蒼き翅の乙女

一花カナウ

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募る想いとうらはらに

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 朝。いつもの食卓。だのに、サンドラは食事が美味しく思えなかった。

「――食欲がないようですが、どうかしましたか?」

「い、いえ……ちょっと夜更かししすぎてしまったみたいで」

 無理やり笑んで答えると、キースはすっと立ち上がった。そして、サンドラの額に手のひらを当てる。

「……!」
「ちょっと熱いかな……?」

 不意打ちもいいところだ。サンドラは惚けた顔をして、ぽろりと匙を落とした。匙が食卓に転がり、木製どうしがぶつかる音が響く。

「あぁっ、ご、ごめんなさい」

「大丈夫ですか? 体調が悪いのでしたら、今日は部屋で休んでいただいても――」

 ――部屋。

 蒼い翅の乙女の姿が浮かぶ。そして、胸の奥がずきりと痛む。

「大丈夫ですよ」

 キースの台詞を遮るようにサンドラははっきりと答える。

(あたしはキースの役に立ちたい。少しだけでいい。彼のそばにいたい……)

「ですが、顔色も悪いですよ? 無理して倒れられても心配なのですが」

「平気ですよ。ちょっと寝不足なだけですって。――あ、でも、またご迷惑をおかけするといけないので、いつもよりはおとなしくさせてもらいますね」

 言って、サンドラは手を合わせる。

「ごちそうさまでした」

 普段の半分ほどしか喉を通らなかった。申し訳ないと思いながらも、これ以上はどうしても食べることができない。

「本当に無理していません?」

「えぇ」

 立ち上がって片付けを始めたサンドラに、キースは不安そうな目で彼女を追いながら問う。

「そうおっしゃるなら、サンドラさんを信じて、一つ仕事を頼まれてくれませんか?」

「はい? なんでしょう」

 キースが仕事を頼んできたのはこれが初めてだ。サンドラは手を止めて向き直る。

「今日の午後、店番を頼めませんか?」

「店番、ですか?」

「今日、午後に用事があるのを忘れて発注してしまったんです。荷物が届きますから、それを奥の倉庫に運んでもらってください」

「承知しました。荷物が届いたら、奥の倉庫に持って行ってもらえばいいんですね」

 仕事の内容を復唱して、サンドラは頷く。その程度の仕事ならもう慣れっこだ。何度かキースがやっているのを見ている。

「体調が悪いときに申し訳ない」

「いえ、いいんですよ。あなたのお役に立てるなら」

 本当に心から申し訳なく思っているようだ。キースは暗い表情で頭を下げる。

(そんな気持ちになってでも断ることのできない用事なのかしら?)

 サンドラはふと興味が湧いた。

「しかし、とても大切な用事なのですね」

 探るつもりで言うと、キースの表情が曇る。強引に聞き出そうかという気持ちが少しあったが、そんな顔のキースからはとてもではないがそうできない。

「――店番、任せてください。あなたからちゃんとお仕事は学んだつもりです。どうぞ心配せずゆっくりしてきてください」

 笑顔で送り出す、そのくらいしか今のサンドラにはできなかった。

「すまない。早めに戻るようにしますから」

 言って、キースは食器の片付けを始めたのだった。


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