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彼女が歩む道に私はいないけど

進むべくして歩む道

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*****


 その一年後。
 運命は残酷だ。
 命に別状はなかったのは幸いだったけれど、茉莉奈は年末に起きた交通事故に家族ごと巻き込まれて、入試を見送ることになってしまった。
 せめてひと月でも事故が起こるのが遅ければ、彼女ならどこかに進学できただろうに。


 入院中の病院までお見舞いに行って、私は結局声をかけずに立ち去った。
 泣き腫らした目、真っ赤に染まった頬を見て、なんと声をかけたらいいのかわからなかったのだ。
 茉莉奈が悔しがっていたのはわかる。事故の後遺症でやりたいことができなくなったということも誰かから噂で聞いた。
 来年頑張ればいいなんて無責任な励ましが彼女にはツラいだろうことも想像できた。
 だから、私は何も言えない。


*****


 進学組はそれぞれの道を歩んでいく。第一志望に行ける者、なんとか滑り止めに入り込む者、浪人生になることを選んだ者、結局就活を選ぶ者――様々だ。
 就職組は早々に進路を決めて春休みの前から準備が始まる。私は忙しい日々を過ごしていた。

「――六花ちゃん」

 休憩時間。就職先の工場に、茉莉奈が来てくれた。まだ足の怪我の影響は残っているようで、歩き方がぎこちない。

「どうしたん?」
「学校には卒業式まで来ないって聞いたし」
「ああ、うん。覚えることが多いからねえ、早めに慣れておいた方がいいからさあ」

 あまり物覚えはよくないので、毎日必死である。
 苦笑して返せば、茉莉奈も困ったように笑った。

「あたしさあ、引っ越すんよ。卒業式は出られんの。お別れを言いに行かんと、もう会えんし」
「それは急やね」
「あたしもこうだけど、父さんが動けんし、ここじゃ生活できんから、親戚のうちのそばに行くん」

 あの事故で、茉莉奈の父親は働けない体になってしまった。誰かの手助けが必要ではあるが、彼女の家族に支えられるだけの人員はいない。

「そうなん」
「うん」

 気まずい沈黙。
 茉莉奈が先に喋り出した。

「結局はさあ、あたしのうちって、よそものなん。あたしが物心つく前にこっちに引っ越してきて仲良くやってきたけど、仲のいいつもりだっただけなんよ。就職先なんてツテで決まるなんて思ってなかったし、進学は進学で厳しいし、体が不自由になっても福祉は得られないしねえ」

 その言葉に、私は何も答えられない。
 都市部から移住してきた家族であることは知っていた。でも、だからといって何が違うかなんて子どもだった私にはわからなかった。
 住めば都というけれど、問題に直面したら現実は重くのしかかる。

「六花ちゃん、今まで仲良くしてくれてありがとうな。引っ越しても連絡くれたら嬉しいよ」
「茉莉奈とは親友だよ。これからも仲良くするよ。連絡だってするから」
「そっかぁ。あんがとね」

 寒かったからなのか、それとも気持ち的なものなのか、茉莉奈は頬を真っ赤に染めて笑った。
 休み時間が終わることを先輩職員が告げている。そろそろ持ち場に戻らないといけない。

「あたし、行くわ。元気でな」
「うん、茉莉奈も元気でなぁ」

 私たちは別々の道を歩き出す。一年前には考えたこともなかった別離になったけれど。
 私に背を向けて歩き出した茉莉奈が、たくましく見えた。

《終わり》
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