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Chapter.9 衝動と静観と
8 合宿の終わり
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「あーもう終わっちゃうのかー」
相田が合宿所を見あげてそう言った。帰りのバスに乗り込もうと、みな続々と合宿所から荷物を持って出てきていた。沙耶ちゃんも、相田の隣に立って合宿所を眺めていた。
「なんか、いろいろあったね」
沙耶ちゃんはそう言って、少し笑った。笑顔を見せてくれたことに、僕は少し安心した。沙耶ちゃんのいろいろというのは、本当にいろいろなことなのだろう。
二泊三日という短い間だったのに、なんだかとても長かったように感じた。いろいろなことがその間に起きた。だけど、どうにか無事に済んだことに安堵する。
「小太郎ちゃん。合宿中はいろいろ迷惑かけてごめんね」
沙耶ちゃんが急にあらたまってそんなことを言うので、心の準備ができていなかった僕は驚いてしまった。
「や、いいよ。そんな謝らなくても」
「あと、ありがとう」
そっちの台詞は、正直に嬉しかった。僕は少し照れながら、頷いた。
「美周くんたちは?」
「もうそろそろ来るんじゃないかな」
あのあと美周を部屋へ連れていき、帰りの時間まで休むように言っておいた。美周は熱がぶり返して結構つらそうだった。よくそんな状態で、佐々木先輩を背負って合宿所まで歩けたものだと、呆れるとともに感心してしまった。
佐々木先輩と大野先輩は、もう意識が戻ったようで、さっき少しぼーっとしながら、バスに乗り込んでいくのが見えた。あのときの記憶はなくなっているのは確かなようで、二人の様子はいつものように自然に見えた。ただし、記憶が一部抜けていることについての疑問は噴出しているようで、その不思議体験を周りの人に話しているようだった。
今はそのことで頭がいっぱいのようだが、大野先輩の中のくすぶっている思いは、まだ消えてはいないはずだ。今後トラブルが起きる可能性はないとは言い切れないが、今はそっとしておいたほうがいいのかもしれない。
「篠宮。そういえばあのあと、美周からなにか聞いた? あの男の人のこと。話途中だったし、気になってるんだよね」
相田にそう訊かれたが、テレパシーうんぬんのことは言うつもりはなかった。それは、今の僕たちにはどうすることもできないことだ。余計な苦しみを増やさないためにも、美周の言うように、他の誰にも話してはいけないだろう。
「いいや。美周もそんなにいろいろ知ってるわけじゃないみたいだったよ」
「……ふーん。なんかいろいろ知ってるふうみたいに見えたけど。まさか、なにか隠してるんじゃないよな」
「別になにも隠してなんかないよ」
訝しむような目を向けられたが、僕は素知らぬふりをした。相田は意外と鋭くて困る。
やがて、バレー部や他の部の連中もぞろぞろと外に出てきていた。小林の顔を見ると、こころなしかやつれて見える。合宿の間中、相当バレー部でしごかれていたのに違いない。僕たちのほうを見て力なく手を振ると、さっさとバスに乗り込んでいった。こちらから見える窓側の座席に倒れ込むように座る姿を見て、僕は思わずお疲れと心でつぶやいた。
美周と幸彦も姿を現した。美周はひと休みして、少しは状態も良くなったようだ。あとはバスで帰るだけだし、なんとかなるだろう。沙耶ちゃんは先程と同じように、美周と幸彦にも感謝の言葉をかけていた。美周はその言葉ひとつで、幸せそうだった。
幸彦は、なんだか知らないが、沙耶ちゃんのこととは関係なく、ずっと上機嫌だった。
「どうしたんだ? なにかいいことでもあったのか?」
僕がそう訊ねると、幸彦は「へっへっへ」と不気味に笑っていた。美周が横目で冷たい視線を投げかけている。
「ああ、さては例の報酬のことだろ」
報酬なのかどうかはわからないが、美周と幸彦の間でなんらかの取引があったことだけは知っている。今回の合宿が終わったことで、その権利を手に入れたのだろう。
幸彦に訊いても答える気がないようなので、目を盗んで美周にこっそり訊いてみた。
「水玉クールズのコンサートチケットを渡した。ああみえて、あいつアイドルのファンなんだ」
思わずずっこけるところだった。幸彦がアイドル? 水玉クールズは可愛さとクールさを売りにした、現在大人気の三人組アイドルユニットだ。コンサートのチケットも、発売と同時に完売してしまうという人気ぶりなのは、僕でも知っていた。
「なかなか手に入れるのには苦労したが、そうでもしないとあいつを動かせないからな」
美周はそう言って嘆息した。なるほど、やはり従兄弟だけあって、美周は幸彦のことをよくわかっている。
しかし、あの幸彦がそのアイドルにそこまで熱をあげていたとは、意外としか言いようがない。そう思ったら、急におかしさがこみあげてきて、笑いを堪えきれなくなった。
「どうしたの? 小太郎ちゃん」
沙耶ちゃんが、突然のことに驚いたようにそう声をかけてきた。
「いや、ごめ。なんでもないよ」
と言いながらも、つい笑ってしまう。
大丈夫だ。こんなくだらないことで笑えてしまうくらいだ。いろいろな問題や悩みも、きっと笑い流せる日がくる。
「そろそろバスに乗ろうか」
僕たちがバスに乗り込んでしばらくすると、バスは動き出した。それとともに、窓の外には緑が流れ始めた。そして、すぐに合宿所も見えなくなった。あっという間に、すべては後ろへと流れていく。
僕はすぐに眠気に襲われた。
眠ってしまおう。今はただ、心地よいまどろみの中に身を委ねよう。
僕の意識は、バスの振動に乗って、ふわりふわりと消えていった。
相田が合宿所を見あげてそう言った。帰りのバスに乗り込もうと、みな続々と合宿所から荷物を持って出てきていた。沙耶ちゃんも、相田の隣に立って合宿所を眺めていた。
「なんか、いろいろあったね」
沙耶ちゃんはそう言って、少し笑った。笑顔を見せてくれたことに、僕は少し安心した。沙耶ちゃんのいろいろというのは、本当にいろいろなことなのだろう。
二泊三日という短い間だったのに、なんだかとても長かったように感じた。いろいろなことがその間に起きた。だけど、どうにか無事に済んだことに安堵する。
「小太郎ちゃん。合宿中はいろいろ迷惑かけてごめんね」
沙耶ちゃんが急にあらたまってそんなことを言うので、心の準備ができていなかった僕は驚いてしまった。
「や、いいよ。そんな謝らなくても」
「あと、ありがとう」
そっちの台詞は、正直に嬉しかった。僕は少し照れながら、頷いた。
「美周くんたちは?」
「もうそろそろ来るんじゃないかな」
あのあと美周を部屋へ連れていき、帰りの時間まで休むように言っておいた。美周は熱がぶり返して結構つらそうだった。よくそんな状態で、佐々木先輩を背負って合宿所まで歩けたものだと、呆れるとともに感心してしまった。
佐々木先輩と大野先輩は、もう意識が戻ったようで、さっき少しぼーっとしながら、バスに乗り込んでいくのが見えた。あのときの記憶はなくなっているのは確かなようで、二人の様子はいつものように自然に見えた。ただし、記憶が一部抜けていることについての疑問は噴出しているようで、その不思議体験を周りの人に話しているようだった。
今はそのことで頭がいっぱいのようだが、大野先輩の中のくすぶっている思いは、まだ消えてはいないはずだ。今後トラブルが起きる可能性はないとは言い切れないが、今はそっとしておいたほうがいいのかもしれない。
「篠宮。そういえばあのあと、美周からなにか聞いた? あの男の人のこと。話途中だったし、気になってるんだよね」
相田にそう訊かれたが、テレパシーうんぬんのことは言うつもりはなかった。それは、今の僕たちにはどうすることもできないことだ。余計な苦しみを増やさないためにも、美周の言うように、他の誰にも話してはいけないだろう。
「いいや。美周もそんなにいろいろ知ってるわけじゃないみたいだったよ」
「……ふーん。なんかいろいろ知ってるふうみたいに見えたけど。まさか、なにか隠してるんじゃないよな」
「別になにも隠してなんかないよ」
訝しむような目を向けられたが、僕は素知らぬふりをした。相田は意外と鋭くて困る。
やがて、バレー部や他の部の連中もぞろぞろと外に出てきていた。小林の顔を見ると、こころなしかやつれて見える。合宿の間中、相当バレー部でしごかれていたのに違いない。僕たちのほうを見て力なく手を振ると、さっさとバスに乗り込んでいった。こちらから見える窓側の座席に倒れ込むように座る姿を見て、僕は思わずお疲れと心でつぶやいた。
美周と幸彦も姿を現した。美周はひと休みして、少しは状態も良くなったようだ。あとはバスで帰るだけだし、なんとかなるだろう。沙耶ちゃんは先程と同じように、美周と幸彦にも感謝の言葉をかけていた。美周はその言葉ひとつで、幸せそうだった。
幸彦は、なんだか知らないが、沙耶ちゃんのこととは関係なく、ずっと上機嫌だった。
「どうしたんだ? なにかいいことでもあったのか?」
僕がそう訊ねると、幸彦は「へっへっへ」と不気味に笑っていた。美周が横目で冷たい視線を投げかけている。
「ああ、さては例の報酬のことだろ」
報酬なのかどうかはわからないが、美周と幸彦の間でなんらかの取引があったことだけは知っている。今回の合宿が終わったことで、その権利を手に入れたのだろう。
幸彦に訊いても答える気がないようなので、目を盗んで美周にこっそり訊いてみた。
「水玉クールズのコンサートチケットを渡した。ああみえて、あいつアイドルのファンなんだ」
思わずずっこけるところだった。幸彦がアイドル? 水玉クールズは可愛さとクールさを売りにした、現在大人気の三人組アイドルユニットだ。コンサートのチケットも、発売と同時に完売してしまうという人気ぶりなのは、僕でも知っていた。
「なかなか手に入れるのには苦労したが、そうでもしないとあいつを動かせないからな」
美周はそう言って嘆息した。なるほど、やはり従兄弟だけあって、美周は幸彦のことをよくわかっている。
しかし、あの幸彦がそのアイドルにそこまで熱をあげていたとは、意外としか言いようがない。そう思ったら、急におかしさがこみあげてきて、笑いを堪えきれなくなった。
「どうしたの? 小太郎ちゃん」
沙耶ちゃんが、突然のことに驚いたようにそう声をかけてきた。
「いや、ごめ。なんでもないよ」
と言いながらも、つい笑ってしまう。
大丈夫だ。こんなくだらないことで笑えてしまうくらいだ。いろいろな問題や悩みも、きっと笑い流せる日がくる。
「そろそろバスに乗ろうか」
僕たちがバスに乗り込んでしばらくすると、バスは動き出した。それとともに、窓の外には緑が流れ始めた。そして、すぐに合宿所も見えなくなった。あっという間に、すべては後ろへと流れていく。
僕はすぐに眠気に襲われた。
眠ってしまおう。今はただ、心地よいまどろみの中に身を委ねよう。
僕の意識は、バスの振動に乗って、ふわりふわりと消えていった。
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