オレ様社長はお断りっ!

一花カナウ

文字の大きさ
28 / 51

第28話 だんだんわかってきました

しおりを挟む
 結局、購入したのは下着だけだった。あのあとも洋服や靴、雑貨やアクセサリーなどいろいろ見て回ったが、どれも買わなかったのだ。

 すっかり日が暮れてしまい、夕食もご馳走になる。夜景の美しいレストランでのディナー。ワインを勧められたが、悠が運転手では申し訳なくて一緒に飲むことができない。お酒が苦手ということではないということも伝えた上で断った。

 他愛のない会話、彼の台詞に時々出てくる仕事の話。今日は悠の日常をたくさん知ることができた。デートして良かったと思えるのだから、たぶん楽しかったのだろう。




「次のデートは来週の土曜日だからね。できるなら、その翌日もあけておいて欲しいな」

 深紅の車で史華の家まで送る途中、悠が確認するように告げた。

 街並みに見覚えがあるので、史華が住んでいる家の近所にまで来ているのだろう。

「それって、宿泊前提でってことですか?」

 あからさまな誘いだ。史華が怪訝そうに問うと、悠は笑う。

「そうだよ。下着のお披露目に部屋が必要でしょ? 俺の家に来てもらっても良いけど、なんか味気ないし」
「ですから、どうしてそうなるんですか? 下着ってのは、普通他人に見せるものじゃないと思うんですけど」
「俺が見たいの」
「そういう問題じゃなくて」

 どうしてわかろうとしないんだ、と史華が苛立ちながら突っ込むと、悠は真面目な顔をして唇を動かす。

「俺が買った下着を着ているの、他の誰かに先に見られたくないんだ――そう説明すれば着てくれる?」
「あたしは恥ずかしいから嫌だって言っているんです! 話が通じない人ですね」

 ぷいっとサイドミラー側に顔を向ける。窓ガラスに映った自分の顔を見て、史華はドキッとした。にやけている。怒っているはずなのに。

「実物を見て君が思わず俺に見せたくなるという展開を期待しておくよ」

 楽しそうに告げる悠は、車を路肩に寄せて停めた。こういう時変な音がしたり、振動があったりすることが全くないあたり、運転が上手なのだろうと思う。

「さ、着いた。別れ際にキスをしても良いかい?」

 前に送ってもらった時、忘れ物だと言ってキスをされた。今日は不意打ちを狙うのではなく、確認を取るらしい。

「断ってもするんでしょ?」
「当たり」

 悠の大きな手のひらが史華の左手を迎えに来た。そっと持ち上げると、手の甲に唇が当てられる。柔らかくて温かい。

「できるならこの手を放すことなく、家まで連れ帰りたいんだよ。来週と言わず、今から朝まで一緒にいたいんだ、史華ちゃん」
「ずいぶんと情けない台詞ですね。あなたらしくない気がしますけど」

 手を引こうとするが、握られて動かない。本気で帰す気がないのだろうか。

 悠は上目遣いで史華を見つめながら告げる

「今日みたいなデートをすれば、今までは女のコの方から「帰りたくない」って台詞が出たからね。楽しそうにしてくれている手応えはあったのに、お酒は拒否されるし、まっすぐ家に帰ろうとするし、そんなに嫌われているのかな、と」
「えっと……嫌ってはいないですよ。本気で嫌だったら、車から飛び降りるくらいのことしますし」

 実際、それに近いことはしたことがある。例えで言っているわけではない。

「あと、あたしにそういう台詞を期待しないでください。キャラじゃないんで」
「言わせたかったなぁ、君の口から帰りたくないって台詞を」

 心底残念そうに告げて肩を竦めると、やっと手を離してくれた。

「だけど、そういう気持ちにさせられなかったということは、俺がまだまだってことだよね。どの女のコも俺の言いなりにしかならなかったから、勉強になるよ」

 勉強になる、という言葉が史華の胸に引っ掛かった。

 あたしと一緒にいて勉強になることなんて何ひとつないと思うんだけど。

「あ。これ、史華ちゃんの着ていたジャケットね」

 一般の車と比べたら窮屈そうな後部座席に手を伸ばした悠は、お洒落な紙袋を引き寄せて史華に手渡す。それで史華は自分が着ていたボレロが借り物であったことを思い出した。

「わわっ、借りたままもらっちゃうところでした。すみません」

 とりあえず脱ごうと手を掛けると、悠の手が遮った。

「良いよ。それ、買ったやつだから。そのまま着ていって」
「はい? 買ったって、何言って」

 また妙なことを言い出すものだと史華が聞き返すと、悠は説明する。

「皆藤のところから買い取ったってこと。レンタル品じゃなくて、新品なんだよ」
「え、なんでそんなこと……」

 悠の言動が理解できない。

「似合うなって思ったから。君にずっと着てもらいたくって。一度にいろいろなものを買い与えたら、君はきっと嫌がるだろうと思って黙っていたんだ」

 どうしてこの人はあたしのことがわかるのだろう。

 たくさん買い与えられて喜ぶような女ではないという指摘は当たっている。ただでさえ部屋がごちゃごちゃするほど物で溢れているから置き場所がないということは勿論あるし、宝の持ち腐れになるのがわかっていて受け取るのも気が引ける人間だ。

 あたし、自分のことはそんなに話していないはずなんだけどな。

 そのときどきの感情ははっきりと示してきたつもりではあるが、それ以外の情報は意図的に出さないようにしてきた。どこを見ていれば、そんなことまで見当がつくのだろう。そもそも自分のことを説明するのも苦手なので、悠が察しているのだとしか思えない。

「勝手なこと、しないでください……どんな反応をしたら良いのか、わからないから」

 借りていたボレロは着心地も良かった。今日一日の思い出も詰まっている。気に入っていたものが自分の物になって嬉しいのだが、それをどう表現したら良いのかわからない。素直に気持ちを告げるには恥ずかしくて、別の言葉を懸命に探すが語彙力も表現力も足りない。

「うん。次はそうするね。何はともあれ、気に入ってくれているみたいで良かった」

 幸せそうに悠は笑う。それを見ていると、こちらの気持ちもどこか温かくなる。

「ありがとうございます。あの……大事にしますね。今日はこれで」

 なんとかお礼を言うと、史華はすぐに頭を下げる。ここで長居をしたら、連れていかれてしまいそうで。心も、身体も。

「またね。史華ちゃん」

 車の中で手を振ったのに、外に出てからも彼はずっと手を振ってくれた。恥ずかしかったのだけど、そんな些細なことがちょっぴり嬉しいと感じていたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~

猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」  突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。  冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。  仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。 「お前を、誰にも渡すつもりはない」  冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。  これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?  割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。  不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。  これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜

ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。 そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、 理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。 しかも理樹には婚約者がいたのである。 全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。 二人は結婚出来るのであろうか。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました

藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。 次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

【完結】僕ら二度目のはじめまして ~オフィスで再会した、心に残ったままの初恋~

葉影
恋愛
高校の頃、誰よりも大切だった人。 「さ、最近はあんまり好きじゃないから…!」――あの言葉が、最後になった。 小島久遠は、新たな職場で、元カレとまさかの再会を果たす。 若くしてプロジェクトチームを任される彼は、 かつて自分だけに愛を囁いてくれていたことが信じられないほど、 遠く、眩しい存在になっていた。 優しかったあの声は、もう久遠の名前を呼んでくれない。 もう一度“はじめまして”からやり直せたら――そんなこと、願ってはいけないのに。 それでも—— 8年越しのすれ違いは、再会から静かに動き出す。 これは、終わった恋を「もう一度はじめる」までの物語。

出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜

泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。 ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。 モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた ひよりの上司だった。 彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。 彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……

祖父の遺言で崖っぷちの私。クールな年下後輩と契約結婚したら、実は彼の方が私にぞっこんでした。

久遠翠
恋愛
広告代理店で働く仕事一筋のアラサー女子・葉月美桜。彼女の前に突きつけられたのは「三十歳までに結婚しなければ、実家の老舗和菓子屋は人手に渡る」という祖父の遺言だった。崖っぷちの美桜に手を差し伸べたのは、社内で『氷の王子』と噂されるクールな年下後輩・一条蓮。「僕と契約結婚しませんか?」――利害一致で始まった、期限付きの偽りの夫婦生活。しかし、同居するうちに見えてきた彼の意外な素顔に、美桜の心は揺れ動く。料理上手で、猫が好きで、夜中に一人でピアノを弾く彼。契約違反だと分かっているのに、この温かい日だまりのような時間に、いつしか本気で惹かれていた。これは、氷のように冷たい契約から始まる、不器用で甘い、とろけるような恋の物語。

処理中です...