展望台公園の尾根さん

一花カナウ

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番外編

幻影

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 いつの頃からだろう。街中にこの噂が流れ出したのは。あまりにも広まるのが速くて、一時はこの公園も騒然としていたものだったが、今はもう元の静けさを取り戻していた。

 * * *

 今日は少し違うようだ。公園の中央にある一本の大きな木の下に、助けを求め、彼が現れるのを待つ少女がいる。
「オリフタエノ オリフタエノ 我は汝を請う 故に 我が前に 汝の姿を現したまえ!」
 一つ一つの言葉を確実に、はっきりとした声で紡いでゆく。これが彼に会うための第一条件だった。
「あなたが尾根篤弘さんですね」
 閉じていた瞳をあけると、唐突に現れた青年の姿が飛び込んでくる。幼い顔立ちで眼鏡をかけた青年、彼が噂の人物に違いない。
「突然ですが、仕事を頼まれてください!」
 いきなりの少女の頼みに、驚いた彼、尾根篤弘は一歩後ろに下がる。
 しかしそんな彼の様子にお構いなしに彼女は続ける。
「もちろん、お金は支払いますっ! あなたが望む分だけ! ですから……」
「ちょっと待った。悪いけど、ボクはそういう仕事は引き受けていないから」
 まくし立てるかのような少女の台詞を遮って、青年はそれだけをはっきりと言う。それを聞いて少女は顔色を変えた。
「あなたに頼む以外に誰に頼めばいいっていうんですかっ?!」
 ヒステリックな、叫ぶような声を出して彼にすがりつく。
「そりゃ、君がボクのところに来たくなるのも分かるけど……」
 視線を逸らして頭をかく。なんとかして諦めてほしい、いかにもそういう感じで。
「原因不明のまま眠り続けている大切な人を、どうか起こしてほしい、そういう話だったよね?」
 少女がまだ用件を話さぬうちに、彼は既に知っていたかのごとく聞き返す。噂通りの様子に、少女はしばし目を丸くしていたが、頭の中を整理してこくりと頷く。
「残念だけど、それはボクのできる範囲を越えているんだよね」
 台詞の中に、申し訳ないというよりも面倒くさいという気持ちをにじませて答え、さらに、「一応ボクは、悩み事などを聞いてアドバイスするだけの存在だから」と、『だけ』のところを強調して言い放つ。
 少女はそこまで聞くと落胆し、その場にへなへなと座り込む。
「じゃあ誰を頼ったら良いんですか……? もう行き場もないんです。……アタシはただ彼女を救いたいだけなのに」
 この辺で終わりにしておくかと溜息をつき、青年はすすり泣く彼女の頭を優しくなでた。今までとは打って変わった態度。これが彼の本当の感情。
「あのな、ボクはお金なんかはどうだていいんだ。さっきはつっけんどんな言い方して悪かったよ。金に物を言わせる人間が好きでなくってさ」
 顔を上げた少女に、安心させるようににっこりと微笑む。
「君の願いは聞き入れた。任せろとは言えないけど、やれるだけのことはやってみよう」
「お願いします!」
 少女の嬉しそうな笑顔は輝いていた。


 彼は自分のお人好しなところを少し恨んでいた。そして無闇にお節介であることも。何だかんだ言っても、行き着くところは結局同じ。そうだと分かっていながらも戸惑って、だから相手を試すような言い方になってしまう。
 彼はそれらを反省しつつ、夢の中に潜り込んでいく。しくじれば、彼女を深く傷つけてしまうかもしれない危険性を秘め、そして、彼女の夢の中から出て来られない可能性がある。故に注意して交渉を進めるより他はない。彼はひどく自信がなかった。


 どこかから、液体がゆっくりと流れる音が聞こえる。その音を合図に、急に視界が開ける。どうやら目的の場所に辿り着いたらしい。
 見渡す限り浮かんでいるガラスの柱。それは様々な色の光を放ち、城のような建造物を形作っている。同様の大きなガラスの球体は、飾りか何かなのだろう。あちらこちらにアンバランスな配置で浮かんでいる。そのほかにこれといった物はなく、地球上ではあり得ない幻想的な光景がそこに広がっていた。
(おっ 彼女はあれか?)
 よく見るとその建造物の中に膝を抱えてどこか遠くを眺めている少女がいる。青年はそっと彼女に近づいて声を掛けた。
「――そこで何をしているんだい?」
「見ているの」
 彼女は視線の先を変えることなく、呟くように答える。
「何を?」
 次の彼の問いに、彼女は人差し指で視線の先を示す。青年はその指が示す場所に目をやる。
(――川?)
 川の流れはかなり遅く、向こう岸はあまりにも遠いためか霞んでしまっている。はじめに聞こえた水の音はそこから生まれていたようだ。青年はそれが何を意味しているのかすぐに理解した。
「向こうに何があるの?」
 少し酷かもしれない、そう感じつつも尋ねる。
「知らない……でも……ネアは向こうに行ったの。ワタシも向こうへ行きたい」
 泣き出しそうな声で答えると、膝を引き寄せ、顔を埋める。
「どうして行かないのさ?」
 行こうとしないからここで止まっているのだ、と確信して問い掛ける。
 十中八九、あの川のイメージは三途の川だ。そして『ネア』は…… 死んだ小鳥の名……。
「ネアが来ちゃだめって言ったから……だからだよ」
 ネアが生前語りかけたとは思えない。おそらくこの夢の中で忠告したのだ。早く現実の世界に戻っていってほしいがために。
「向こうへ行かないなら、ここにいる必要もないだろう? ここから出て帰らないか? リムちゃん」
「嫌っ!」
 叫んで、彼女は首を横に振る。青年はしばし策を考えるべく黙り込むと、やがて口を開く。
「リムちゃん、ネアの死を理解したくない気持ちは分かるよ。でもね、必ず生き物は死んでしまうんだ。どうしてかわかるかい?」
 これが最良のことだとは思えなかったが、今の彼にはこの事実を伝えることが精一杯のことだった。
「……」
 彼女は黙って青年の言葉に耳を傾ける。彼女だって、分かっていないわけではなかった。ただ、納得できる“答え”がほしいだけなのだ。青年は彼女が聞いてくれる気になったことでほっとして、努めて優しく続ける。
「ボクはこう思ってる。本当に大切なモノは目に見えていないことが多いから、目に見えない姿になって『何か』を知らせようとしているんじゃないかなぁってね。確かに君の目にはネアの姿は映らないかもしれない。でも、だからといってネアが消えた訳じゃないんだ。感じられないかな? ネアを」
 彼女は伏せていた顔を上げ、不安そうに青年を見つめる。
「――本当に……?」
「だって君はネアを忘れていないじゃないか。そうだろう? リムちゃん」
 優しく笑い掛けて手を差し出す。
「さぁ 帰ろう。ネアもきっと望んでいるよ」
 少女はその手を握ろうとし、そこで空を見上げた。つられて視線を向けると、依頼者のネアの姿。
「ネア……」
 少女は涙をいっぱい溜めたまま、笑顔を作る。
「大丈夫だよ、ワタシ。心配かけてごめんなさい」
 大きな声でリムが言う。その台詞の中に強い決意が感じられた。彼女の声を聞いて、落ち着いた和やかな表情で微笑むと、人型だったネアは一羽のブンチョウに姿を変えて飛び去った。
「いままでありがとう」
 風景から川が消え、一つ二つと柱が消えていく。ここにはもう青年の姿はない。でも帰り道は分かっている。一人でだって抜けられる。
 少女ははじめの一歩を踏み出した。


 風の便りでリムが無事に目覚めたことを知った。青年は木の下にある特等席のベンチに腰を下ろしたままで、茂った葉の隙間から空を覗く。抜けるような青空、ところどころに浮かぶ積み雲。それらが翠のフレームぎりぎりまで広がっている。そろそろこの街にも夏が来る。
「なんでまたこんなところにいるのかなぁ……」
 青い空、白い雲。それはいつの時代も同じで……。
 突然、緑の風が吹き抜ける。そこに青年の姿はない。公園に静けさが戻る。まるでなにごともなかったかのように……。
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