21 / 33
寄せては返す波のように
マリエッタの事情
しおりを挟む
「貴女がこんな隠し玉を持っていたなんてね。私は醜聞まみれの貴女のせいで随分嫌な思いをしたというのに、貴女はこんな生活を手に入れるなんて、私に何かひと言あってもよろしくはなくて?」
そう言って、年齢を重ねても美しい顔を苦々しく引き攣らせた。義母のマリエッタとは冷たく型通りの挨拶しか交わした事が無かったので、庭園に散策に行こうと誘われた時は嫌な予感がしたのだ。
「お義母様…。弟のために伯爵家へ嫁いで下さったのは良く分かっております。私のせいで、お義母様が嫌な思いをしたのですか?」
お義母様はジロリと私を冷たく睨んで言った。
「私も好きで貴女の様に結婚前に身籠もる様な、はしたない娘の居る伯爵の所へ嫁ぐ気なんて無かったわ。兄の伯爵の領地運営の失敗で、沈む泥舟に乗り続ける訳にはいかなくてしょうがなく後妻に入ったのですもの。そうじゃなかったら…。」
そう言って顔を背けるマリエッタの表情にはいつもと違う、冷たいだけではない苦悩を感じた。だからと言って私も何をこれ以上言うべきかも解らずに、目の前の白薔薇が風で花びらを散り落とすのをマリエッタと眺めた。
「…本当に忌々しい。ここでも白い薔薇だなんて。貴女のお父上はこの時期毎日必ず白薔薇の前で佇んで居た。一緒に暮らせば伯爵は普段花など興味もないって分かるわ。私は直ぐにそれが亡くなった貴女のお母様の愛した白薔薇だと言うことに気づいたの。
伯爵は私に優しくしてくれるわ。でもそれだけ。私には情熱の眼差しを向けては下さらない。なのに貴女のことで当て擦りを言われて嫌な思いをした私が手に入れられないものを、貴女がのうのうと受け取っているのが許せないのよ。」
私にはマリエッタが何の事を言っているのか分からなかった。眉を顰めてマリエッタを見つめていると、マリエッタは苦しそうに目を閉じて呟いた。
「王弟閣下が貴女に向ける眼差しは、誰がみても居た堪れないくらいのものだわ。女なら誰でも望むもの…。私には手に入らないものよ。いくら白薔薇を抜こうと伯爵は何も言わなかった。私の嫉妬さえ受け止めて下さらない。私は伯爵が未だ愛する亡き夫人と同じ色の貴女を見る度に辛い気持ちになるわ。」
そうひび割れた声で言うと、マリエッタは踵を返して庭園から城へ一人戻って行った。私は今マリエッタが言った事をもう一度なぞっていた。マリエッタはお父様に愛されたいと言ったのかもしれない。
貴族の体面のために決められた婚姻だったのはもちろんマリエッタも承知の上だろう。美しいマリエッタが30歳を過ぎて未婚だった理由は家の事情だったのだわ。
白薔薇…。お父様は未だに亡きお母様を愛しているんだわ。けれども今の私には、マリエッタの心の苦悩はまるで他人事では無かった。私もまた愛のない契約結婚をしたのだから。
私は落ちたばかりの白薔薇の花びらをかがみ込んで拾い上げた。肉厚な匂い立つ花びらは遠くで見るよりもしっかりしていて、存在感がある。遠目で見る幻想的な儚さは手の中には感じられなかった。
結局さっきのマリエッタの言い草ではないけれど、はたから見れば私とヴィンセントも愛し合っている様に見えるのかもしれない。それは皆が私達の飾り立てられた恋の物語を通して見てるせいも有るだろうし、結局本当の所は他人には分からないものなんだわ。
ふと顔を上げると、ヴィンセントとテオが手を繋いで此方へ向かって来るのが分かった。その二人の姿に胸を締め付けられて私は息苦しいほどだった。
私達が表面的に幸せそうな家族になればなるほど、満たされない苦しみが増す様だった。私はマリエッタとまるで同じだわ。愛に焦がれて苦しんでいる。
「…エリザベス、お義母上に何か言われたのかい?」
そう心配そうに私を見つめるヴィンセントの瞳に、私は自分が欲しがるものを見つけられないのを知るのが怖くて目を逸らすと、首を振ってテオに微笑んだ。
「いいえ、お義母様はあまり白い薔薇が好きではないんですって。白薔薇は私のお母様の愛した花ですもの、あまりいい気はしないのでしょうね。お父様もお義母様をもう少しちゃんと見て差し上げたら良いのでしょうけど。」
そう言うと、ヴィンセントは少し考え込んでから、舞い散る白い花びらを掴もうとはしゃぐテオを見つめながら言った。
「…伯爵は彼女の事を充分考えている様に見えるが。」
私は何となくヴィンセントからそんな言葉を聞きたくなくて、口調を強めて言い返した。
「優しくする事など何の意味もないのですわ。女は愛する殿方に一途に求められたい、愛されたいと願うものですもの。」
そう言って、それはまるで自分の心の葛藤を言ってしまった事に気づいた私はハッとして口に手をやった。そして取り繕う様に言い続けた。
「だから、マリエッタがお母様そっくりの私を好きになれなくてもしょうがないと思いますの。私を見る度に報われない愛を感じるのでしょうから。」
私は視線を感じてヴィンセントを渋々見上げた。何を考えているのか分からないヴィンセントは私に何か聞きたそうに、探る様に私を見つめた。
私はヴィンセントが何と言うのを待っているのかしら。自分では何も言わずに望むだけなんて私は何て狡いのかしら。張り詰めた空気はふいに霧散した。テオが私のドレスに抱きついて明るい笑顔で私を見上げた。
「おかぁちゃま?テオ、おなかちゅきまちた。」
そう言って、年齢を重ねても美しい顔を苦々しく引き攣らせた。義母のマリエッタとは冷たく型通りの挨拶しか交わした事が無かったので、庭園に散策に行こうと誘われた時は嫌な予感がしたのだ。
「お義母様…。弟のために伯爵家へ嫁いで下さったのは良く分かっております。私のせいで、お義母様が嫌な思いをしたのですか?」
お義母様はジロリと私を冷たく睨んで言った。
「私も好きで貴女の様に結婚前に身籠もる様な、はしたない娘の居る伯爵の所へ嫁ぐ気なんて無かったわ。兄の伯爵の領地運営の失敗で、沈む泥舟に乗り続ける訳にはいかなくてしょうがなく後妻に入ったのですもの。そうじゃなかったら…。」
そう言って顔を背けるマリエッタの表情にはいつもと違う、冷たいだけではない苦悩を感じた。だからと言って私も何をこれ以上言うべきかも解らずに、目の前の白薔薇が風で花びらを散り落とすのをマリエッタと眺めた。
「…本当に忌々しい。ここでも白い薔薇だなんて。貴女のお父上はこの時期毎日必ず白薔薇の前で佇んで居た。一緒に暮らせば伯爵は普段花など興味もないって分かるわ。私は直ぐにそれが亡くなった貴女のお母様の愛した白薔薇だと言うことに気づいたの。
伯爵は私に優しくしてくれるわ。でもそれだけ。私には情熱の眼差しを向けては下さらない。なのに貴女のことで当て擦りを言われて嫌な思いをした私が手に入れられないものを、貴女がのうのうと受け取っているのが許せないのよ。」
私にはマリエッタが何の事を言っているのか分からなかった。眉を顰めてマリエッタを見つめていると、マリエッタは苦しそうに目を閉じて呟いた。
「王弟閣下が貴女に向ける眼差しは、誰がみても居た堪れないくらいのものだわ。女なら誰でも望むもの…。私には手に入らないものよ。いくら白薔薇を抜こうと伯爵は何も言わなかった。私の嫉妬さえ受け止めて下さらない。私は伯爵が未だ愛する亡き夫人と同じ色の貴女を見る度に辛い気持ちになるわ。」
そうひび割れた声で言うと、マリエッタは踵を返して庭園から城へ一人戻って行った。私は今マリエッタが言った事をもう一度なぞっていた。マリエッタはお父様に愛されたいと言ったのかもしれない。
貴族の体面のために決められた婚姻だったのはもちろんマリエッタも承知の上だろう。美しいマリエッタが30歳を過ぎて未婚だった理由は家の事情だったのだわ。
白薔薇…。お父様は未だに亡きお母様を愛しているんだわ。けれども今の私には、マリエッタの心の苦悩はまるで他人事では無かった。私もまた愛のない契約結婚をしたのだから。
私は落ちたばかりの白薔薇の花びらをかがみ込んで拾い上げた。肉厚な匂い立つ花びらは遠くで見るよりもしっかりしていて、存在感がある。遠目で見る幻想的な儚さは手の中には感じられなかった。
結局さっきのマリエッタの言い草ではないけれど、はたから見れば私とヴィンセントも愛し合っている様に見えるのかもしれない。それは皆が私達の飾り立てられた恋の物語を通して見てるせいも有るだろうし、結局本当の所は他人には分からないものなんだわ。
ふと顔を上げると、ヴィンセントとテオが手を繋いで此方へ向かって来るのが分かった。その二人の姿に胸を締め付けられて私は息苦しいほどだった。
私達が表面的に幸せそうな家族になればなるほど、満たされない苦しみが増す様だった。私はマリエッタとまるで同じだわ。愛に焦がれて苦しんでいる。
「…エリザベス、お義母上に何か言われたのかい?」
そう心配そうに私を見つめるヴィンセントの瞳に、私は自分が欲しがるものを見つけられないのを知るのが怖くて目を逸らすと、首を振ってテオに微笑んだ。
「いいえ、お義母様はあまり白い薔薇が好きではないんですって。白薔薇は私のお母様の愛した花ですもの、あまりいい気はしないのでしょうね。お父様もお義母様をもう少しちゃんと見て差し上げたら良いのでしょうけど。」
そう言うと、ヴィンセントは少し考え込んでから、舞い散る白い花びらを掴もうとはしゃぐテオを見つめながら言った。
「…伯爵は彼女の事を充分考えている様に見えるが。」
私は何となくヴィンセントからそんな言葉を聞きたくなくて、口調を強めて言い返した。
「優しくする事など何の意味もないのですわ。女は愛する殿方に一途に求められたい、愛されたいと願うものですもの。」
そう言って、それはまるで自分の心の葛藤を言ってしまった事に気づいた私はハッとして口に手をやった。そして取り繕う様に言い続けた。
「だから、マリエッタがお母様そっくりの私を好きになれなくてもしょうがないと思いますの。私を見る度に報われない愛を感じるのでしょうから。」
私は視線を感じてヴィンセントを渋々見上げた。何を考えているのか分からないヴィンセントは私に何か聞きたそうに、探る様に私を見つめた。
私はヴィンセントが何と言うのを待っているのかしら。自分では何も言わずに望むだけなんて私は何て狡いのかしら。張り詰めた空気はふいに霧散した。テオが私のドレスに抱きついて明るい笑顔で私を見上げた。
「おかぁちゃま?テオ、おなかちゅきまちた。」
11
あなたにおすすめの小説
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します
スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」
眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。
隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。
エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。
しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。
彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。
「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」
裏切りへのカウントダウンが今、始まる。
スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
公爵夫人は愛されている事に気が付かない
山葵
恋愛
「あら?侯爵夫人ご覧になって…」
「あれはクライマス公爵…いつ見ても惚れ惚れしてしまいますわねぇ~♡」
「本当に女性が見ても羨ましいくらいの美形ですわねぇ~♡…それなのに…」
「本当にクライマス公爵が可哀想でならないわ…いくら王命だからと言ってもねぇ…」
社交パーティーに参加すれば、いつも聞こえてくる私への陰口…。
貴女達が言わなくても、私が1番、分かっている。
夫の隣に私は相応しくないのだと…。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
私の意地悪な旦那様
柴咲もも
恋愛
わたくし、ヴィルジニア・ヴァレンティーノはこの冬結婚したばかり。旦那様はとても紳士で、初夜には優しく愛してくれました。けれど、プロポーズのときのあの言葉がどうにも気になって仕方がないのです。
――《嗜虐趣味》って、なんですの?
※お嬢様な新妻が性的嗜好に問題ありのイケメン夫に新年早々色々されちゃうお話
※ムーンライトノベルズからの転載です
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる