が、雫は体幹を駆使し、足から落ちて逆に忠長を背負い投げする。
彼は驚きつつも、受け身を取り、左手を支点にして雫の足を引掛ける。彼女がバランスを崩した所で瞬間、彼は立ち上がって彼女を後ろ手に拘束。そのまま地面へと押し倒した。
「そこまで!」
「異議あり。まだ抜けられ──あれ? 抜け出せない……」
「そりゃそうよ。忠長君の拘束技ってバカみたいに抜けられないし、無理に抜け出そうとしたら関節を痛めちゃうからね」
「ふぅ……宮古さん、大丈夫ですか?」
ゆっくりと拘束を外し、手を差し伸べる。
「……それ、似合ってない」
「? 似合ってないとは?」
「口調。模擬戦中の口調の方が、私は好き。似合ってる」
彼は呆けたような顔で雫を見る。
そんな様子がツボに入ったようで、虹海は腹を抱えて笑う。
「あは、あはは! だってよ、忠長君! 性格を偽れてないって。あはははははは!」
「……姉弟子、やっぱり貴女は、あの人の娘さんですよ。……じゃあ、雫。これから宜しくな」
「? まだ、入れるか聞いてない」
「ああ、ごめんね、雫ちゃん」
笑い過ぎで目から涙が出ている。それを指で拭き取りながら虹海はこう言った。
「文句なしに合格。忠長君の投げ技にカウンターを出せてたし」
「ありがとうございます。えっと、じゃあ、吉村君。これからよろしく」
互いに厚く握手を交わし、親交を深めるのであった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
✿ 私は彼のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい
設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀
結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。
結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。
それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて
しなかった。
呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。
それなのに、私と別れたくないなんて信じられない
世迷言を言ってくる夫。
だめだめ、信用できないからね~。
さようなら。
*******.✿..✿.*******
◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才 会社員
◇ 日比野ひまり 32才
◇ 石田唯 29才 滉星の同僚
◇新堂冬也 25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社)
2025.4.11 完結 25649字
🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。
設楽理沙
ライト文芸
☘ 累計ポイント/ 180万pt 超えました。ありがとうございます。
―― 備忘録 ――
第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。 最高 57,392 pt
〃 24h/pt-1位ではじまり2位で終了。 最高 89,034 pt
◇ ◇ ◇ ◇
紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる
素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。
隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が
始まる。
苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・
消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように
大きな声で泣いた。
泣きながらも、よろけながらも、気がつけば
大地をしっかりと踏みしめていた。
そう、立ち止まってなんていられない。
☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★
2025.4.19☑~
ヤクザに医官はおりません
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした
会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。
シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。
無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。
反社会組織の集まりか!
ヤ◯ザに見初められたら逃げられない?
勘違いから始まる異文化交流のお話です。
※もちろんフィクションです。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる