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本編
夢
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ふと考える。夢ってなんだろう? 見るもの? それとも持つもの?
* * *
「ねぇ、トキノヤさん」
「なに?」
中学校の騒がしい廊下。帰りのホームルームも終わり、嫌いな勉強を忘れられる貴重なひととき。これからはそれぞれの部活の時間だ。
「二学期に入ってからまだ一度も顔を出していないよね?」
「あーっゴメン、ミツキ。ちょっと用事でさぁ」
彼女のセミロングの髪が翻る。
「急いでいるの、長い話はパス!」
「なに、塾?」
アインは学年十位に入るほど頭がいい。私なんかと違って。
「やーねー。行くわけないでしょ、あんな場所」
手をぱたぱたと振って階段を駆け下りる。
私はそのまま彼女を追いかける。
「じゃあ何?」
「噂の出てきた場所――じゃ、また明日」
ミステリアスな雰囲気をまとって、昇降口を颯爽と出て行く。
私はただ軽く手を振って見送っただけ。最近付き合い悪くない?
私とトキノヤアインは幼稚園からの顔見知り。彼女とはそれだけの関係。顔を知っていて、同じ部活にいる、そんだけ。
「――あいつさぁ彼氏でもできたんじゃねー? そう言う話、聞かないの?」
「あ、ヤノ君」
いきなり私の肩を叩くものだからびっくりした。振り向いた先に背中にバッグを担いだヤノ君が立っていた。ちなみに彼はクラスメートだ。クラスの中では割と話す方である。
「で、どうなのさ?」
「さぁ……私が知るわけないじゃん」
「幼なじみだろ? 一応」
「なに? アインに気があるの?」
「それはない」
私のツッコミに対して即答。しかもきっぱりと言い切った上に胸を張って。
「ま、ちょっとした調査でね」
あのな、と彼は私に耳打ちすると部活へと向かっていった。
「オリフタエノ オリフタエノ 我は汝を請う 故に我が前に汝の姿を現したまえ!」
静かな夕暮れ時の公園。高台に位置し、展望台のついているこの公園はそれだけでも有名であったが、今は別のことでもその知名度を上げている。
しばらく待つと聞き慣れない着信音がどこからともなく聞こえてくる。電源を切っておいたはずのケイタイからだ。ここまでは噂通り。私は電話を取る。非通知だ。
「……はい」
「はーい今晩和。営業時間外だけど特別サービス。尾根篤弘です」
テナー音域の優しげな声。それは受話器ごしから、そして背後から聞こえた。
「こんばんわ」
振り向いてお辞儀をする。
噂で、そしてヤノ君から聞いた通りの男性がそこに立っていた。
今日は全身黒ずくめ。でも決して派手ではない、どちらかというと地味な着こなし。今どきの若い青年っぽくはない自分風にアレンジしている感じだが、その中でも印象的だったのは夕日を照り返す左耳の小さくて丸いピアス。似合っていると言うより、そこだけが妙に目立ってしまって不釣り合いに感じる。まるでこれは彼のものではないのだとでも言っているかのような、自己主張しているような、そんな感じだ。
そう言えば、アインのつけているピアスって……。
「こんな時間にどうしたんだい?」
「アイン、来ていました?」
「さぁ? ボクが聞いているのは君のことなんだけど」
「なら、いいんです。呼び出してごめんなさい」
一礼して、少し早足で出口に向かう。
お分かりの通り、彼の質問には答えない。本当は訊きたいことがある。聞いて欲しいことがある。でも今日も明日も明後日も、その先さえも私にゆとりなんてない。ゆとり教育の所為でゆとりをなくしたって言いたい気分。これから習い事だ。
「待ってって、カワハラ ミツキちゃん。あと十分くらい時間ひねり出せるだろ? 君の話、ボクは聞くよ」
公園を出るぎりぎりのところで、彼は声を掛けてくれた。立ち止まり、時計を見る。十分……そのくらいはなんとか余裕がありそうだ。今日は少しだけ早く部活も終わったことだし。
私は顔を上げて彼のほうを見る。
「本当に聞いてくれますか?」
その返事として、彼は私に公園のベンチに座るよう指し示したのだった。
「私、お話を作るのが好きなんです」
既に陽は沈み、淡い街灯の光が公園を照らす。虫たちの合唱をBGMに、私はポツリポツリと話し始めていた。
「だからできれば小説家になりたいなぁって思っていたんです。でも現実問題として、それは無理なんですよね。私には才能がないから。努力やただずっと続けていたんじゃどうにもならない。本を読んだり、友達に読んでもらったりしているうちに気が付いてしまった。それ以外に夢みたいなものってなかったのに、それを失ってしまった。
なんか焦りますよね。学校では将来の夢について無理矢理作文を書かせられたり、進路のプリントを埋めなくてはいけなかったり……。夢を持つ時間も、持つための余裕もこの世界には残っていないじゃないですか。押しつけて、型に収めようとしている大人は何も分かっていない。
良かれと言って与えるものはすべて足枷。
あなたのためって台詞は体裁ぶった言葉。
自分だけ満足げにしたり、疲れたような顔をして、寄り添おうって気持ちが空っぽ。
……この距離はなんですか?」
泣き出しそうな私がいた。聞いて欲しいことを全部ぶちまけてみて、どんな質問がしたかったのかが少しだけ分かった。行きたい道を否定して、舗装された道を選ぼうとしている自分に戸惑っていたのだ。
不意に歌が耳に入った。歌詞はない。少しして、彼が歌っていることに気が付いた。
「なにかわかった?」
じっと私に見つめられていたことに気が付いた彼はにっこりと優しげに笑んだ。
「はい。……ところで、その曲、着メロと一緒ですよね?」
尾根さんが出てくる前にケイタイにかかった着信音。幻想的で優しく包み込まれてしまう旋律。
「そうだよ。ボクの唯一の趣味らしい趣味でね。パソコンで作ったんだ。今じゃ便利なパソコンのソフトが流通しているから簡単だよ」
「素敵な曲ですね。自分で創作しているんですか? すごいです」
「んー。ありがと。……そうだ、場所を変えない?」
照れくさそうに笑って、彼は展望台に視線を向けた。
「――趣味を職業にしている人って、どんな感じなんだろうね」
月の船が視界の端っこに浮かんでいる。
「さぁ、私には見当もつきません。でも、憧れですね」
白い優しい光が地上を照らす。
「……そっか……。夢と現実についての話だったね」
街を眺めていた彼の視線がこちらを向く。私はこくりと頷く。
「君の持っている夢は素敵だよ。否定してはいけない。存在を認めてあげなくちゃ。君は否定しすぎだよ」
「でも私には才能がないから……」
うつむいた私に、彼は続ける。
「そんなこと、誰が決めるんだい? まずは自分が信じてあげなきゃ。
世の中には才能があっても気が付かない人、または知っていても敢えてその道を避ける人がいる。才能はあるけれど機会に恵まれずにこの世を去る人がいる。才能と機会に運良く恵まれ、成功した人がいる……ほんと、いろんな奴がいる。
そう言えば、自分の才能ゆえに自殺した人もいたよね。でもさ、才能なんて、生まれつき持った能力のことなんて気にすることはないんじゃないかな。才能にばかり目を向けていたらほかの大事な部分を見落としがちになる。才能よりも見落としていたもののほうに価値があることがあるかもしれない。広い視野を持つことが大事じゃないかな」
「それとこれとは……」
「関係大ありさ。君は小説家になりたいんだろう?」
「はい」
「じゃあ、まとめだ。
夢は見るものか、叶えるものか、持つものか。
どれも正しいんだろうけど、ボクはこう思っている。『夢は追うもの』だって。しかも決して追いつかないんだ。明日が常に存在するような感じにね。夢がないと思っているときだって、夢を捜して彷徨っているわけだからこれに当てはまるだろう?
焦ることはないんだ。ゆっくり捜していけばいい。ずっと追いかけていけるものを発見できたら素敵だね。そのためにも、いろいろ体験して身につけていかないと。広い視野を持って、体当たりでいかないとね」
あぁそっか。今まで目を瞑って歩いていただけなんだ。これからは目をしっかり開いて、回りをよく見て歩かなきゃ行けないんだ。ずっと閉じて歩いていたから、舗装された安全な道でないといけないように思ってしまったんだ。
それなのに、私は……。
誰かが作ってくれるのを待っていたのかと思うとなんか恥ずかしい気持ちになった。
「少しは参考になった?」
――ボクがここにいる理由だもの。
「え?」
彼の台詞にダブって別の言葉が聞こえた。空耳にしては脳裏に焼き付くような印象。今のは一体……?
「どうかした?」
「いえ」
慌ててそう答えてしまったけれど、気になっていた。
「あっ! ごめんごめん。いつもの調子で喋っていたら約束の時間を過ぎちゃった」
はっとして時計を見た彼は詫びる。
「いいですよ。このくらい」
しばしの沈黙。天上には星が輝き、眼下にも光が溢れている。天空の星もキレイだけど、地上の星もキレイだよ。
「……今まで素通りしてきた価値のあるものを見つけられそうですから」
「そう言ってもらえると助かるよ。そだ、時間もできるのをただ受け身で待っているんじゃなくって、自分で探し出して、たとえ短くても少しでも長くなるようにつなぎ合わせていくものじゃないかな。暇を作って、気分転換をした方がいい。君は特に、ね」
「そうかもしれませんね」
気持ちが楽になったのが分かった。こんな美しい景色がここにあるのに、その横を通り過ぎていたなんて。私はどれだけのものを見ないで通り過ぎてきたのだろう。
「そろそろ行きますね。あんまり遅れるとあとがうるさそうですから」
時計で確かめて苦笑いをする。それでもここにいた時間は私が感じていたよりもずっと短かった。
「んじゃ、はい、これ」
ひょいっと私のほうに投げられた物体を受け取る。温かい。
「今回は営業時間外なんで缶一本。もう寒いから暖まっておきなよ」
私が返そうとする寸前で、彼はもう一本の缶をこちらに見せてウインクした。
「あ、ありがとうございます。充分な気分転換になった上にこれまで……」
両手で缶をしっかりと包み込む。今の時期は陽の出ているうちは暖かいと言うよりもむしろ暑いのだが、日が暮れてしまうと急に寒さがやってくる。とてもありがたかった。
「どういたしまして」
「ではこれで」
一礼して、駆け足で私は公園の出口へと向かった。
「気をつけるんだぞ!」
「はーい!」
公園を出て振り向いたが、既に尾根さんの姿はなかった。
まだ静かな朝の昇降口。私は始業のチャイムが鳴る十分前には学校に着く。この時間でもまだ教室はがらんとしている。チャイムが鳴る頃が昇降口のラッシュを迎える。私はその埃っぽい集団に巻き込まれるのが嫌で、早めに教室に入るのだ。
「おはよ、カワハラ」
声にびっくりして(何せいつもここで声を掛けられないものだから)振り向くと部活のユニホーム姿のヤノ君が立っていた。
「おはよう、ヤノ君。朝練?」
こんな時間にヤノ君に会うなんて珍しいなぁと思って問いかける。
「自主練。レギュラーになったからにはへまはできないって思ってさ。そう言えば、なんか明るいけど、どうかしたのか?」
タオルで汗を拭いて、上履きに履き替える。
「昨日噂の尾根さんに会ってきたからね。ヤノ君が言っていた通りだったよ」
「そっか……で、何話したのさ?」
つま先で床をとんとんっと叩いて、自分の荷物を背負う。
「夢についてと、時間の作り方」
並んで階段を上る。教室は二階の中央にある。
「なかなか難しい質問だなぁ。で、ヤツはなんて?」
「こっから先は秘密。若干プライバシーにかかわりますから!」
階段を上りきる。ここを右に曲がって三つ目の教室が自分たちのホームルーム。
「みんなそう言うんだよなぁ。何話すんだろう?」
「行ってみれば分かるわよ。興味深いことを言うよ、きっと」
「ふーん。とりあえず、情報をサンキュウ。ところで、あのあとトキノヤには会ったのか?」
「アタシがどうかしたの?」
不意に声がする。声は教室のドアの側に立つアインのものだった。
「ちょっと興味があってね。君に」
彼女の問いにヤノ君は意味ありげに答える。
「興味? 恋愛関係ならお断りだけど」
――アイン大きく出るなぁ。ヤノ君は校内ではもてる方なのに。
「尾根篤弘の正体を暴くのに、ちょっと付き合ってくれない? もちろん君が望むように恋愛は抜きで構わないから」
「なっ!?」
驚きのあまり声を上げたのはアインではなく私。
当のアインはかなり冷静に、でも表情は困惑しているかのように見えた。
「わかったわ。あなたの真意がなんなのか分からないけど、付き合ってあげるわよ」
「えぇっ?」
「じゃ、今度の土曜の午後、噂の公園に来てもらえる?」
私のパニックを余所に二人の会話は続く。結局アインはその約束も了解したのだった。
* * *
「ねぇ、トキノヤさん」
「なに?」
中学校の騒がしい廊下。帰りのホームルームも終わり、嫌いな勉強を忘れられる貴重なひととき。これからはそれぞれの部活の時間だ。
「二学期に入ってからまだ一度も顔を出していないよね?」
「あーっゴメン、ミツキ。ちょっと用事でさぁ」
彼女のセミロングの髪が翻る。
「急いでいるの、長い話はパス!」
「なに、塾?」
アインは学年十位に入るほど頭がいい。私なんかと違って。
「やーねー。行くわけないでしょ、あんな場所」
手をぱたぱたと振って階段を駆け下りる。
私はそのまま彼女を追いかける。
「じゃあ何?」
「噂の出てきた場所――じゃ、また明日」
ミステリアスな雰囲気をまとって、昇降口を颯爽と出て行く。
私はただ軽く手を振って見送っただけ。最近付き合い悪くない?
私とトキノヤアインは幼稚園からの顔見知り。彼女とはそれだけの関係。顔を知っていて、同じ部活にいる、そんだけ。
「――あいつさぁ彼氏でもできたんじゃねー? そう言う話、聞かないの?」
「あ、ヤノ君」
いきなり私の肩を叩くものだからびっくりした。振り向いた先に背中にバッグを担いだヤノ君が立っていた。ちなみに彼はクラスメートだ。クラスの中では割と話す方である。
「で、どうなのさ?」
「さぁ……私が知るわけないじゃん」
「幼なじみだろ? 一応」
「なに? アインに気があるの?」
「それはない」
私のツッコミに対して即答。しかもきっぱりと言い切った上に胸を張って。
「ま、ちょっとした調査でね」
あのな、と彼は私に耳打ちすると部活へと向かっていった。
「オリフタエノ オリフタエノ 我は汝を請う 故に我が前に汝の姿を現したまえ!」
静かな夕暮れ時の公園。高台に位置し、展望台のついているこの公園はそれだけでも有名であったが、今は別のことでもその知名度を上げている。
しばらく待つと聞き慣れない着信音がどこからともなく聞こえてくる。電源を切っておいたはずのケイタイからだ。ここまでは噂通り。私は電話を取る。非通知だ。
「……はい」
「はーい今晩和。営業時間外だけど特別サービス。尾根篤弘です」
テナー音域の優しげな声。それは受話器ごしから、そして背後から聞こえた。
「こんばんわ」
振り向いてお辞儀をする。
噂で、そしてヤノ君から聞いた通りの男性がそこに立っていた。
今日は全身黒ずくめ。でも決して派手ではない、どちらかというと地味な着こなし。今どきの若い青年っぽくはない自分風にアレンジしている感じだが、その中でも印象的だったのは夕日を照り返す左耳の小さくて丸いピアス。似合っていると言うより、そこだけが妙に目立ってしまって不釣り合いに感じる。まるでこれは彼のものではないのだとでも言っているかのような、自己主張しているような、そんな感じだ。
そう言えば、アインのつけているピアスって……。
「こんな時間にどうしたんだい?」
「アイン、来ていました?」
「さぁ? ボクが聞いているのは君のことなんだけど」
「なら、いいんです。呼び出してごめんなさい」
一礼して、少し早足で出口に向かう。
お分かりの通り、彼の質問には答えない。本当は訊きたいことがある。聞いて欲しいことがある。でも今日も明日も明後日も、その先さえも私にゆとりなんてない。ゆとり教育の所為でゆとりをなくしたって言いたい気分。これから習い事だ。
「待ってって、カワハラ ミツキちゃん。あと十分くらい時間ひねり出せるだろ? 君の話、ボクは聞くよ」
公園を出るぎりぎりのところで、彼は声を掛けてくれた。立ち止まり、時計を見る。十分……そのくらいはなんとか余裕がありそうだ。今日は少しだけ早く部活も終わったことだし。
私は顔を上げて彼のほうを見る。
「本当に聞いてくれますか?」
その返事として、彼は私に公園のベンチに座るよう指し示したのだった。
「私、お話を作るのが好きなんです」
既に陽は沈み、淡い街灯の光が公園を照らす。虫たちの合唱をBGMに、私はポツリポツリと話し始めていた。
「だからできれば小説家になりたいなぁって思っていたんです。でも現実問題として、それは無理なんですよね。私には才能がないから。努力やただずっと続けていたんじゃどうにもならない。本を読んだり、友達に読んでもらったりしているうちに気が付いてしまった。それ以外に夢みたいなものってなかったのに、それを失ってしまった。
なんか焦りますよね。学校では将来の夢について無理矢理作文を書かせられたり、進路のプリントを埋めなくてはいけなかったり……。夢を持つ時間も、持つための余裕もこの世界には残っていないじゃないですか。押しつけて、型に収めようとしている大人は何も分かっていない。
良かれと言って与えるものはすべて足枷。
あなたのためって台詞は体裁ぶった言葉。
自分だけ満足げにしたり、疲れたような顔をして、寄り添おうって気持ちが空っぽ。
……この距離はなんですか?」
泣き出しそうな私がいた。聞いて欲しいことを全部ぶちまけてみて、どんな質問がしたかったのかが少しだけ分かった。行きたい道を否定して、舗装された道を選ぼうとしている自分に戸惑っていたのだ。
不意に歌が耳に入った。歌詞はない。少しして、彼が歌っていることに気が付いた。
「なにかわかった?」
じっと私に見つめられていたことに気が付いた彼はにっこりと優しげに笑んだ。
「はい。……ところで、その曲、着メロと一緒ですよね?」
尾根さんが出てくる前にケイタイにかかった着信音。幻想的で優しく包み込まれてしまう旋律。
「そうだよ。ボクの唯一の趣味らしい趣味でね。パソコンで作ったんだ。今じゃ便利なパソコンのソフトが流通しているから簡単だよ」
「素敵な曲ですね。自分で創作しているんですか? すごいです」
「んー。ありがと。……そうだ、場所を変えない?」
照れくさそうに笑って、彼は展望台に視線を向けた。
「――趣味を職業にしている人って、どんな感じなんだろうね」
月の船が視界の端っこに浮かんでいる。
「さぁ、私には見当もつきません。でも、憧れですね」
白い優しい光が地上を照らす。
「……そっか……。夢と現実についての話だったね」
街を眺めていた彼の視線がこちらを向く。私はこくりと頷く。
「君の持っている夢は素敵だよ。否定してはいけない。存在を認めてあげなくちゃ。君は否定しすぎだよ」
「でも私には才能がないから……」
うつむいた私に、彼は続ける。
「そんなこと、誰が決めるんだい? まずは自分が信じてあげなきゃ。
世の中には才能があっても気が付かない人、または知っていても敢えてその道を避ける人がいる。才能はあるけれど機会に恵まれずにこの世を去る人がいる。才能と機会に運良く恵まれ、成功した人がいる……ほんと、いろんな奴がいる。
そう言えば、自分の才能ゆえに自殺した人もいたよね。でもさ、才能なんて、生まれつき持った能力のことなんて気にすることはないんじゃないかな。才能にばかり目を向けていたらほかの大事な部分を見落としがちになる。才能よりも見落としていたもののほうに価値があることがあるかもしれない。広い視野を持つことが大事じゃないかな」
「それとこれとは……」
「関係大ありさ。君は小説家になりたいんだろう?」
「はい」
「じゃあ、まとめだ。
夢は見るものか、叶えるものか、持つものか。
どれも正しいんだろうけど、ボクはこう思っている。『夢は追うもの』だって。しかも決して追いつかないんだ。明日が常に存在するような感じにね。夢がないと思っているときだって、夢を捜して彷徨っているわけだからこれに当てはまるだろう?
焦ることはないんだ。ゆっくり捜していけばいい。ずっと追いかけていけるものを発見できたら素敵だね。そのためにも、いろいろ体験して身につけていかないと。広い視野を持って、体当たりでいかないとね」
あぁそっか。今まで目を瞑って歩いていただけなんだ。これからは目をしっかり開いて、回りをよく見て歩かなきゃ行けないんだ。ずっと閉じて歩いていたから、舗装された安全な道でないといけないように思ってしまったんだ。
それなのに、私は……。
誰かが作ってくれるのを待っていたのかと思うとなんか恥ずかしい気持ちになった。
「少しは参考になった?」
――ボクがここにいる理由だもの。
「え?」
彼の台詞にダブって別の言葉が聞こえた。空耳にしては脳裏に焼き付くような印象。今のは一体……?
「どうかした?」
「いえ」
慌ててそう答えてしまったけれど、気になっていた。
「あっ! ごめんごめん。いつもの調子で喋っていたら約束の時間を過ぎちゃった」
はっとして時計を見た彼は詫びる。
「いいですよ。このくらい」
しばしの沈黙。天上には星が輝き、眼下にも光が溢れている。天空の星もキレイだけど、地上の星もキレイだよ。
「……今まで素通りしてきた価値のあるものを見つけられそうですから」
「そう言ってもらえると助かるよ。そだ、時間もできるのをただ受け身で待っているんじゃなくって、自分で探し出して、たとえ短くても少しでも長くなるようにつなぎ合わせていくものじゃないかな。暇を作って、気分転換をした方がいい。君は特に、ね」
「そうかもしれませんね」
気持ちが楽になったのが分かった。こんな美しい景色がここにあるのに、その横を通り過ぎていたなんて。私はどれだけのものを見ないで通り過ぎてきたのだろう。
「そろそろ行きますね。あんまり遅れるとあとがうるさそうですから」
時計で確かめて苦笑いをする。それでもここにいた時間は私が感じていたよりもずっと短かった。
「んじゃ、はい、これ」
ひょいっと私のほうに投げられた物体を受け取る。温かい。
「今回は営業時間外なんで缶一本。もう寒いから暖まっておきなよ」
私が返そうとする寸前で、彼はもう一本の缶をこちらに見せてウインクした。
「あ、ありがとうございます。充分な気分転換になった上にこれまで……」
両手で缶をしっかりと包み込む。今の時期は陽の出ているうちは暖かいと言うよりもむしろ暑いのだが、日が暮れてしまうと急に寒さがやってくる。とてもありがたかった。
「どういたしまして」
「ではこれで」
一礼して、駆け足で私は公園の出口へと向かった。
「気をつけるんだぞ!」
「はーい!」
公園を出て振り向いたが、既に尾根さんの姿はなかった。
まだ静かな朝の昇降口。私は始業のチャイムが鳴る十分前には学校に着く。この時間でもまだ教室はがらんとしている。チャイムが鳴る頃が昇降口のラッシュを迎える。私はその埃っぽい集団に巻き込まれるのが嫌で、早めに教室に入るのだ。
「おはよ、カワハラ」
声にびっくりして(何せいつもここで声を掛けられないものだから)振り向くと部活のユニホーム姿のヤノ君が立っていた。
「おはよう、ヤノ君。朝練?」
こんな時間にヤノ君に会うなんて珍しいなぁと思って問いかける。
「自主練。レギュラーになったからにはへまはできないって思ってさ。そう言えば、なんか明るいけど、どうかしたのか?」
タオルで汗を拭いて、上履きに履き替える。
「昨日噂の尾根さんに会ってきたからね。ヤノ君が言っていた通りだったよ」
「そっか……で、何話したのさ?」
つま先で床をとんとんっと叩いて、自分の荷物を背負う。
「夢についてと、時間の作り方」
並んで階段を上る。教室は二階の中央にある。
「なかなか難しい質問だなぁ。で、ヤツはなんて?」
「こっから先は秘密。若干プライバシーにかかわりますから!」
階段を上りきる。ここを右に曲がって三つ目の教室が自分たちのホームルーム。
「みんなそう言うんだよなぁ。何話すんだろう?」
「行ってみれば分かるわよ。興味深いことを言うよ、きっと」
「ふーん。とりあえず、情報をサンキュウ。ところで、あのあとトキノヤには会ったのか?」
「アタシがどうかしたの?」
不意に声がする。声は教室のドアの側に立つアインのものだった。
「ちょっと興味があってね。君に」
彼女の問いにヤノ君は意味ありげに答える。
「興味? 恋愛関係ならお断りだけど」
――アイン大きく出るなぁ。ヤノ君は校内ではもてる方なのに。
「尾根篤弘の正体を暴くのに、ちょっと付き合ってくれない? もちろん君が望むように恋愛は抜きで構わないから」
「なっ!?」
驚きのあまり声を上げたのはアインではなく私。
当のアインはかなり冷静に、でも表情は困惑しているかのように見えた。
「わかったわ。あなたの真意がなんなのか分からないけど、付き合ってあげるわよ」
「えぇっ?」
「じゃ、今度の土曜の午後、噂の公園に来てもらえる?」
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