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第47話 あなたを知りたい
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軽食をしながら、悠の昔話を聞かせてもらった。
父親をあまりよく思っていなかったこと。それゆえに株式会社ラブロマンスを継ぐ気がなかったこと。父親が急死してしまい、突然継ぐことに決まったこと――といった、社長になるまでの話に耳を傾ける。
そんな話は、社長として輝いていなければならない悠にとっては誰にも言えないことだったらしい。
「――社長の息子と言われ続けるのに腹が立って、いかに自分がふさわしいのか見せつけて、取締役の連中を黙らせるのは爽快ではあったけれど、そういう部分も父親に似たんだなって気づいたときには大笑いしたね。結局、俺は父親をよく見て育ったわけだ。表向きには違うけれど、中身はそういう」
皮肉っぽく笑って、次の瞬間には穏やかな顔つきになった。
「そういう気持ちについて、悪く言うつもりはないよ。引きずっていたら、態度に出てしまう。だから、足場として踏みつけてしまおうって。前向きにいないとね」
そうして明るく笑う悠は、どこか無理をしているようにも見えた。背負うにはつらいこともたくさんあったのだろう。
「ただ、仕事自体は好きだから、そこは救いかな。あらゆる女性の魅力を引き出すのを目標にして活動するのは悪くない。それに、史華ちゃんに会えたしね」
「そういうところであたしの名前を出すの、やめてください。恥ずかしい……」
言って、顔をふせる。いろいろなことを思い出してしまって照れくさい。
「心から感謝しているんだよ。今関わっているプロジェクト、暗礁に乗り上げていたのをどうにか打破できたのは史華ちゃんに会ったからだし。君と一緒にいると、凝り固まった思考がいい感じにほぐれるんだよね」
「悠さんって、仕事中心な人なんですね。休みはしっかり取りたいって言ってたのに」
仕事以外の話はないのだろうかと思ってしまう。しかし、仕事だけが彼の日常なのだろう。彼のシンプルな部屋を見たことがあるだけに、そう思う。
「趣味の延長上に仕事があるから、かな。線引きが下手なんだよね」
「悠さんの趣味ってなんですか?」
記憶にある彼の部屋には、趣味につながるようなものはなかった気がする。あるいは、他の部屋に隠していたのかもしれないけれど。
すると悠は笑う。
「女の子を着飾ってあげること」
「は?」
目が点になっていたと思う。史華が唖然とした声を出せば、悠は言い直した。
「眠っている魅力を引き出すことって言ったほうが、聞こえはいいかな?」
「真面目に言ってます?」
「仕方がないでしょう。他に趣味っぽいこと、ないんだから」
悠は小さく肩をすくめる。
この態度、ひょっとして本気でそう思ってる?
「ドライブとか、ショッピングとか、そういうくくりのものはないんですか?」
ブラックコーヒーをすすりながら問うと、悠は少し悩む顔をして答えた。
「しいて言うなら音楽鑑賞だけど、付き合いで行くことのほうが多いから、あまり趣味に思えなくて」
「はあ……」
隠し事があるという気配はない。
音楽鑑賞……こういう人はアイドルやバンドなどのライブに行くことをそう言っているんじゃなくて、オーケストラとかオペラとかそういう系統のを指しているんだろうか……。
自分が彼の趣味に付き合うところをイメージし、それがオーケストラだったらと思うと場違いな気がした。もし後者だったら情けなく感じられて、具体的に聞くのをやめて黙る。すると、悠が顔を覗いてきた。
「史華ちゃんは読書?」
「そうですね。月に十冊以上は読みます。最近は……まあ、ああいうお話ばっかり読んでますけど」
「恋愛に飢えていた……わけじゃないんだよね」
先日は勉強熱心だとからかってきた彼だったが、察するものがあったらしい。表情を少し曇らせて、香りの良いブラックコーヒーを口に含む。
「ええ……。因幡さんとのことで、どうしていればよかったのかなって。あれは恋愛がどうのってことじゃなかったんだと、今ならわかりますけど」
「そう」
話したくなったら聞かせてと言っていただけに、悠から突っ込まれることはなかった。頷いて、ただ耳を傾けてくれる。
今なら話せるかな?
男性が苦手になっていたわけではない。因幡が苦手なだけだと確認できた今なら。
「あの……悠さん?」
「なにかな?」
「あたしの話、聞いてくれますか?」
「うん。聞くよ。史華ちゃんが話したいことだけ、教えてくれればそれでいいから」
おそるおそる問うと、悠は優しく微笑んでくれた。しかも、何を話そうとしているのか、察してくれている気配がある。
よかった。ここにいるのが悠さんで。
途中で恐怖を思い出して泣き出してしまうかもしれない。それでもちゃんと話そう。愛由美にさえきちんとあの日のことを話せなかったけれど、悠にならきっと言える。
史華は勇気を持ってポツリポツリと話し出した。合宿で因幡に襲われそうになったこと、そのことを話せなかったばかりに悪者にされてしまったこと。
途中で震えだしてしまった身体を、悠は横でそっと抱きしめてくれた。
「――ずっと誰かに言いたかった。やっと言えた……」
ポロポロと涙が溢れた。死ぬまでずっと抱えていくのかと思っていたから、少しすっきりした。
「安心して。俺が守るから」
彼と出会ってすぐに言われたら信用できなかった。でも、偶然だとはいえ悠は因幡を追い払ってくれた。案じてくれた。
だから素直に頷けた。優しく頭を撫でられて、肩を引き寄せて密着すればとても心地よい。
「悠さん。聞いてくれてありがとう」
これできっと忘れられる。再び出くわしてしまったらどうなるかはわからないが、今後悪夢となってうなされることは減るだろう。夢の中でも悠が助けに来てくれる気がしたから。
「こちらこそ、話してくれてありがとう」
そうしてしばらくくっついていたが、温かな時間はそう長くは続かなかった。
不意にかかってきた電話で、身支度を整えて出かけることになったからだ。
父親をあまりよく思っていなかったこと。それゆえに株式会社ラブロマンスを継ぐ気がなかったこと。父親が急死してしまい、突然継ぐことに決まったこと――といった、社長になるまでの話に耳を傾ける。
そんな話は、社長として輝いていなければならない悠にとっては誰にも言えないことだったらしい。
「――社長の息子と言われ続けるのに腹が立って、いかに自分がふさわしいのか見せつけて、取締役の連中を黙らせるのは爽快ではあったけれど、そういう部分も父親に似たんだなって気づいたときには大笑いしたね。結局、俺は父親をよく見て育ったわけだ。表向きには違うけれど、中身はそういう」
皮肉っぽく笑って、次の瞬間には穏やかな顔つきになった。
「そういう気持ちについて、悪く言うつもりはないよ。引きずっていたら、態度に出てしまう。だから、足場として踏みつけてしまおうって。前向きにいないとね」
そうして明るく笑う悠は、どこか無理をしているようにも見えた。背負うにはつらいこともたくさんあったのだろう。
「ただ、仕事自体は好きだから、そこは救いかな。あらゆる女性の魅力を引き出すのを目標にして活動するのは悪くない。それに、史華ちゃんに会えたしね」
「そういうところであたしの名前を出すの、やめてください。恥ずかしい……」
言って、顔をふせる。いろいろなことを思い出してしまって照れくさい。
「心から感謝しているんだよ。今関わっているプロジェクト、暗礁に乗り上げていたのをどうにか打破できたのは史華ちゃんに会ったからだし。君と一緒にいると、凝り固まった思考がいい感じにほぐれるんだよね」
「悠さんって、仕事中心な人なんですね。休みはしっかり取りたいって言ってたのに」
仕事以外の話はないのだろうかと思ってしまう。しかし、仕事だけが彼の日常なのだろう。彼のシンプルな部屋を見たことがあるだけに、そう思う。
「趣味の延長上に仕事があるから、かな。線引きが下手なんだよね」
「悠さんの趣味ってなんですか?」
記憶にある彼の部屋には、趣味につながるようなものはなかった気がする。あるいは、他の部屋に隠していたのかもしれないけれど。
すると悠は笑う。
「女の子を着飾ってあげること」
「は?」
目が点になっていたと思う。史華が唖然とした声を出せば、悠は言い直した。
「眠っている魅力を引き出すことって言ったほうが、聞こえはいいかな?」
「真面目に言ってます?」
「仕方がないでしょう。他に趣味っぽいこと、ないんだから」
悠は小さく肩をすくめる。
この態度、ひょっとして本気でそう思ってる?
「ドライブとか、ショッピングとか、そういうくくりのものはないんですか?」
ブラックコーヒーをすすりながら問うと、悠は少し悩む顔をして答えた。
「しいて言うなら音楽鑑賞だけど、付き合いで行くことのほうが多いから、あまり趣味に思えなくて」
「はあ……」
隠し事があるという気配はない。
音楽鑑賞……こういう人はアイドルやバンドなどのライブに行くことをそう言っているんじゃなくて、オーケストラとかオペラとかそういう系統のを指しているんだろうか……。
自分が彼の趣味に付き合うところをイメージし、それがオーケストラだったらと思うと場違いな気がした。もし後者だったら情けなく感じられて、具体的に聞くのをやめて黙る。すると、悠が顔を覗いてきた。
「史華ちゃんは読書?」
「そうですね。月に十冊以上は読みます。最近は……まあ、ああいうお話ばっかり読んでますけど」
「恋愛に飢えていた……わけじゃないんだよね」
先日は勉強熱心だとからかってきた彼だったが、察するものがあったらしい。表情を少し曇らせて、香りの良いブラックコーヒーを口に含む。
「ええ……。因幡さんとのことで、どうしていればよかったのかなって。あれは恋愛がどうのってことじゃなかったんだと、今ならわかりますけど」
「そう」
話したくなったら聞かせてと言っていただけに、悠から突っ込まれることはなかった。頷いて、ただ耳を傾けてくれる。
今なら話せるかな?
男性が苦手になっていたわけではない。因幡が苦手なだけだと確認できた今なら。
「あの……悠さん?」
「なにかな?」
「あたしの話、聞いてくれますか?」
「うん。聞くよ。史華ちゃんが話したいことだけ、教えてくれればそれでいいから」
おそるおそる問うと、悠は優しく微笑んでくれた。しかも、何を話そうとしているのか、察してくれている気配がある。
よかった。ここにいるのが悠さんで。
途中で恐怖を思い出して泣き出してしまうかもしれない。それでもちゃんと話そう。愛由美にさえきちんとあの日のことを話せなかったけれど、悠にならきっと言える。
史華は勇気を持ってポツリポツリと話し出した。合宿で因幡に襲われそうになったこと、そのことを話せなかったばかりに悪者にされてしまったこと。
途中で震えだしてしまった身体を、悠は横でそっと抱きしめてくれた。
「――ずっと誰かに言いたかった。やっと言えた……」
ポロポロと涙が溢れた。死ぬまでずっと抱えていくのかと思っていたから、少しすっきりした。
「安心して。俺が守るから」
彼と出会ってすぐに言われたら信用できなかった。でも、偶然だとはいえ悠は因幡を追い払ってくれた。案じてくれた。
だから素直に頷けた。優しく頭を撫でられて、肩を引き寄せて密着すればとても心地よい。
「悠さん。聞いてくれてありがとう」
これできっと忘れられる。再び出くわしてしまったらどうなるかはわからないが、今後悪夢となってうなされることは減るだろう。夢の中でも悠が助けに来てくれる気がしたから。
「こちらこそ、話してくれてありがとう」
そうしてしばらくくっついていたが、温かな時間はそう長くは続かなかった。
不意にかかってきた電話で、身支度を整えて出かけることになったからだ。
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