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もし一日だけ願いが叶うなら一つだけ……。
* * *
俺がその噂を聞いてから実行に移すまでにそんなに時間を要さなかった。
どうしても彼に聞きたいことがあった。ずっと昔からの疑問。俺の身近にいた連中には答えられない。でも彼なら……。
不安と期待が入り交じる。梅雨の晴れ間、微妙な青空。久しぶりの陽の光は少し陰って見え、昨日までの雨で生き生きとした青葉だけがきらきら輝いている。今日が晴れてくれて良かった。
「オリフタエノ オリフタエノ 我は汝に問う 我は汝に願う 故に我が前にその姿を現したまえ!」
しーんと静まり返った公園。いてもおかしくはない子供達の姿さえなく、どこか違和感を覚える。俺は呪文を繰り返す。しかし状況は変わらない。
だが俺が四度目の呪文を唱えようとした時、変化があった。
「あのねー、その呪文、間違ってるわ。それにそんなに長くないし」
急に現れた気配。振り向いた先には中学生らしい少女。校則違反ではないだろうかと思う銀色の小さなピアスが左の耳で光っている。
「正しくは“オリフタエノ オリフタエノ 我は汝を請う 故に我が前に汝の姿を現したまえ!”よ。わかった?」
不満そうに少女は指摘する。俺がきょとんとしていると、少女ははっとして続ける。
「あと、その質問に彼は答えないわ」
その質問?
俺はその台詞に引っかかりを感じたが、質問に答えないと断言されて落ち込み、くるりと向きを変える。答えないのならここにいる必要はない。
「あ、待ちなさいよ。あんな地縛霊もどきを相手にしないで、アタシと遊んでいかない?」
歩き出した俺の後ろを慌てて追いかけてくる。俺は立ち止まることなく答える。
「あいにく、ガキには興味ないんでね」
うざったい女……。ほっといてくれよ、まったく。
「待ってっていっているでしょ! さっきの冗談! ねぇっ!」
俺は完全に取り合おうとせず、すたすたとその場を去ろうとする。
「こらっ! ナカバヤシ ショウゴ! 日本語が分からないの!?」
突然呼ばれた自分の名に、さすがに俺は立ち止まって振り向いた。
「やっと止まってくれたわね」
ほっとしたように笑んだ少女の顔が、少し憎たらしく見えた。
「……なぁんか無視されているみたいで虚しいんですけど……」
男の呟く声。一番はじめに俺が立っていた位置に一人の青年が立ちつくしている。
背の高さは一七○以上一八○未満。やせ型で二十代前半っぽいけど日本人的童顔で、実年齢より若く見られていそうな感じ。噂で聞いた男に違いない。
俺は少女を押しのけて、その後ろにいた青年の前へと駆けた。
「あ、あなたが尾根さんですよねっ? あの、訊きたいことが……俺……」
だが俺の台詞を追いやって言葉を返したのは少女のほう。しかもえらく機嫌が悪いらしい。俺にその苛立ちが向けられなかっただけありがたく思う。
「こらっ! 召喚呪文を唱えた奴がいないくせに出てくるなぁっ!」
「いや、だって、トキノヤ アイン、君がちゃんと呪文を唱えてくれたし、一応出現条件はそろっているんだけど」
「……」
彼は持ち前らしいマイペースぶりで、少女を黙らせる。様子からするとこの二人は面識があるのだろうか?
「あ、ごめんごめん。ナカバヤシ ショウゴ君」
形式的な謝罪。そして、少女と同様に何食わぬ顔で俺の名前を呼ぶ。なぜこうも当たり前に名前を呼ぶことができる?
「今さら紹介も要らないと思うけど、ボクが尾根篤弘です」
「じゃあ……」
期待して青年をじっと見つめる。彼は困ったような顔をする。
「あー、悪いんだけど君の質問には答えられないよ」
「なぜですかっ!?」
「だって召喚したのは彼女でしょう?」
人差し指で示した先には、はっとした表情の彼女がいる。
そういえば、こいつが呪文を……。
「困ります! 俺、また呪文を唱え直すから、だから……!」
《今》でなくてはいけないのだ。この人でなくては答えが出せない。この人じゃなけりゃ駄目なのに。なのに……。
「そーだ」
俺の気持ちを知ってか知らぬか、彼は両の手をぽんっと叩く。
何をひらめいたんだ? この状況の打開策か?
俺は静かに耳をそばだてる。
「今日の残り一日、アインの相手してやる気ない?」
あからさまに自分の顔が引きつったのが分かった。断ろうと口を開きかけたとき、彼は興味深いことを言った。
「彼女でも、君に満足してもらえる《答え》を出せる」
俺は彼女に視線を向ける。
「じゃあ決定ね」
にぃっと笑む少女。断るにも断れない状況に立たされた俺は渋々承諾したのだった。
続く浜辺、波の音。潮の匂いに満たされた空間。
無理矢理引っ張られて来たこの海岸にも、やはり人の姿はなかった。
「海って、いーわねぇ。開放感があって」
波打ちぎわでひるがえる白のティアードスカート。
はしゃぐ彼女とは対照的に黙ったまま景色を眺めている俺。なんでこんなところに来なきゃならないんだか。
「なんでそー、むすーっとして黙り込むかなぁ。
せっかく来たんだから少しは楽しんだらどうなの?」
適当な場所に腰を下ろしてぼんやりとしている俺に向かって少女は非難してきたが、別に関係ないと無視を決め込む。
その様子が気に障ったのか、少女はつかつかとこちらに向かってきた。
「ちょっとは反応しなさいよ!」
俺の顔に自分の顔を近づけて怒鳴りつける。
「……あっ……」
それすらも無視。でもこれにはちゃんと理由があった。
「何?」
俺は視線を上に向ける。少女も少し眉をひそめ、天を仰ぎ見る。
ゴロゴロという雷鳴。どんよりとした雲に覆われている空。期待に応えるかのようにポツリポツリと雨粒が落ちてくる。
「ひゃっ」
定石とでも言うように、急に激しく降り出す。
「なにぼやっとしてんのよっ!」
ぼうっと見上げたままの俺を、先に駆けていったはずの彼女はわざわざ引き返して引っ張る。
引っ張られながらも、どこか意識はここではないどこかを彷徨っていた。俺は彼女から何を見出せばよいのだろう……そのことばかりがぐるぐると巡る。
尾根さんは何を意図して俺をこの少女に押しつけたのだろうか?
「わぁっ、思っていたよりすごいよ!」
ほら、こっちと俺の腕を引っ張る。俺は渋々彼女に従う。急な夕立のために、俺達は近くにあった植物園の屋根を借りて雨宿りするはめになった。時折雷の音が聞こえるが、それをのぞけば室内はいたって静かだ。
ここにも人の姿は見られない。見えるのは青々と茂った草木と色とりどりの花ぐらいのものである。
「――ねぇ、形だけでいいんだよ? ちょっとはさ、楽しそうにして欲しいな」
こちらには視線を向けずに、様子を窺うような控えめな呟き。
「……悪りぃな。そーゆーキャラじゃないから」
ずっと自分の意見を押しつけるような言い方しかしなかった彼女からこんな反応をされたものだから、俺は少し素っ気なかったが謝ってしまった。
彼女はずっと掴んでいたTシャツの袖を離し、一つの赤い花の前へと駆けていく。
「……尾根さんがさ……アタシに付き合うように言ったから、付いてきてくれたんだよね?」
俺に背を向けたままの詫びるような声。俺は何も答えない。
「ゴメンね、付き合わせちゃって。まだ《答え》出てないし……」
「いーよ、別に」
突き放すような言い方しかできない。そんなこと、もうどうだっていい、そう思い込もうと努めるが、それでも忘れられない疑問の答え。
俺はただ、《答え》が欲しい。
「時間、ないんでしょ?」
その言葉に、俺ははっとする。なぜそれを知っている?
「アタシ、とろくってさぁ。邪魔して悪かったわね。尾根さんのほうがあなたに満足できる答えを出してくれたかもしれない」
何を彼女は知っているのだろう?
俺は少女のいる場所へと一歩足を進める。
「アタシがあなたに言えることは、これだけかな」
花にそっと手を伸ばす。
しかしその花は手が届く範囲をずっと超えた場所に咲いている。
「綺麗なものって、失われやすいじゃない。永遠にその姿をとどめられるものじゃないでしょう? 結局いつかは失われる。でもさ、それって美しい姿という一瞬を心の中に留められるからだと思うの」
彼女は伸ばしていた手を戻し、こちらを振り向く。
「変な話だけどさ、何かが消えなきゃ新しいものは生まれてこないんだよ。死なないと生まれない。新しい代に移らないの。消滅によって初めて何かが発生するのよ。これは仕方のないこと。ここにこうして存在してきた以上はね。そう思わない?」
悲しげな彼女の瞳の中に、俺の姿は映っていない。だって映るはずがないのだ。
なぜなら俺は……。
「尾根さん……どうして避けたんですか?」
二人以外誰もいない夕暮れの公園。雨は止み、辺りが赤く染まる。
「……」
「聞いてます?」
「分かっていて訊かないでくれる? 君はここにいる人間。そんでボクは……ね」
ふざけているような、でも本気で言っているのか判然としない曖昧な言い方。
わざとごまかしているように感じた少女は反論する。
「あなたはいつもそう言っていますけどね、アタシは信じませんよ! アタシにはあなたの姿がちゃーんっと見えているんですから!」
「トキノヤは特別なんだよ。大概、一度きり、良くても二度しかボクを見られない」
「……」
茶化す様子もなく、淡々と語る青年の言葉に少女は黙り込む。
少女はその事実は知っていたから、掛ける言葉が見つからなかった。
「あーあ。なんか今回は出番少なかったナー」
さっきの重い雰囲気を吹き飛ばすような、気の抜けた声。青年は大きく伸びをする。
指定席の公園のベンチに二人だけが座っている。
「なに言ってるんですか。自分でパスしたくせに」
なにやら納得がいかず、膨れて呟く。
「ボクじゃ彼を救えなかった」
さて……と、小さく言って立ち上がる。
「行くんですか?」
「今日の営業は終わりだし。日没と共に店じまい」
軽く手を振って、青年はくるりと向きを変えると歩き出す。
「――思ったんですけど、そっちに出口ってありませんでしたよね?」
青年が肩をびくっと震わせた気がしたが、少女は敢えて見なかったことにした。去っていく青年の姿を見送りながら、ふと空を見上げる。
「ナカバヤシさん、ちゃんとたどり着けたかなぁ……」
燃えるような美しい夕焼けに一羽の鳥の陰が映えている。あの鳥は、自分の寝床へと帰って行くところなのだろうか……。
「アタシも帰ろー」
誰もいない公園には静寂だけが残された。
* * *
俺がその噂を聞いてから実行に移すまでにそんなに時間を要さなかった。
どうしても彼に聞きたいことがあった。ずっと昔からの疑問。俺の身近にいた連中には答えられない。でも彼なら……。
不安と期待が入り交じる。梅雨の晴れ間、微妙な青空。久しぶりの陽の光は少し陰って見え、昨日までの雨で生き生きとした青葉だけがきらきら輝いている。今日が晴れてくれて良かった。
「オリフタエノ オリフタエノ 我は汝に問う 我は汝に願う 故に我が前にその姿を現したまえ!」
しーんと静まり返った公園。いてもおかしくはない子供達の姿さえなく、どこか違和感を覚える。俺は呪文を繰り返す。しかし状況は変わらない。
だが俺が四度目の呪文を唱えようとした時、変化があった。
「あのねー、その呪文、間違ってるわ。それにそんなに長くないし」
急に現れた気配。振り向いた先には中学生らしい少女。校則違反ではないだろうかと思う銀色の小さなピアスが左の耳で光っている。
「正しくは“オリフタエノ オリフタエノ 我は汝を請う 故に我が前に汝の姿を現したまえ!”よ。わかった?」
不満そうに少女は指摘する。俺がきょとんとしていると、少女ははっとして続ける。
「あと、その質問に彼は答えないわ」
その質問?
俺はその台詞に引っかかりを感じたが、質問に答えないと断言されて落ち込み、くるりと向きを変える。答えないのならここにいる必要はない。
「あ、待ちなさいよ。あんな地縛霊もどきを相手にしないで、アタシと遊んでいかない?」
歩き出した俺の後ろを慌てて追いかけてくる。俺は立ち止まることなく答える。
「あいにく、ガキには興味ないんでね」
うざったい女……。ほっといてくれよ、まったく。
「待ってっていっているでしょ! さっきの冗談! ねぇっ!」
俺は完全に取り合おうとせず、すたすたとその場を去ろうとする。
「こらっ! ナカバヤシ ショウゴ! 日本語が分からないの!?」
突然呼ばれた自分の名に、さすがに俺は立ち止まって振り向いた。
「やっと止まってくれたわね」
ほっとしたように笑んだ少女の顔が、少し憎たらしく見えた。
「……なぁんか無視されているみたいで虚しいんですけど……」
男の呟く声。一番はじめに俺が立っていた位置に一人の青年が立ちつくしている。
背の高さは一七○以上一八○未満。やせ型で二十代前半っぽいけど日本人的童顔で、実年齢より若く見られていそうな感じ。噂で聞いた男に違いない。
俺は少女を押しのけて、その後ろにいた青年の前へと駆けた。
「あ、あなたが尾根さんですよねっ? あの、訊きたいことが……俺……」
だが俺の台詞を追いやって言葉を返したのは少女のほう。しかもえらく機嫌が悪いらしい。俺にその苛立ちが向けられなかっただけありがたく思う。
「こらっ! 召喚呪文を唱えた奴がいないくせに出てくるなぁっ!」
「いや、だって、トキノヤ アイン、君がちゃんと呪文を唱えてくれたし、一応出現条件はそろっているんだけど」
「……」
彼は持ち前らしいマイペースぶりで、少女を黙らせる。様子からするとこの二人は面識があるのだろうか?
「あ、ごめんごめん。ナカバヤシ ショウゴ君」
形式的な謝罪。そして、少女と同様に何食わぬ顔で俺の名前を呼ぶ。なぜこうも当たり前に名前を呼ぶことができる?
「今さら紹介も要らないと思うけど、ボクが尾根篤弘です」
「じゃあ……」
期待して青年をじっと見つめる。彼は困ったような顔をする。
「あー、悪いんだけど君の質問には答えられないよ」
「なぜですかっ!?」
「だって召喚したのは彼女でしょう?」
人差し指で示した先には、はっとした表情の彼女がいる。
そういえば、こいつが呪文を……。
「困ります! 俺、また呪文を唱え直すから、だから……!」
《今》でなくてはいけないのだ。この人でなくては答えが出せない。この人じゃなけりゃ駄目なのに。なのに……。
「そーだ」
俺の気持ちを知ってか知らぬか、彼は両の手をぽんっと叩く。
何をひらめいたんだ? この状況の打開策か?
俺は静かに耳をそばだてる。
「今日の残り一日、アインの相手してやる気ない?」
あからさまに自分の顔が引きつったのが分かった。断ろうと口を開きかけたとき、彼は興味深いことを言った。
「彼女でも、君に満足してもらえる《答え》を出せる」
俺は彼女に視線を向ける。
「じゃあ決定ね」
にぃっと笑む少女。断るにも断れない状況に立たされた俺は渋々承諾したのだった。
続く浜辺、波の音。潮の匂いに満たされた空間。
無理矢理引っ張られて来たこの海岸にも、やはり人の姿はなかった。
「海って、いーわねぇ。開放感があって」
波打ちぎわでひるがえる白のティアードスカート。
はしゃぐ彼女とは対照的に黙ったまま景色を眺めている俺。なんでこんなところに来なきゃならないんだか。
「なんでそー、むすーっとして黙り込むかなぁ。
せっかく来たんだから少しは楽しんだらどうなの?」
適当な場所に腰を下ろしてぼんやりとしている俺に向かって少女は非難してきたが、別に関係ないと無視を決め込む。
その様子が気に障ったのか、少女はつかつかとこちらに向かってきた。
「ちょっとは反応しなさいよ!」
俺の顔に自分の顔を近づけて怒鳴りつける。
「……あっ……」
それすらも無視。でもこれにはちゃんと理由があった。
「何?」
俺は視線を上に向ける。少女も少し眉をひそめ、天を仰ぎ見る。
ゴロゴロという雷鳴。どんよりとした雲に覆われている空。期待に応えるかのようにポツリポツリと雨粒が落ちてくる。
「ひゃっ」
定石とでも言うように、急に激しく降り出す。
「なにぼやっとしてんのよっ!」
ぼうっと見上げたままの俺を、先に駆けていったはずの彼女はわざわざ引き返して引っ張る。
引っ張られながらも、どこか意識はここではないどこかを彷徨っていた。俺は彼女から何を見出せばよいのだろう……そのことばかりがぐるぐると巡る。
尾根さんは何を意図して俺をこの少女に押しつけたのだろうか?
「わぁっ、思っていたよりすごいよ!」
ほら、こっちと俺の腕を引っ張る。俺は渋々彼女に従う。急な夕立のために、俺達は近くにあった植物園の屋根を借りて雨宿りするはめになった。時折雷の音が聞こえるが、それをのぞけば室内はいたって静かだ。
ここにも人の姿は見られない。見えるのは青々と茂った草木と色とりどりの花ぐらいのものである。
「――ねぇ、形だけでいいんだよ? ちょっとはさ、楽しそうにして欲しいな」
こちらには視線を向けずに、様子を窺うような控えめな呟き。
「……悪りぃな。そーゆーキャラじゃないから」
ずっと自分の意見を押しつけるような言い方しかしなかった彼女からこんな反応をされたものだから、俺は少し素っ気なかったが謝ってしまった。
彼女はずっと掴んでいたTシャツの袖を離し、一つの赤い花の前へと駆けていく。
「……尾根さんがさ……アタシに付き合うように言ったから、付いてきてくれたんだよね?」
俺に背を向けたままの詫びるような声。俺は何も答えない。
「ゴメンね、付き合わせちゃって。まだ《答え》出てないし……」
「いーよ、別に」
突き放すような言い方しかできない。そんなこと、もうどうだっていい、そう思い込もうと努めるが、それでも忘れられない疑問の答え。
俺はただ、《答え》が欲しい。
「時間、ないんでしょ?」
その言葉に、俺ははっとする。なぜそれを知っている?
「アタシ、とろくってさぁ。邪魔して悪かったわね。尾根さんのほうがあなたに満足できる答えを出してくれたかもしれない」
何を彼女は知っているのだろう?
俺は少女のいる場所へと一歩足を進める。
「アタシがあなたに言えることは、これだけかな」
花にそっと手を伸ばす。
しかしその花は手が届く範囲をずっと超えた場所に咲いている。
「綺麗なものって、失われやすいじゃない。永遠にその姿をとどめられるものじゃないでしょう? 結局いつかは失われる。でもさ、それって美しい姿という一瞬を心の中に留められるからだと思うの」
彼女は伸ばしていた手を戻し、こちらを振り向く。
「変な話だけどさ、何かが消えなきゃ新しいものは生まれてこないんだよ。死なないと生まれない。新しい代に移らないの。消滅によって初めて何かが発生するのよ。これは仕方のないこと。ここにこうして存在してきた以上はね。そう思わない?」
悲しげな彼女の瞳の中に、俺の姿は映っていない。だって映るはずがないのだ。
なぜなら俺は……。
「尾根さん……どうして避けたんですか?」
二人以外誰もいない夕暮れの公園。雨は止み、辺りが赤く染まる。
「……」
「聞いてます?」
「分かっていて訊かないでくれる? 君はここにいる人間。そんでボクは……ね」
ふざけているような、でも本気で言っているのか判然としない曖昧な言い方。
わざとごまかしているように感じた少女は反論する。
「あなたはいつもそう言っていますけどね、アタシは信じませんよ! アタシにはあなたの姿がちゃーんっと見えているんですから!」
「トキノヤは特別なんだよ。大概、一度きり、良くても二度しかボクを見られない」
「……」
茶化す様子もなく、淡々と語る青年の言葉に少女は黙り込む。
少女はその事実は知っていたから、掛ける言葉が見つからなかった。
「あーあ。なんか今回は出番少なかったナー」
さっきの重い雰囲気を吹き飛ばすような、気の抜けた声。青年は大きく伸びをする。
指定席の公園のベンチに二人だけが座っている。
「なに言ってるんですか。自分でパスしたくせに」
なにやら納得がいかず、膨れて呟く。
「ボクじゃ彼を救えなかった」
さて……と、小さく言って立ち上がる。
「行くんですか?」
「今日の営業は終わりだし。日没と共に店じまい」
軽く手を振って、青年はくるりと向きを変えると歩き出す。
「――思ったんですけど、そっちに出口ってありませんでしたよね?」
青年が肩をびくっと震わせた気がしたが、少女は敢えて見なかったことにした。去っていく青年の姿を見送りながら、ふと空を見上げる。
「ナカバヤシさん、ちゃんとたどり着けたかなぁ……」
燃えるような美しい夕焼けに一羽の鳥の陰が映えている。あの鳥は、自分の寝床へと帰って行くところなのだろうか……。
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