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黒き石に降り積もる雪
★9★ 10月11日金曜日、昼休み
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「――紅は背中に十数針を縫う大怪我を負いました。額も数針縫いましたね。幸い骨折はなかったものの、腕と足の骨には小さなひびが入り、殴られたり蹴られたりした打撲、落下のときに生じた切り傷等の治療のため、残りの夏休みは入院と通院に当てられました。事件の話は以上です」
重い空気を背負って、蒼衣は事件の話を終える。昼休みに入って、だいぶ時間が経っていた。
「……って、とんでもない大怪我だったみたいだけど、彼女、傷残ってないよね?」
素朴な遊輝の発言に、蒼衣がすかさず殺気を発する。
「さも見たかのような口振りですね」
指摘を受けて、慌てた遊輝は両手を蒼衣に突き出して横に振る。
「誤解しないでよ、閣下。僕はまだ紅ちゃんの裸は見てないって。ただ、そんなことがあったとは思えないくらい、肌が綺麗だったから」
――白浪先輩、それ、フォローになってないから。
蒼衣でなくても、遊輝の発言には色々と勘ぐりたくなる。抜折羅は心の中で突っ込みを入れる。
蒼衣の無言の圧力は増した。
「あれ? なんで怒ったままなの? 落ち着こうよ。和やかな雰囲気で昼休みを終えたくない? ねっ、抜折羅くんも何か言ってよ!」
「何故俺に振る?」
「抜折羅くん冷たい……」
ぐすんと涙ぐまれてしまった。抜折羅は頭を乱暴に掻く。
「あぁ、もう。俺は白浪先輩の漫才を見るために日本に帰ってきたわけじゃないんですけど?」
「えー、嫌いじゃないくせに」
むすーっと遊輝が膨れる。
――ついつい、白浪先輩のペースに乗せられてしまうな……。返しのタイミングが絶妙というか。
弁護をするつもりはないが、抜折羅は私見を述べておくことにする。
「……肌がどうのという話はさておき、紅が受けた傷は〝フレイムブラッド〟と契約した前後で消えている可能性は高いですね。傷の治癒というルビーの効能を使ったのでしょう。スタールビーである〝フレイムブラッド〟なら、その力を十二分に発揮できるでしょうし――」
抜折羅はさらさらと説明する。その途中で、別の可能性に気が付いた。
「どうかしました?」
台詞が途絶えたからだろう。蒼衣が不思議そうな顔をして問い掛ける。
「いえ、今更確認のしようがないことなんですが……もしかしたら、その怪我を完治させるために出水千晶女史が〝フレイムブラッド〟を使わせたんじゃないかって思って。そのときから因果があるなら、傷も綺麗に治るだろうな、と」
僅かの間を開けて、遊輝が笑う。
「まっさかー。出水千晶がすごい人物だったってことは理解しているつもりだけど、水晶使いの出水千晶が酸化アルミニウムのルビーまで扱えたって言うのかい?」
疑いはもっともだ。タリスマントーカーと括ったところで、すべての魔性石の力を扱えるわけではないからだ。
抜折羅は補足する。
「使うのは紅本人です。管理者が出水千晶女史だっただけで」
必ずしも持ち主が使用者になるわけではない。貸し出して使用されることだって想定できる。一番の問題になるのが魔性石と使用者の相性であり、そこには持ち主も管理者も関与しないのだ。
「むぅ……。確かにそれなら頷けるけど……」
不満そうではあるが、遊輝はそれっきり沈黙する。反論が浮かばないようだ。
「面白い仮説ですね。千晶さんがそんな昔から、〝フレイムブラッド〟を紅に託そうとしていただなんて」
聞き役に回っていた蒼衣が告げる。抜折羅は視線を蒼衣に向けた。
「機会があれば、〝フレイムブラッド〟に直接聞いてみますよ。それがわかったからといって、何かが変わるわけじゃありませんが」
言いながら、抜折羅は心の中で呟く。
――そう、何かが変わるわけではない。でも、出水千晶女史が何を思って紅に魔性石を託したのかを知るのは、彼女にアドバイスをする上できっと有益になる。
紅には魔性石とは縁遠い世界で生きて欲しいと抜折羅は願っている。それは自身がいつかは〝ホープ〟の力を失って一般人に戻ることを想定した、身勝手な願い。〝ホープ〟と契約している身であっても、こんなくだらない呪いに振り回されて生きるなんて馬鹿げていると感じているし、魔性石の力に頼って生きるのも健全ではないと抜折羅は少なからず思っている。魔性石は確実に、契約者が本来歩むはずだった道を遠ざける。見えない代償を払わせる。そういう例を幾つも見てきたからこそ、抜折羅はそう思うのだ。
重い空気を背負って、蒼衣は事件の話を終える。昼休みに入って、だいぶ時間が経っていた。
「……って、とんでもない大怪我だったみたいだけど、彼女、傷残ってないよね?」
素朴な遊輝の発言に、蒼衣がすかさず殺気を発する。
「さも見たかのような口振りですね」
指摘を受けて、慌てた遊輝は両手を蒼衣に突き出して横に振る。
「誤解しないでよ、閣下。僕はまだ紅ちゃんの裸は見てないって。ただ、そんなことがあったとは思えないくらい、肌が綺麗だったから」
――白浪先輩、それ、フォローになってないから。
蒼衣でなくても、遊輝の発言には色々と勘ぐりたくなる。抜折羅は心の中で突っ込みを入れる。
蒼衣の無言の圧力は増した。
「あれ? なんで怒ったままなの? 落ち着こうよ。和やかな雰囲気で昼休みを終えたくない? ねっ、抜折羅くんも何か言ってよ!」
「何故俺に振る?」
「抜折羅くん冷たい……」
ぐすんと涙ぐまれてしまった。抜折羅は頭を乱暴に掻く。
「あぁ、もう。俺は白浪先輩の漫才を見るために日本に帰ってきたわけじゃないんですけど?」
「えー、嫌いじゃないくせに」
むすーっと遊輝が膨れる。
――ついつい、白浪先輩のペースに乗せられてしまうな……。返しのタイミングが絶妙というか。
弁護をするつもりはないが、抜折羅は私見を述べておくことにする。
「……肌がどうのという話はさておき、紅が受けた傷は〝フレイムブラッド〟と契約した前後で消えている可能性は高いですね。傷の治癒というルビーの効能を使ったのでしょう。スタールビーである〝フレイムブラッド〟なら、その力を十二分に発揮できるでしょうし――」
抜折羅はさらさらと説明する。その途中で、別の可能性に気が付いた。
「どうかしました?」
台詞が途絶えたからだろう。蒼衣が不思議そうな顔をして問い掛ける。
「いえ、今更確認のしようがないことなんですが……もしかしたら、その怪我を完治させるために出水千晶女史が〝フレイムブラッド〟を使わせたんじゃないかって思って。そのときから因果があるなら、傷も綺麗に治るだろうな、と」
僅かの間を開けて、遊輝が笑う。
「まっさかー。出水千晶がすごい人物だったってことは理解しているつもりだけど、水晶使いの出水千晶が酸化アルミニウムのルビーまで扱えたって言うのかい?」
疑いはもっともだ。タリスマントーカーと括ったところで、すべての魔性石の力を扱えるわけではないからだ。
抜折羅は補足する。
「使うのは紅本人です。管理者が出水千晶女史だっただけで」
必ずしも持ち主が使用者になるわけではない。貸し出して使用されることだって想定できる。一番の問題になるのが魔性石と使用者の相性であり、そこには持ち主も管理者も関与しないのだ。
「むぅ……。確かにそれなら頷けるけど……」
不満そうではあるが、遊輝はそれっきり沈黙する。反論が浮かばないようだ。
「面白い仮説ですね。千晶さんがそんな昔から、〝フレイムブラッド〟を紅に託そうとしていただなんて」
聞き役に回っていた蒼衣が告げる。抜折羅は視線を蒼衣に向けた。
「機会があれば、〝フレイムブラッド〟に直接聞いてみますよ。それがわかったからといって、何かが変わるわけじゃありませんが」
言いながら、抜折羅は心の中で呟く。
――そう、何かが変わるわけではない。でも、出水千晶女史が何を思って紅に魔性石を託したのかを知るのは、彼女にアドバイスをする上できっと有益になる。
紅には魔性石とは縁遠い世界で生きて欲しいと抜折羅は願っている。それは自身がいつかは〝ホープ〟の力を失って一般人に戻ることを想定した、身勝手な願い。〝ホープ〟と契約している身であっても、こんなくだらない呪いに振り回されて生きるなんて馬鹿げていると感じているし、魔性石の力に頼って生きるのも健全ではないと抜折羅は少なからず思っている。魔性石は確実に、契約者が本来歩むはずだった道を遠ざける。見えない代償を払わせる。そういう例を幾つも見てきたからこそ、抜折羅はそう思うのだ。
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