宝石の呪いで逆ハーになりましたが、やっぱり嬉しくありません!

一花カナウ

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【番外編】ルビーという名の特効薬で

*2* 10月18日金曜日、朝【B】

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 東階段の屋上入口は四階の東側に位置する一年A組の教室からはすぐの場所だ。一段跳ばしでさっさと階段を駆け上がると、尾のように長く伸びる銀髪が目に入った。この宝杖学院でこんな目立つ髪を持っている人物は一人しかいない。
 ため息が漏れそうになるのを堪えて、こうは銀髪の少年――白浪しらなみ遊輝ゆうきの前に立った。

「何か用ですか? 白浪先輩」

 彼にだけ届くようなボリュームの声で訊ねると、遊輝の手がすっと伸びてきた。反射的に払おうとするが、あっさり捕まえられて引き寄せられる。

「ちょっ……!? 朝っぱらから何してくれるんですかっ!?」

 ぎゅっと抱き締められてしまうと、もがいても簡単には逃れられない。あたふたしている紅のセミロングの髪をそっと耳に掛けると、彼は唇をそこに近付ける。

「寂しかったからに決まっているでしょ? 試験期間は部活禁止で紅ちゃんに会えなかったし。夜這いに行かなかっただけ、エラいとは思わない?」

 優しく甘く囁かれながら頭を撫でられると、軽くパニックになってしまう。遊輝に抱き締められた回数など既に片手を超えるほどになっているが、毎回異なる触れ方をされるせいか、さっぱり耐性がつかない。

「……あのですね、エラいとかいう問題ではなく、そもそも根本的に、間違っているのではないでしょうか?」
「耳たぶまで赤くなっているね」
「話聞いてますっ? ……はうんっ」

 耳を食まれたと理解するよりも早く、紅は身体を小さく震わせた。思わず変な声を漏らしてしまったことに、焦りと恥じらいで熱を持つ。

「ホント、君はいつも可愛い反応で僕を煽ってくれるよね」

 彼の細い指先が紅の顎を優しく撫でる。

「煽ってないですっ!! 変なことしないでくださいっ!!」
「軽い接触だけで済ませようと思っていたのに、君を連れてエスケープしたくなる」

 顎を持ち上げられると、彼の蠱惑的な赤い瞳と目を合わせさせられた。均整のとれた顔はいつ見てもうっとりとしてしまう。美人は三日で飽きるなどと言われるが、紅にとって理想的な顔立ちである遊輝の顔が間近にあると、どうしても一瞬は心を奪われる。彼も彼で、紅がそうなってしまうことを承知でやっているのだろう。

 ――う……魅入ってしまった……。

 視線を外し、紅は台詞を返す。

「ばっ、馬鹿なこと言ってないで、用件は何ですか? エナジーの補給でしたら、もう充分でしょうっ!!」

 タリスマントーカーである彼は、その能力を使用するのに必要なエナジーを外部の魔性石から吸収しなければならない。紅もタリスマントーカーであり、スタールビーの魔性石と契約を交わした〝石憑き〟だ。遊輝は紅に触れることで、彼女が契約する魔性石からエナジーを摂取しているのである。

「放してください。抜折羅ばさらを呼びますよっ!!」

 スマートフォンを探して手を動かす。抜折羅を呼べば、ここはどうにかしのげるだろう。互いの想いが通じている今であれば、少なくとも彼はこの状況をよしとはしないはずだ。
 すると、遊輝は残念そうに微笑んで、腰に回していた腕の力を抜いた。紅はその隙に素早く離れて間を取り、警戒する。

「その抜折羅くんから、お手紙を預かってるんだよ」
「ん?」

 状況が妙な方に傾いてきたようだ。遊輝がブレザージャケットの内側から一通の茶封筒を取り出して、紅に向けて差し出した。

「欠席届けだってさ」
「え? 抜折羅、お休みなんですか? 急用?」

 茶封筒を受け取る。宛名には担任教師の名前が几帳面さが溢れる筆致で書かれていた。

 ――確かに抜折羅の文字だけど……どこか力が入っていない感じがするわね……。

 問うと、遊輝は困ったように笑った。

「急病だね。高熱で動けないから、欠席届けを持っていって欲しいって頼まれたんだよ」

 なるほど、遊輝は電車とバスで登校しており、それならばJR八王子駅近くにある抜折羅の住処は通り道だ。自転車通学で、彼の家に寄ると遠回りになってしまう紅に頼むよりは掴まえやすい。
 だが、それはさておき、だ。

「……直接、華代子かよこっちのところに持っていけば良かったんじゃ……?」

 そもそも、ひかりに言伝を頼むくらいなら、彼女に渡せば良いではないか。
 どうして紅の担任教師のところに持っていかなかったのだとむすっとして問えば、遊輝は肩を竦めてみせる。

「僕を足に使ったんだから、これくらいはやらないとね。割に合わない仕事は引き受けない主義なんだ」
「あぁ、そうですか……」

 呆れて頭が痛い。

「結構重篤な感じだったから、様子を見に帰りに寄ってあげなよ。紅ちゃんなら役に立つだろうし」
「言われなくても、行きますよ」

 抜折羅は独り暮らしをしている。面倒をみてくれそうな人間に心当たりはあるが、紅自身も状況は確認しておきたい。彼のために何かできるのであれば手助けをしたいと思うのが、恋人に対する自然な反応だろう。

「じゃあさ、僕が倒れたときは見舞いに来てくれるかい?」
「そのとき次第ですね」

 答えると、予鈴が鳴る。ホームルームを始める音だ。

「まずいっ!!」

 このままではせっかく余裕を持って教室にたどり着いたはずなのに、遅刻扱いになってしまう。それに、できるなら担任教師の財辺たからべ華代子が来る前に教卓にこの茶封筒を置いてしまいたい。

「これで失礼しますっ!!」

 時は一刻を争う。茶封筒を握り、紅は慌てて階段を駆け下りたのだった。

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