君は決められた婚約者

一花カナウ

文字の大きさ
7 / 11
可愛い僕の婚約者さま

僕の婚約者に何をしているっ!

しおりを挟む

「僕の婚約者に何をしているっ!」

 再び裏庭に響く大声に、テオドラは目を見開いた。声の主を探せば、燕尾服を着た男性がすごい剣幕で駆け寄ってきているところだった。

 アルお兄さまっ‼︎

 幻聴ではないか、幻覚ではないかと疑っていたが、どうやら現実らしい。
 逃げ出せないものかとテオドラは再度もがくが、やはり逃れることはできないようだ。それだけでなく、もう一人の黒髪の大男までもがテオドラの身体を押さえにきた。

「んんっんんっ!」
「駆け落ちじゃないことには安堵したが、テアに手荒な真似をするな!」

 ガゼボに入り込むなり、アルフレッドはテオドラ救出に動き出す。紳士のたしなみで持ち歩いているステッキを的確に操り、大男たちの関節に一撃を食らわせると、テオドラはすぐに解放された。ふわりとアルフレッドに向けて身体が傾いたのを、彼は見事に抱きとめる。

「テアっ!」
「お兄さまっ!」

 やっと呼吸がラクになった。大きく息を吸い込み開口一番呼びかける。

「アルお兄さまっ!」

 嬉しい。こんなにすぐに来てくれるなんて。探してくれたなんて。
 感激してぎゅっと抱きしめる手をほどかれて、テオドラはアルフレッドの後ろに下がらせられた。そこで初めて、テオドラはここに実の兄ドロテウスもいることに気がついた。ドロテウスが仕事着のスーツに身を包んだままなのを見て、緊迫した場面であることを察する。

 お兄さままで? これは一体……。

 浮かれている場合ではなさそうだ。アルフレッドの背中に隠れながらも、連れさらおうとしていたデーヴィッドの様子をうかがう。
 デーヴィッドはやれやれといった様子で肩を竦めていた。

「俺は彼女の介抱をしていたにすぎませんよ」
「嘘よ! 裏庭に呼び出して、私を売ろうとしたわ! 本当よ!」

 素知らぬ顔で嘘をつくデーヴィッドに、テオドラは噛みつくように言ってやった。アルフレッドが来てくれた今は恐れることはない。
 デーヴィッドはくすくすと笑う。

「もしそれが事実だとしても、君たちは俺を訴えられないでしょう? 敵に回してもよいことはないじゃないか。それに、警察もいないし現行犯としてつき出すのも難しいはず。むしろ、君たちに暴力を振るわれたのだと訴えることも可能だよね。こっちは怪我しているわけで」

 言いながら、デーヴィッドは大男たちを見やる。
 大男たちはアルフレッドに攻撃された場所をさすっている。どの程度の打撃だったかはわからずとも、思わずテオドラを手放す程度には痛みがあったはず。ステッキの先で突かれたことを考えても、痕は残っているかもしれない。確かにデーヴィッドが指摘するように不利だ。
 テオドラがどうしたものかと思案していると、ドロテウスがアルフレッドの前に進み出た。

「それはどうでしょう? あなたのことは調べさせてもらいましたよ、デーヴィッド・シーオボルト。――いや、ワイアット・ヴァージル」

 偽名だったの⁉︎

 テオドラが目をまるくするのと同時に、デーヴィッドの余裕の表情が崩れ始めた。

「貿易商だと言ってまわっていたようですが、実態は人身売買の斡旋。さらったり騙したりした人間を状況に応じて隣国やもっと遠方に送って荒稼ぎをしていたようですね」
「何を根拠にそんなことを言っているのかね? 全部言いがかりだ」

 笑顔が引きつっているが、まだ逃げ切れる勝算があるらしい。デーヴィッドは続ける。

「難癖をつけられたと訴えてやらんこともないぞ。そうなれば君たちが困るんじゃないかな?」

 すると、ドロテウスが鼻で笑った。基本的には朗らかで優しい言動を好む彼がこんな態度を取るときは、たいていテオドラがらみであり、心底怒っているときである。

「そんなカードがまだ有効だと思っていらっしゃるようですね。頭がお花畑でいらっしゃるようだ。証拠なら充分にあるんですよ。もう警察には届けました」
「何の証拠だというんだ。くだらない」
「俺たちはあんたの仕事の裏を取るために、警察に依頼されていたんですよ。事業が傾きつつあるなんてのも嘘。ここのところ忙しかったのは、あんたのところから出てきた証拠をまとめるのに手間取っていたからなんです。――ほら、足音が聞こえませんか?」

 ドロテウスの指摘に、テオドラは耳を澄ませる。駆ける足音が近づいてきている。それも大所帯だ。

「詐欺師ワイアットなら、こちらですよ!」

 大声で呼びかけると、いよいよ場が悪いと判断したのか、デーヴィッドが動き出す。

「逃すかよっ」

 すかさずアルフレッドがステッキでデーヴィッドを足払いした。ケンカ慣れしているのがわかる程度には機敏で、無駄な動きがない。

「ぐぁっ」

 デーヴィッドが盛大にすっ転んだところで、警察がガゼボを取り囲んだ。

「さあ、観念しろ」
「くっ……」

 這ってでも逃げのびようとするデーヴィッドだったが、アルフレッドにステッキでさりげなく長ズボンの裾を押さえつけられていたせいで叶わなかったようだ。
 警官がガゼボに入り、デーヴィッドを拘束。何か言い返してくるかと思ったが、悔しそうに唇を引き結んだだけで黙ったまま連行されていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

幼馴染

ざっく
恋愛
私にはすごくよくできた幼馴染がいる。格好良くて優しくて。だけど、彼らはもう一人の幼馴染の女の子に夢中なのだ。私だって、もう彼らの世話をさせられるのはうんざりした。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【書籍化決定】憂鬱なお茶会〜殿下、お茶会を止めて番探しをされては?え?義務?彼女は自分が殿下の番であることを知らない。溺愛まであと半年〜

降魔 鬼灯
恋愛
 コミカライズ化決定しました。 ユリアンナは王太子ルードヴィッヒの婚約者。  幼い頃は仲良しの2人だったのに、最近では全く会話がない。  月一度の砂時計で時間を計られた義務の様なお茶会もルードヴィッヒはこちらを睨みつけるだけで、なんの会話もない。    お茶会が終わったあとに義務的に届く手紙や花束。義務的に届くドレスやアクセサリー。    しまいには「ずっと番と一緒にいたい」なんて言葉も聞いてしまって。 よし分かった、もう無理、婚約破棄しよう! 誤解から婚約破棄を申し出て自制していた番を怒らせ、執着溺愛のブーメランを食らうユリアンナの運命は? 全十話。一日2回更新 7月31日完結予定

【完結】少年の懺悔、少女の願い

干野ワニ
恋愛
伯爵家の嫡男に生まれたフェルナンには、ロズリーヌという幼い頃からの『親友』がいた。「気取ったご令嬢なんかと結婚するくらいならロズがいい」というフェルナンの希望で、二人は一年後に婚約することになったのだが……伯爵夫人となるべく王都での行儀見習いを終えた『親友』は、すっかり別人の『ご令嬢』となっていた。 そんな彼女に置いて行かれたと感じたフェルナンは、思わず「奔放な義妹の方が良い」などと言ってしまい―― なぜあの時、本当の気持ちを伝えておかなかったのか。 後悔しても、もう遅いのだ。 ※本編が全7話で悲恋、後日談が全2話でハッピーエンド予定です。 ※長編のスピンオフですが、単体で読めます。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

フッてくれてありがとう

nanahi
恋愛
「子どもができたんだ」 ある冬の25日、突然、彼が私に告げた。 「誰の」 私の短い問いにあなたは、しばらく無言だった。 でも私は知っている。 大学生時代の元カノだ。 「じゃあ。元気で」 彼からは謝罪の一言さえなかった。 下を向き、私はひたすら涙を流した。 それから二年後、私は偶然、元彼と再会する。 過去とは全く変わった私と出会って、元彼はふたたび──

処理中です...