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水鏡の深淵
夏の旅行にて 1
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夏になった。お盆休みに入れば暑さも落ち着くかと思いきや、まだまだジリジリと大地を灼いている。今年の夏はとりわけ暑い。
七月にはプロジェクトが落ち着いて、私は配置換えになり研修中の身になった。プロジェクトから離れている間に研鑽を重ねて資格を取るようにとのことだ。仕事に慣れてきたところで改めて必要な技能がなんなのかがわかってきたから、この配置換えはとてもありがたかった。
夏休みは長めに取るようにと命じられて、溜まってる代休や消化しないといけない有給休暇を突っ込んで二週間のまとまった休みになった。体をしっかり休めるのは当然だとしても、ただ家で過ごすには勿体ない。龍司と出掛けるにしても修論があることを思うと気軽に誘えない。
どうしたものかとカレンダーを見つめていたところで、昇太から連絡が入った。
「電話なんて珍しいね」
「配置換えがあったって聞いたから、電話しても大丈夫だろうなあって。元気そうな声が聞けて嬉しいよ」
「その節は大変ご心配をおかけしました……」
「いいっていいって」
昇太の電話の奥で幼い子どもの声がする。悠真の声だろうか。一生懸命に何かおしゃべりをしている。そういう年齢になったということか。子どもの成長は早い。
「なに、元気かどうか確認の電話?」
「電話にしたのは、体調の確認ではあるんだけど、本題はその先」
「元気じゃないと困るってこと?」
「うん」
なんの用事なのだろう。私は首を傾げる。
「明後日、一緒に旅行にどう? 友人の別荘を借りたんだよね」
「はい?」
「ああ、二人きりじゃないよ。瞳子と悠真、龍司も一緒」
瞳子と悠真がいるのはわかるが、龍司の名が上がったのは意外だった。
「龍ちゃんもいるの?」
「幸菜が行くなら、同伴するって」
「修論は?」
「大学の設備が使えない時期に旅行の日程を合わせたんだよ」
「なるほど」
とはいえ、どうして私を誘うのだろう。家族水入らずで行けばいいじゃないか。
龍司と昇太ファミリーは行き来がある。一卵性双生児であることを思うと、髪の色が違ったり表情に差異があるくらいで龍司と昇太はそっくりだし、悠真も嬉しいだろう。
だが、私は。
「……お誘いは嬉しいけど、私は遠慮しておこうかな。悠真くんから見たら、私って完全に他人じゃん」
「ん? 幸菜は龍司と結婚するんだし、親戚になるでしょ?」
「なんで確定事項みたいにいうの……まだ結婚する気はないよ?」
「ありゃ、そうなのかい? ……あっ!」
勝手にリモコンを触っちゃダメっていう声が入る。
悠真の面倒を見ながら電話をかけてきているらしかった。悠真の世話はもっぱら在宅勤務の昇太の仕事だ。学校に通ったり資格試験の勉強で忙しい瞳子はあまり育児に関わっていないと聞いている。
「悠真くんは夏休み中?」
「うん。悠真を通わせている幼稚園、夏休み中も預かってくれるんだけど、お盆休みはあるからね。家で荒ぶってる。こうも暑いと公園の遊具が使えないからねえ」
「すっかりお父さんしてるじゃん」
「ふふ。悠真はかわいいよ。目元がキリッとしてるあたりが瞳子に似てるけど、それ以外は幸菜に出会った頃の僕たちみたいな感じでさ、写真撮ってると不思議な感じ」
ふと記憶が蘇る。昇太と龍司と私は仲良しで、親同士も仲がいいからいつだって一緒だった。私の母は二人を見分けられなくて間違えて呼ぶのを、私はしょっちゅう訂正していた。
なぜか私は、出会った初日から二人を見分けることができたのだ。迷子防止で同じ服を着せられていることも多かったのに。
私は笑う。
「昇ちゃんと龍ちゃんはいつもセットだったからねえ」
「うん。悠真はひとりっ子だから」
「兄弟は増やさないの?」
「瞳子の体が心配だからね。僕としてはあと二、三人増えても養えるんだけど」
返されて、しまったと思った。この話題は避けていたのをうっかり忘れていた。
「あー、ごめん」
「瞳子本人に言わなきゃいいよ」
産後の肥立ちが悪く、体の負担を避けるためにも当面は妊娠出産は避けるようにと言われているのだそうだ。瞳子本人は子どもを育てることよりも自分のキャリアを優先させたいとのことで、体調を気遣いつつ、休学していた時間を取り戻すべく勉学に励んでいる。
ここのところ自分のことで手一杯で、気遣いやデリカシーが欠けているっぽい。もともと失言が多いうっかりやなのだから、慎重にならねば。申し訳ない。
「だから、僕としては早く甥っ子姪っ子の顔を拝みたいんだよね」
「えー……」
話がこっちに向かうとは思わなかった。不意打ちすぎて声が出る。
昇太の笑う声がした。
「まあ、子どもは授かりものだからさ。ほしいなら計画的に、だよ。お祝いはたくさん包んであげるし、子育て支援は任せてよ」
「まだまだ先だよ」
私は笑う。気の早い話だ。
「実はね。悠真は幸菜に会うの、楽しみにしてるんだよ」
「え? なんで?」
赤ん坊の頃は何度か遊びに行ったこともあったが、就職してからは顔を合わせていないはずだ。正月に玄関先で顔を合わせたような気がするものの、その程度の付き合いである。
私が困惑していると、昇太が笑った。
「写真の整理をしてたんだよね。僕の小さかったころから結婚パーティあたりをばーっと。そしたら、ずっと幸菜が写ってるでしょ。最近の写真にいないのはどうしてって悠真が言ってて」
父親が誰と電話をしているのか察したらしい。悠真の声が近づいてきた。
「幸菜ちゃんとお話し、してるの?」
「そうだよ」
「ゆーまも、お話ししゅ……や、あって、おしゃべりしたいから……うーん」
「はいはい。ちゃんとお誘いするから、悠真は向こうで動画見てて」
「はぁい」
すっかりお喋りが上達している。少し舌足らずなところも可愛いではないか。
「え、それって仕込みだったりする?」
「三歳になったばかりじゃ、仕込んでも大して演じられないよ」
この反応だと、教え込んだわけではなさそうだ。
「でも昇ちゃんの子だよ?」
「僕と悠真は別の人間だよ。僕と龍司だって一卵性双生児だけど違うじゃない」
「まあ、それはそうだけどさ」
優秀な人間の子どもなら、努力せずともなんでも手に入れられるんじゃないか、なんて思っただけだ。瞳子だって、優秀な側の人間じゃないか。
私とは違う。
「――で、旅行には来てくれるのかい? 瞳子も龍司とセットならいいって言ってる」
浮気を疑われているのだとわかる。それはそうだろう。元カノではないが、私が昇太と関係を持っていたことを瞳子は知っている。
私は苦笑した。
「完全にとばっちりで巻き込まれている龍ちゃんが可哀想なんだけど」
「えー? 気晴らしに旅に出たいけどこの時期はもうどこも予約がいっぱいでどうにもならんって悲鳴を上げていたのは龍司なんだよ?」
予定が立たなかったのはなにも修論に手間取っていたからではあるまい。私が過労で倒れたのをサポートしてくれていたことが間違いなく影響している。
「だとしても、趣旨が変わってるじゃん……」
「まあ、それはそれ、これはこれ。終わりよければすべてよしじゃないかな」
行き当たりばったりな旅行のようだ。計画を立てているのが昇太であれば、この旅行が問題なく遂行できるだろうことは保証されたも同然だとは思うが。
とはいえ、まずは確認と相談だろう。
「よし、わかった。じゃあ、龍ちゃんにも聞いてみるよ。龍ちゃんが行けそうなら私も行くってことで」
「ふふ。了解。いろよい返事を待つことにするよ」
保留でいいんだろうか。てっきり、今すぐ返事をしろって来るかと思ったのに。
ということは、龍司は乗り気なのだろうか。少し引っ掛かる。
「話はそれだけ?」
「今のところは。行き先は龍司にも言ってあるから、そっちで確認してくれる?」
「了解。前向きに検討するね、悠真くんのためにも」
「嬉しい。じゃあ、またあとで」
「はーい」
通話が切れる直前に昇太の悲鳴が上がった気がするが、たぶん大丈夫だろう。子育ては大変そうである。
よく考えたら、悠真くん誕生日過ぎたばかりか……行くならプレゼントを考えたほうがいいかな。
私は思いのほか気持ちが浮かれているのに気づいて、深呼吸をしながら龍司にメッセージを飛ばしたのだった。
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