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破れ鍋に綴じ蓋

鍋パーティはいつだって

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「ビールは差し入れだ。多めに買ってきたから冷蔵庫に入れておくぞ」
「ああ、適当にどうぞ」
「了解。……って、マジで自炊してないんだな」
「面倒じゃん。栄養のバランスを考えるの」
「自炊している連中、そこまでバランスにこだわっちゃいないって」
「そうか?」

 せっかく自炊するんだから、そこはこだわるところだと思っていたのだが。
 煮えてきたのか、美味しそうな匂いがしてくる。俺は鍋を覗き込んだ。にんにく味噌味。野菜がくったりしてきている。

「ビールに合いそうなやつにした。〆はうどんだ」
「ふーん」
「最近、卵の値段が上がっててさ、おじやで〆るコストが上がってるんだよなあ」
「へえ、そうなのか」
「朝飯に卵かけご飯にするのにハマったところだったのに、贅沢品になっちまったわ」
「それはご愁傷様」

 紙皿と割り箸がテーブルにセットされた。これも友の持ち込みである。ほんと、手際もよければ準備もよくできている。ふだんから料理をしているから、必要なものが頭に入っているんだろう。

「少しは食べるだろ?」
「少しだけ、な」
「遠慮しなくていいぜ。場所を借りているわけだし」
「場所代はビール一本だろ」
「あんたの時間も奪ってるからなあ」
「それは、そうだな」

 食べている時間は付き合えということだろう。俺は頷いて友の前に腰をおろした。
 すかさず、取り皿にビール缶が添えられる。晩酌だ。

「明日は早いのか?」
「ふつう」
「もっと飲んでおく?」
「いや、いい」
「じゃあ、オレは遠慮しておこう」

 大きい缶が下がって、俺の隣に置いた缶と同じサイズのものが置かれる。

「どんだけビール買ってんだよ」

 さっき冷蔵庫にしまっていたのはなんだったのか。

「買いたい気分だったんだよ」
「飲みたい気分、じゃないのかよ」

 友は俺と比べたら酒が飲めない。だから、付き合うためだけにビールを買うらしかった。

「あんたが飲んでいるのを見たいだけだな」
「なんだよ、それ」

 俺は笑う。友も笑う。
 プルタブを押し上げて乾杯をする。ビールを一口飲んで、取り皿に野菜と肉をよそった。

「で、今日はなんの話だ?」
「仕事辞めたんだわー」
「はい?」
「辞めたっていうか、潰れちまってさ。春になる前に実家に戻る」
「こっちで就活しないの?」
「実家、自営業なんだわ。親父がちょっと調子がよくなくて、親孝行できるうちに手伝っておきたい」
「なるほどな」
「仕事でとった資格も役立ちそうだし、親父が嫌がらないなら継いでおくのも悪くないかなって」
「その辺、相談できるうちに相談しておいたほうがいいぞ。ウチはもめたから」
「そうなん?」
「俺は三男だから自由にしていいって言われてたし、できもよくないから期待もされていなかったんだけど。兄貴たちが、まあ。ウチの父は事故で急逝だったから、ほんと、厄介だった」
「それは知らなかったな」
「だから、その決断はいいと思う。よく話し合って、決めてこいよ」
「後押しされると思わなかった」
「引きとめてほしかったのか?」
「いや、話を聞いてほしかっただけ」
「だろうな。お前の鍋パーティはいつもそう」
「そうだっけ?」
「彼女ができた報告じゃなくてよかったわ」
「それはどういう意味さ」
「寂しいじゃん?」
「ま、オレも同意だな」

 鍋は美味しい。温かくてしみる。

「……身体、気をつけろよ」
「なにしんみりしてんだよ。オレが実家に帰るまでまだ時間あるし、もう一回くらい鍋食おうぜ」
「そうだな」

 俺たちはいつものように笑い合った。

《終わり》
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