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冬の大三角形

冬の大三角には続きがあって

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 勉強は順調だった。模試の結果もちゃんと良くなった。両親も喜んでくれたし、私もすごく楽しかった。
 冬の足音が近づいてきたある日。
 家庭教師の時間が終わると、玄関先まで見送りに出る。橘先輩は空を見上げて、不意に指差した。

「冬の大三角だ」
「?」
「オリオン座、わかるでしょ? それで、あの明るい星とあっちの明るい星を結んで冬の大三角。もう一つ面白いものがあるけど、今はまだよく見えないから、また今度教えるね」
「星、お好きなんですか?」
「特に好きというわけでもないんだけど、なんかそれだけ印象に残っていて。すごく明るい星だから」

 そう告げてはにかんだ橘先輩はなんか可愛らしかった。歳上の男性に可愛いと思うのは変だけど。

「確かに目立ちますね、正三角形」
「だろ? 冬に見られるから、思い出したら探してみてよ」
「はい」

 そんなやり取りを、今もはっきり覚えている。


*****


 小さな手が私の指先を握って引っ張った。

「ママ、どうしたの?」
「お空に三角形ができてるなあって思ったのよ」

 そう答えてしゃがみ込み、ベテルギウスを指差す。しかし、ほかの星は見えなかった。娘の身長では建物が邪魔なのだ。

「おほしさまはさんかくじゃないよ」
「そうね」

 星座の話も冬の大三角の話もまだ娘には早いかもしれない。

「パパといっしょにお空の本、見てみようか。三角形のお話、できると思うよ」
「うん。やくそく」

 指切りをして、歩き出す。
 あれから十年経って、私の苗字は橘になっていた。
 大学受験は無事に突破して、橘先輩と同じ大学の理工学部に通った。先輩は大学院まで進んで、私が志望した研究室に彼はいて。
 夜遅くまで研究室に残っていた私に、空を見上げながらあのときの話の続きをしてくれた。
 冬の大三角は冬のダイヤモンドの一部でもあるのだと教えてくれた。その流れで、なぜかプロポーズされて、今に至る。

「今日は星が綺麗ね」

 たくさんたくさん、星のお話をしよう――私は小さな手を握りながら、愛する旦那さまの待つ場所に向かうのだった。


《終わり》
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