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Chapter.1 秋庭学園
3 食堂にて
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この学園には、学食というものが存在する。しかもかなりおいしい。メニューは幅広く、和洋中といろいろあるが、意外と庶民的なメニューが多くて、なかなか気に入っている。もちろん弁当持ちの生徒も多くいるが、学食を利用する生徒もかなりの数だ。
他にも、この学園に来てから驚いたことはいろいろある。たとえば全教室が冷暖房完備なこととか、掃除は清掃業者の人がやってくれるため、生徒はやる必要はないということ。大学並みの大きな図書室があったり、各種設備が充実していたりなど。
有名な名門私立校だということはわかっていたつもりだが、なんだかこんなに優遇されていると、逆に申し訳ない気持ちになってくる。なぜなら僕は、そんなところにただで通わせてもらえているのだから。
――特待生。それがこの学園における僕の立場だ。
もちろん、特待生になるにはそれなりの条件を満たさなければならないのだが、その条件というのが、普通の感性からはかなりはずれている。名門校でありながら、かなり特殊な学校でもあるとされる由縁は、その条件が存在することに他ならない。
その条件というのはただひとつ。
それは――。
「小太郎ちゃん。ここにしよっか」
沙耶ちゃんは、食堂の一番端にある席に、自分のお弁当を置いた。僕もその向かいの席に自分のトレイを置いて、席に座った。食堂内は、昼食を取りにきた学生や教師の姿で賑わいを見せていた。
僕のメニューは豚の生姜焼き定食。ここの生姜焼きは抜群においしい。一方の沙耶ちゃんのほうはというと、基本的には弁当派。見れば、今日もおいしそうなおかずが可愛らしい弁当箱に並んでいた。
沙耶ちゃんは「いただきます」と言って、手を合わせると、おいしそうにお弁当を食べ始めた。沙耶ちゃんは食事をしているときが一番嬉しそうだ。
「それで、朝の話なんだけど……」
僕はいつ切りだそうかと迷ったが、思い切って口を開いた。すると、それまで軽快に箸を動かしていた沙耶ちゃんの手が止まった。そして、ゆっくりと顔をあげた。
視線がぶつかり、思わずどきりとした。その瞳の色は少し憂いを帯び、長いまつげが影を落としていた。しかも、目の縁がわずかに潤んでいる。
今訊くタイミングではなかったかと、すぐに後悔したが、発してしまった言葉はもう元には戻らない。沙耶ちゃんは少しの間沈黙し、やがて口を開いた。
しかし、沙耶ちゃんが声を発しようとした、まさにそのときに邪魔が入った。
「やあ、沙耶くん。ここにいたのか」
少々おおげさにも思える言い方で、沙耶ちゃんの隣にやってきた長身の男は、当然のようにそこに自分の食事のトレイを置いて、席に座った。沙耶ちゃんは、少しの驚きと安堵のような表情を浮かべて、そちらを振り向いた。
「あ、美周くん。用事終わったんだ」
「ああ。たいした用事じゃなかったよ。貴重な休み時間を潰されてはかなわないからね。すぐに済ませてきたところだ」
美周正宗。天敵中の天敵である。僕は思いきり眉間に皺を寄せた。
「おい。今大事な話をしてる途中だったんだ。部外者はどっかいけよ」
僕がそう言うと、美周は眼鏡の奥の切れ長の目をこちらに向けてきた。そして、小馬鹿にしたように鼻で笑った。
「そういうことなら、ますますもって離れるわけにはいかないな」
「なっ……! いいからどっかいけよ!」
「嫌だね」
僕と美周の間で、目に見えない火花が散った。
「まあまあ小太郎ちゃんも美周くんも。ほら、とりあえずお昼ご飯食べちゃおっか。お腹がすいてるとイライラしちゃうから、ね」
険悪な雰囲気を察してか、沙耶ちゃんが笑ってそう言った。とりあえずは本題からはずれることができたことにも安心したのだろう。沙耶ちゃんの言うように、まずは食事が先だ。
僕も沙耶ちゃんに倣うように、目の前の食事に取りかかった。美周も沙耶ちゃんにはかなわないようで、言うことに素直に従っていた。
美周のメニューは、僕と同じ豚の生姜焼き定食だった。それを見て、またもや眉間に皺が寄ってしまった。不本意だが、なぜか好みだけはよく重なる。
三人とも食事を終えると、トレイを片付けてもとの席に戻った。僕と美周は、沙耶ちゃんが口を開くのを黙って待っていた。
「さて、と。なんか二人ともそんなに真剣にならなくていいよ。ホントたいしたことじゃないから」
沙耶ちゃんは笑ってそう言ったが、やはり僕の目には、なんとなくその笑顔が陰って見えていた。
「え、とね。これ今朝見た夢のことなんだけど……」
沙耶ちゃんはぽつりぽつりと話し始めた。
林を抜け、沢沿いを進む。穏やかで気持ちの良い光景。しかし、そこに現れたのは沢の水を濁らせる赤い色。上流に目を向けたところで夢は終わる。
「ね。たいしたことじゃないでしょ?」沙耶ちゃんは、苦笑して小首を傾げた。
「いや、でもなんかちょっと気になるよね。暗示的な感じというか」
「……やっぱり、小太郎ちゃんもそう思う?」
「その赤いのってもしかして、血……なのかな」
僕の言葉に、沙耶ちゃんは途端に不安げな顔つきになった。
「や、そうとも限らないよね。絵の具とか。あっ、そうか。きっと誰かが染め物をしてたんだよ! 間違いない!」
慌ててそう言ったが、沙耶ちゃんの曇った表情は直らなかった。軽々しく不吉な言葉を発してしまったことに、僕は激しく後悔した。
美周はそんななか、右手を顎に当てて考え込んでいた。眼鏡の奥の目は、どこか真剣だ。僕は話題を逸らそうと、そちらに話を振った。
「美周。なにか気になることでもあったのか?」
美周は顔をあげると、沙耶ちゃんのほうに向き直った。
「沙耶くん。それ、他の誰かに話したかい?」
「ううん。今朝の夢はまだ誰にも……」
「そうか。それならいいんだ」
なんとなく意味深な言い方だった。沙耶ちゃんも気になったらしく、美周に訊ねた。
「なにか話すとまずいことでも?」
「いや、ちょっとその場所が気になってね」
「場所?」
「今の話の内容からすると、山か高原みたいなところだろうね。どこかの避暑地みたいなところとか」
「うん。たぶんそんな感じ」
「実はこの学園には、Y県に学園が経営している大きな合宿所があってね。毎年、学園の生徒たちが、夏休みを利用して使っているんだ」
美周の言葉に、はっとした。それは沙耶ちゃんも同様のようだった。
「まさかそこでなにかが……?」
「いや、こればっかりはなんとも言えないが、沙耶くんが夢を見たということは、なにかがある可能性があるわけで」
「そっか。じゃあ、そこに行かなければいいんだ!」
僕は名案とばかりにそう言った。それに対して、美周は冷ややかな視線を投げかけてきた。沙耶ちゃんは目をぱちくりとさせている。
「篠宮。沙耶くんの見る夢というのは、予知夢だぞ。行かなければ解決するという類のものではないだろう」
「でも、そういう場所に行かなければ、そういうことも起こりようがないじゃないか。違うのか?」
「だからそういう問題では……」
「ううん。それいいかもしれない」
沙耶ちゃんは美周の言葉を遮って、そう言った。
「夢もね。まったく同じになるってわけじゃないの。少しずつ、なにかが違っていたりする場合もあるんだけど。でも、そうだよね。不安なら行かないほうが、悪いことが起こる可能性も低くなるだろうし。二人ともありがとう。話したら少し楽になったよ」
沙耶ちゃんはそう言って、笑った。
他にも、この学園に来てから驚いたことはいろいろある。たとえば全教室が冷暖房完備なこととか、掃除は清掃業者の人がやってくれるため、生徒はやる必要はないということ。大学並みの大きな図書室があったり、各種設備が充実していたりなど。
有名な名門私立校だということはわかっていたつもりだが、なんだかこんなに優遇されていると、逆に申し訳ない気持ちになってくる。なぜなら僕は、そんなところにただで通わせてもらえているのだから。
――特待生。それがこの学園における僕の立場だ。
もちろん、特待生になるにはそれなりの条件を満たさなければならないのだが、その条件というのが、普通の感性からはかなりはずれている。名門校でありながら、かなり特殊な学校でもあるとされる由縁は、その条件が存在することに他ならない。
その条件というのはただひとつ。
それは――。
「小太郎ちゃん。ここにしよっか」
沙耶ちゃんは、食堂の一番端にある席に、自分のお弁当を置いた。僕もその向かいの席に自分のトレイを置いて、席に座った。食堂内は、昼食を取りにきた学生や教師の姿で賑わいを見せていた。
僕のメニューは豚の生姜焼き定食。ここの生姜焼きは抜群においしい。一方の沙耶ちゃんのほうはというと、基本的には弁当派。見れば、今日もおいしそうなおかずが可愛らしい弁当箱に並んでいた。
沙耶ちゃんは「いただきます」と言って、手を合わせると、おいしそうにお弁当を食べ始めた。沙耶ちゃんは食事をしているときが一番嬉しそうだ。
「それで、朝の話なんだけど……」
僕はいつ切りだそうかと迷ったが、思い切って口を開いた。すると、それまで軽快に箸を動かしていた沙耶ちゃんの手が止まった。そして、ゆっくりと顔をあげた。
視線がぶつかり、思わずどきりとした。その瞳の色は少し憂いを帯び、長いまつげが影を落としていた。しかも、目の縁がわずかに潤んでいる。
今訊くタイミングではなかったかと、すぐに後悔したが、発してしまった言葉はもう元には戻らない。沙耶ちゃんは少しの間沈黙し、やがて口を開いた。
しかし、沙耶ちゃんが声を発しようとした、まさにそのときに邪魔が入った。
「やあ、沙耶くん。ここにいたのか」
少々おおげさにも思える言い方で、沙耶ちゃんの隣にやってきた長身の男は、当然のようにそこに自分の食事のトレイを置いて、席に座った。沙耶ちゃんは、少しの驚きと安堵のような表情を浮かべて、そちらを振り向いた。
「あ、美周くん。用事終わったんだ」
「ああ。たいした用事じゃなかったよ。貴重な休み時間を潰されてはかなわないからね。すぐに済ませてきたところだ」
美周正宗。天敵中の天敵である。僕は思いきり眉間に皺を寄せた。
「おい。今大事な話をしてる途中だったんだ。部外者はどっかいけよ」
僕がそう言うと、美周は眼鏡の奥の切れ長の目をこちらに向けてきた。そして、小馬鹿にしたように鼻で笑った。
「そういうことなら、ますますもって離れるわけにはいかないな」
「なっ……! いいからどっかいけよ!」
「嫌だね」
僕と美周の間で、目に見えない火花が散った。
「まあまあ小太郎ちゃんも美周くんも。ほら、とりあえずお昼ご飯食べちゃおっか。お腹がすいてるとイライラしちゃうから、ね」
険悪な雰囲気を察してか、沙耶ちゃんが笑ってそう言った。とりあえずは本題からはずれることができたことにも安心したのだろう。沙耶ちゃんの言うように、まずは食事が先だ。
僕も沙耶ちゃんに倣うように、目の前の食事に取りかかった。美周も沙耶ちゃんにはかなわないようで、言うことに素直に従っていた。
美周のメニューは、僕と同じ豚の生姜焼き定食だった。それを見て、またもや眉間に皺が寄ってしまった。不本意だが、なぜか好みだけはよく重なる。
三人とも食事を終えると、トレイを片付けてもとの席に戻った。僕と美周は、沙耶ちゃんが口を開くのを黙って待っていた。
「さて、と。なんか二人ともそんなに真剣にならなくていいよ。ホントたいしたことじゃないから」
沙耶ちゃんは笑ってそう言ったが、やはり僕の目には、なんとなくその笑顔が陰って見えていた。
「え、とね。これ今朝見た夢のことなんだけど……」
沙耶ちゃんはぽつりぽつりと話し始めた。
林を抜け、沢沿いを進む。穏やかで気持ちの良い光景。しかし、そこに現れたのは沢の水を濁らせる赤い色。上流に目を向けたところで夢は終わる。
「ね。たいしたことじゃないでしょ?」沙耶ちゃんは、苦笑して小首を傾げた。
「いや、でもなんかちょっと気になるよね。暗示的な感じというか」
「……やっぱり、小太郎ちゃんもそう思う?」
「その赤いのってもしかして、血……なのかな」
僕の言葉に、沙耶ちゃんは途端に不安げな顔つきになった。
「や、そうとも限らないよね。絵の具とか。あっ、そうか。きっと誰かが染め物をしてたんだよ! 間違いない!」
慌ててそう言ったが、沙耶ちゃんの曇った表情は直らなかった。軽々しく不吉な言葉を発してしまったことに、僕は激しく後悔した。
美周はそんななか、右手を顎に当てて考え込んでいた。眼鏡の奥の目は、どこか真剣だ。僕は話題を逸らそうと、そちらに話を振った。
「美周。なにか気になることでもあったのか?」
美周は顔をあげると、沙耶ちゃんのほうに向き直った。
「沙耶くん。それ、他の誰かに話したかい?」
「ううん。今朝の夢はまだ誰にも……」
「そうか。それならいいんだ」
なんとなく意味深な言い方だった。沙耶ちゃんも気になったらしく、美周に訊ねた。
「なにか話すとまずいことでも?」
「いや、ちょっとその場所が気になってね」
「場所?」
「今の話の内容からすると、山か高原みたいなところだろうね。どこかの避暑地みたいなところとか」
「うん。たぶんそんな感じ」
「実はこの学園には、Y県に学園が経営している大きな合宿所があってね。毎年、学園の生徒たちが、夏休みを利用して使っているんだ」
美周の言葉に、はっとした。それは沙耶ちゃんも同様のようだった。
「まさかそこでなにかが……?」
「いや、こればっかりはなんとも言えないが、沙耶くんが夢を見たということは、なにかがある可能性があるわけで」
「そっか。じゃあ、そこに行かなければいいんだ!」
僕は名案とばかりにそう言った。それに対して、美周は冷ややかな視線を投げかけてきた。沙耶ちゃんは目をぱちくりとさせている。
「篠宮。沙耶くんの見る夢というのは、予知夢だぞ。行かなければ解決するという類のものではないだろう」
「でも、そういう場所に行かなければ、そういうことも起こりようがないじゃないか。違うのか?」
「だからそういう問題では……」
「ううん。それいいかもしれない」
沙耶ちゃんは美周の言葉を遮って、そう言った。
「夢もね。まったく同じになるってわけじゃないの。少しずつ、なにかが違っていたりする場合もあるんだけど。でも、そうだよね。不安なら行かないほうが、悪いことが起こる可能性も低くなるだろうし。二人ともありがとう。話したら少し楽になったよ」
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