2 / 8
幽霊トンネル2
しおりを挟む
「中は涼しいわね。ちょっと黴くさい気もするけど」
彼女の言うように、トンネル内に足を進めると、炎天下だった外からぐっと体感温度は下がったようだった。暑さと自転車の運転で疲弊していた僕は、この涼しさにほっと息をつく。
ミナミはマイペースにトンネル内を進んでいた。その足どりは軽やかで、まるでハイキングにでもやってきたかのようだった。
「ミナミさん。そう言えば、なにか依頼があってここに調査に来たって言ってましたよね」
「うん」
「それってどんな依頼だったんですか? 一応確認しておきたいんですけど」
「あれ、言ってなかったっけ?」
「はい。なにも」
「あら、そうだったかしら」
毎度のことながら、なんの説明もなく強引に連れて来られている僕である。少しはその辺りも気にしてもらいたいものだ。
僕が心の中で不満を噴出させていると、前を進んでいたミナミがふと足を止め、こちらを振り向いた。
「出るんだって」
その言葉の意味が一瞬理解できず、僕はきょとんとする。
「出る? 出るってなにが?」
「馬鹿ね。だから、もちろん出ると言ったらあれしかないでしょ」
察しの悪い僕に、ミナミは途端に冷たい視線を送りつけてくる。
「幽霊」
ユウレイ。
その言葉の意味が体に染み渡るとともに、ぞくり、と背筋に悪寒が走った。
「ゆ、幽霊?」
「そ。この元陶トンネルは以前からたびたびそういう噂が立つことで有名で、別名幽霊トンネルとも言われているところなんだけど、そんな霊的名所を我がオカ研に調査して欲しいって依頼がきたってわけ」
なるほど。確かに気にはなるところだ。
「で、でも、ただの噂なんですよね。幽霊なんてそんなのはきっとなにかの見間違いとかだと思うんですけど……」
「だから、見間違いかそうでないか、それを調査するんじゃない。なんのためにここまできたと思ってるのよ」
いや、ここまであなたを連れてきたのは僕ですけど。
「とにかく、ちゃんと記録係としての仕事は頼んだわよ。誠二くん」
「は、はい……」
運転手兼記録係兼雑用係にお世話係でもある下僕の僕は、しぶしぶミナミの指示に従うのであった。
「確か、依頼ではこの辺りに出るってことだったんだけど……」
「え……っ!?」
いきなりそう言われ、あやうく手にしていたハンディカムを取り落としそうになった。
「ちょっと! それ、この間お父さんから買って貰ったばかりなんだから、気を付けてよね! 落としたらただじゃおかないから」
ミナミに鋭く叱責され、冷や汗を流す僕。確かにまだ真新しいハンディカムは、その辺に落としでもしたら殺されそうな代物である。
心配だったら自分で撮影すればいいのに……。
「なにそのなにか言いたそうな顔は。いいのよ。文句があるなら遠慮なく言っても。まあ、その覚悟があるならの話だけど」
「い、いえ。なんでもありませんよ……」
僕の困り顔を見て満足したのか、ミナミは再びトンネルの中に目を向けた。そこはトンネルの中程、ちょうど中間に近いであろう辺りである。
いかにも不気味な雰囲気。なにかが出そうというのはなんとなくうなずける。
僕は気が進まないながらも、辺りを撮影するためにハンディカムを構えた。
「しっかり撮っておいてよ」
ミナミの命令に従い、RECボタンを押す。ハンディカムを顔の前に固定させたまま、ゆっくりと撮影を始めた。
最初にミナミを枠に捉えたあと、そのまま右回りにカメラをパンしていく。自分の視線とカメラワークが一体化する。次第に体が緊張感に包まれる。
視界に映るのは、薄暗いトンネル内の光景。ミナミのいる位置とは反対側にある電灯がレンズに映った。闇を照らす光の存在にほっとする。
と、そのとき電灯が急に暗くなった。そして、ふっとその明かりが消えた。
「……え……っ?」
心臓が脈打ち、どこからか震えが走る。
突然の闇。まるで何者かが邪魔な光を消したみたいに。
ナニモノカ?
それはなんだ?
僕はさらに激しさを増す鼓動の音に、体中が支配されていくような気がした。
呼吸が苦しい。
急速に周囲から音が消えていく。
嫌だ。
これ以上ここにいたくない。
この先にあるものを見たくない。
本能的な忌避反応。
良くないものが、近くに来ていることを、己の中のなにかが知らせていた。
「ミナミ……さん……!」
やっとのことでそれだけを口にしたあと、僕の意識は急激に遠のいていった。
彼女の言うように、トンネル内に足を進めると、炎天下だった外からぐっと体感温度は下がったようだった。暑さと自転車の運転で疲弊していた僕は、この涼しさにほっと息をつく。
ミナミはマイペースにトンネル内を進んでいた。その足どりは軽やかで、まるでハイキングにでもやってきたかのようだった。
「ミナミさん。そう言えば、なにか依頼があってここに調査に来たって言ってましたよね」
「うん」
「それってどんな依頼だったんですか? 一応確認しておきたいんですけど」
「あれ、言ってなかったっけ?」
「はい。なにも」
「あら、そうだったかしら」
毎度のことながら、なんの説明もなく強引に連れて来られている僕である。少しはその辺りも気にしてもらいたいものだ。
僕が心の中で不満を噴出させていると、前を進んでいたミナミがふと足を止め、こちらを振り向いた。
「出るんだって」
その言葉の意味が一瞬理解できず、僕はきょとんとする。
「出る? 出るってなにが?」
「馬鹿ね。だから、もちろん出ると言ったらあれしかないでしょ」
察しの悪い僕に、ミナミは途端に冷たい視線を送りつけてくる。
「幽霊」
ユウレイ。
その言葉の意味が体に染み渡るとともに、ぞくり、と背筋に悪寒が走った。
「ゆ、幽霊?」
「そ。この元陶トンネルは以前からたびたびそういう噂が立つことで有名で、別名幽霊トンネルとも言われているところなんだけど、そんな霊的名所を我がオカ研に調査して欲しいって依頼がきたってわけ」
なるほど。確かに気にはなるところだ。
「で、でも、ただの噂なんですよね。幽霊なんてそんなのはきっとなにかの見間違いとかだと思うんですけど……」
「だから、見間違いかそうでないか、それを調査するんじゃない。なんのためにここまできたと思ってるのよ」
いや、ここまであなたを連れてきたのは僕ですけど。
「とにかく、ちゃんと記録係としての仕事は頼んだわよ。誠二くん」
「は、はい……」
運転手兼記録係兼雑用係にお世話係でもある下僕の僕は、しぶしぶミナミの指示に従うのであった。
「確か、依頼ではこの辺りに出るってことだったんだけど……」
「え……っ!?」
いきなりそう言われ、あやうく手にしていたハンディカムを取り落としそうになった。
「ちょっと! それ、この間お父さんから買って貰ったばかりなんだから、気を付けてよね! 落としたらただじゃおかないから」
ミナミに鋭く叱責され、冷や汗を流す僕。確かにまだ真新しいハンディカムは、その辺に落としでもしたら殺されそうな代物である。
心配だったら自分で撮影すればいいのに……。
「なにそのなにか言いたそうな顔は。いいのよ。文句があるなら遠慮なく言っても。まあ、その覚悟があるならの話だけど」
「い、いえ。なんでもありませんよ……」
僕の困り顔を見て満足したのか、ミナミは再びトンネルの中に目を向けた。そこはトンネルの中程、ちょうど中間に近いであろう辺りである。
いかにも不気味な雰囲気。なにかが出そうというのはなんとなくうなずける。
僕は気が進まないながらも、辺りを撮影するためにハンディカムを構えた。
「しっかり撮っておいてよ」
ミナミの命令に従い、RECボタンを押す。ハンディカムを顔の前に固定させたまま、ゆっくりと撮影を始めた。
最初にミナミを枠に捉えたあと、そのまま右回りにカメラをパンしていく。自分の視線とカメラワークが一体化する。次第に体が緊張感に包まれる。
視界に映るのは、薄暗いトンネル内の光景。ミナミのいる位置とは反対側にある電灯がレンズに映った。闇を照らす光の存在にほっとする。
と、そのとき電灯が急に暗くなった。そして、ふっとその明かりが消えた。
「……え……っ?」
心臓が脈打ち、どこからか震えが走る。
突然の闇。まるで何者かが邪魔な光を消したみたいに。
ナニモノカ?
それはなんだ?
僕はさらに激しさを増す鼓動の音に、体中が支配されていくような気がした。
呼吸が苦しい。
急速に周囲から音が消えていく。
嫌だ。
これ以上ここにいたくない。
この先にあるものを見たくない。
本能的な忌避反応。
良くないものが、近くに来ていることを、己の中のなにかが知らせていた。
「ミナミ……さん……!」
やっとのことでそれだけを口にしたあと、僕の意識は急激に遠のいていった。
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
【完結】悪役令嬢は婚約者を差し上げたい
三谷朱花
恋愛
アリス・デッセ侯爵令嬢と婚約者であるハース・マーヴィン侯爵令息の出会いは最悪だった。
そして、学園の食堂で、アリスは、「ハース様を解放して欲しい」というメルル・アーディン侯爵令嬢の言葉に、頷こうとした。
誰でもイイけど、お前は無いわw
猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。
同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。
見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、
「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」
と言われてしまう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる