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White Day's Rhapsody
*13* 3月15日土曜日、深夜【A】
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自販機と遊輝に挟まれた。彼の右手が紅の頬に触れる。顎を捕らえられて持ち上げられると、口付けをされた。
咄嗟に抵抗を試みた右手は、あっさりと自販機に押し付けられて封じられる。左手で彼の手を払おうとするが、全く役に立っていない。
「んっ……!?」
彼の体温で温くなった液体が流れ込んでくる。拘束されて吐き出すことも許されず、紅はされるがままに飲み込んだ。
紅が飲み干したあとも、遊輝は口付けをやめなかった。そのまま深い口付けへと移行する。
――ダメ、受け入れちゃ……。
拒否しなくてはいけないとわかっている。そのはずなのに身体はいうことをきいてくれない。動かせない右手、抵抗が通じない左手。身動きが取れない。
次第に力が抜けてゆく。全身に宿るフレイムブラッドの力を口付けによって奪われている所為だ。
くたっと左手が落ちる。力が入らない。立っていることもままならず、自販機に背を預ける。
――あたしは……。
思考まで鈍くなっている。悪い兆候だ。
遊輝はぐったりとした紅の身体を支えると、やっと唇を離した。不気味なほどに美しい赤い瞳が紅を映す。
「……紅ちゃん、君が僕だけのものにならないなら、僕が君のものになるよ? その柔らかなルビー色の唇で命じてくれればそれでいい。君のそばにいられるなら、君の望むように演じてみせるよ」
唇を指先がなぞる。
――あたしが応えられないことを知っているくせに、どうしてあなたは……。
これは問い掛けではなく、独白なのだ。答えを聞きたい気持ちと知りたくない気持ちがせめぎ合っているが故の行為。
自販機に押し付けられていた右手が解放される。彼の左手が首筋をなぞり、胸元に触れた。
「君が欲しい。僕は君を求めている。でもね、同じくらい君に欲してほしいし、求められたいんだ。――抜折羅くんが羨ましいよ」
「…………」
「君と僕は似ている。感性が近いんじゃないかな。だから、君が抜折羅くんに何を求め、どうしてそばに居ようとするのかわかる。胸が苦しいよ。僕は抜折羅くんとは違う人間だ。演じてどうにかなるような差ではないって理解している。彼の代わりには到底なれない。――僕はどうしたら良いの?」
「……先輩。あたしはあなたに演じてほしいとは願わない」
なんとか絞り出した声が紡ぐ言の葉。
「命令したいとも思わない。――あたしの答えを知っていて、どうしてそんなことを言えるんですか?」
「君が好きだからだよ。こんな気持ちは初めてなんだ。どうしたらいいのか、本当にわからないんだよ。ごめんね。君を困らせたいわけじゃない。傷つけたいわけじゃない。できるなら楽しませたい。もっと喜ばせたい。……矛盾してるよね」
胸元に置かれていた左手が離れ、腰に添えられると引き寄せられた。抱き締められる。
「あんまり期待させないで。誘惑しないで。君に魅了されている僕は衝動を抑えられないよ。僕に壊されたくなかったら、迂闊なことはしないで、紅ちゃん」
遊輝の台詞に、紅は静かに頷く。彼を突き動かしているのは自分なのだと、紅は改めて実感していた。
――先輩の気持ちは嬉しいよ。でも、あたしは抜折羅を求めてしまうの……。
遊輝の腕に込められていた力が弱まる。やがて紅の身体は解放された。今ならなんとか自分の足で立てる。
「……ふぅ。少しは発散できたかな。付き合ってくれてありがとう。君は優しすぎるよ」
頭を撫でられる。ここで引き下がってくれるとは思っていなかった。
――普段なら絶対に押し倒すまではやりかねないのに……。
期待していたわけではないし、覚悟を決めていたわけではない。ただ、違和感があるのだ、彼の行動に。
遊輝を見上げていると、彼はふっと小さく笑って、エレベーターの方を向いた。
――え?
そこには一つの影があった。
「――抜折羅くん、どうして助けに入ってあげなかったの? 彼氏だと言うなら、僕を殴ってでも引き離すべきだ。ここで僕が退かなかったら、手遅れになるよ?」
「俺にも非があると思うと責められない」
抜折羅の顔に表情はなく、声も淡々としている。呆然としているわけではなく、ただ冷静に状況を見ているのだ。
「じゃあ、僕がこの場で紅ちゃんを犯すとしても、君は構わないのかい?」
遊輝の非難の台詞に、抜折羅は首を横に振る。
「その条件はおかしい。あんたは絶対にそうはしないからだ」
「君は――いや、君たちは狡いよ」
遊輝が唇を噛んだのが見えた。
「僕はこれで失礼するよ。正気を保っていられそうにない」
感情を抑えているのがわかる台詞。遊輝は抜折羅の横を通り過ぎると、すぐに扉が開いたエレベーターに乗り込み、立ち去った。
――声、掛けられなかった……。
紅はエレベーターを見つめたまま、その場にすとんと崩れた。身体の制御を取り戻したはずなのに動けない。
「紅」
抜折羅が駆け寄る。紅は彼を見ることができず、顔を背けた。
「ごめんなさい。あたし、ひどいことしてる。抜折羅にも、白浪先輩にも……。蒼衣兄様にも忠告されていたのに、わかってなかったんだわ」
「どうしてお前は俺を責めないんだ? いくらでも自分の正当性を挙げることができるだろう?」
「あなただけが悪いわけじゃないもの。それに、あなたは自身の非を認めている。責めたところで、今起きたことには変わりがないわ」
片膝をついて顔の高さを合わせた抜折羅を、紅はようやく見た。困惑顔が目に入る。
「……ごめん、抜折羅。胸を貸してくれないかしら。少し……泣きたい」
抜折羅の返事はなく、黙ったまま彼は紅の身体を引き寄せたのだった。
咄嗟に抵抗を試みた右手は、あっさりと自販機に押し付けられて封じられる。左手で彼の手を払おうとするが、全く役に立っていない。
「んっ……!?」
彼の体温で温くなった液体が流れ込んでくる。拘束されて吐き出すことも許されず、紅はされるがままに飲み込んだ。
紅が飲み干したあとも、遊輝は口付けをやめなかった。そのまま深い口付けへと移行する。
――ダメ、受け入れちゃ……。
拒否しなくてはいけないとわかっている。そのはずなのに身体はいうことをきいてくれない。動かせない右手、抵抗が通じない左手。身動きが取れない。
次第に力が抜けてゆく。全身に宿るフレイムブラッドの力を口付けによって奪われている所為だ。
くたっと左手が落ちる。力が入らない。立っていることもままならず、自販機に背を預ける。
――あたしは……。
思考まで鈍くなっている。悪い兆候だ。
遊輝はぐったりとした紅の身体を支えると、やっと唇を離した。不気味なほどに美しい赤い瞳が紅を映す。
「……紅ちゃん、君が僕だけのものにならないなら、僕が君のものになるよ? その柔らかなルビー色の唇で命じてくれればそれでいい。君のそばにいられるなら、君の望むように演じてみせるよ」
唇を指先がなぞる。
――あたしが応えられないことを知っているくせに、どうしてあなたは……。
これは問い掛けではなく、独白なのだ。答えを聞きたい気持ちと知りたくない気持ちがせめぎ合っているが故の行為。
自販機に押し付けられていた右手が解放される。彼の左手が首筋をなぞり、胸元に触れた。
「君が欲しい。僕は君を求めている。でもね、同じくらい君に欲してほしいし、求められたいんだ。――抜折羅くんが羨ましいよ」
「…………」
「君と僕は似ている。感性が近いんじゃないかな。だから、君が抜折羅くんに何を求め、どうしてそばに居ようとするのかわかる。胸が苦しいよ。僕は抜折羅くんとは違う人間だ。演じてどうにかなるような差ではないって理解している。彼の代わりには到底なれない。――僕はどうしたら良いの?」
「……先輩。あたしはあなたに演じてほしいとは願わない」
なんとか絞り出した声が紡ぐ言の葉。
「命令したいとも思わない。――あたしの答えを知っていて、どうしてそんなことを言えるんですか?」
「君が好きだからだよ。こんな気持ちは初めてなんだ。どうしたらいいのか、本当にわからないんだよ。ごめんね。君を困らせたいわけじゃない。傷つけたいわけじゃない。できるなら楽しませたい。もっと喜ばせたい。……矛盾してるよね」
胸元に置かれていた左手が離れ、腰に添えられると引き寄せられた。抱き締められる。
「あんまり期待させないで。誘惑しないで。君に魅了されている僕は衝動を抑えられないよ。僕に壊されたくなかったら、迂闊なことはしないで、紅ちゃん」
遊輝の台詞に、紅は静かに頷く。彼を突き動かしているのは自分なのだと、紅は改めて実感していた。
――先輩の気持ちは嬉しいよ。でも、あたしは抜折羅を求めてしまうの……。
遊輝の腕に込められていた力が弱まる。やがて紅の身体は解放された。今ならなんとか自分の足で立てる。
「……ふぅ。少しは発散できたかな。付き合ってくれてありがとう。君は優しすぎるよ」
頭を撫でられる。ここで引き下がってくれるとは思っていなかった。
――普段なら絶対に押し倒すまではやりかねないのに……。
期待していたわけではないし、覚悟を決めていたわけではない。ただ、違和感があるのだ、彼の行動に。
遊輝を見上げていると、彼はふっと小さく笑って、エレベーターの方を向いた。
――え?
そこには一つの影があった。
「――抜折羅くん、どうして助けに入ってあげなかったの? 彼氏だと言うなら、僕を殴ってでも引き離すべきだ。ここで僕が退かなかったら、手遅れになるよ?」
「俺にも非があると思うと責められない」
抜折羅の顔に表情はなく、声も淡々としている。呆然としているわけではなく、ただ冷静に状況を見ているのだ。
「じゃあ、僕がこの場で紅ちゃんを犯すとしても、君は構わないのかい?」
遊輝の非難の台詞に、抜折羅は首を横に振る。
「その条件はおかしい。あんたは絶対にそうはしないからだ」
「君は――いや、君たちは狡いよ」
遊輝が唇を噛んだのが見えた。
「僕はこれで失礼するよ。正気を保っていられそうにない」
感情を抑えているのがわかる台詞。遊輝は抜折羅の横を通り過ぎると、すぐに扉が開いたエレベーターに乗り込み、立ち去った。
――声、掛けられなかった……。
紅はエレベーターを見つめたまま、その場にすとんと崩れた。身体の制御を取り戻したはずなのに動けない。
「紅」
抜折羅が駆け寄る。紅は彼を見ることができず、顔を背けた。
「ごめんなさい。あたし、ひどいことしてる。抜折羅にも、白浪先輩にも……。蒼衣兄様にも忠告されていたのに、わかってなかったんだわ」
「どうしてお前は俺を責めないんだ? いくらでも自分の正当性を挙げることができるだろう?」
「あなただけが悪いわけじゃないもの。それに、あなたは自身の非を認めている。責めたところで、今起きたことには変わりがないわ」
片膝をついて顔の高さを合わせた抜折羅を、紅はようやく見た。困惑顔が目に入る。
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