蒼き翅の乙女

記憶喪失の少女

３

　そして一夜が明けた。

（――しかし、思い出せないものね……）

　特に夢を見ることもなく、サンドラは借りている部屋で目を覚ました。昨日はおいしい食事のあと、この部屋で休むように促され、何か思い出せないものかと綴れ織壁掛けを見たり、外を眺めてみたり、部屋に置いてあった本を読んでみたりしたのだが、有力な手掛かりはない。あれからは頭痛も引いていて、体調は良かった。

　サンドラは起き上がると、綴れ織壁掛けに目をやる。それを何度見つめたところで、思い出せることはない。

（プシュケの伝承を知らなかったってことは、あたしはこの町の人間ではないってことなのかしら？　それとも忘れているだけ、か）

　紗幕から漏れる明かりで浮かび上がる蒼い蝶の乙女は昼間に見たときよりも神秘的に見える。

（魂の化身、ね。死者は蘇ることこそないが、会いに来ることはある。素敵なお話の残る街ですこと）

　大きく伸びをして、寝台を下りる。衣服や髪の乱れを姿見を見て直すと、おいしそうな香りを漂わせる台所へと足を進めた。