職も家も失った元神童は、かつてのライバルに拾われる

小倉みち

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第1章

火事

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 一体何が原因なのか。

 放火か、それとも事故なのか。


 頭が真っ白になってしまった俺には、野次馬たちの話声など耳に入っては来なかった。


 火。

 炎。


 真っ赤なものが、目の前で溢れかえっている。


 燃えている家。

 あれは、俺の住んでいる安アパートだ。


 会社からの紹介で、月2万という破格の家賃で住まわせてもらっている家。


 安いのは良いが、ボロいし、狭いし、なんか煙草臭いし。

 隣の部屋はいつもうるさい、決して住み心地が良いとは言えない住みかだった。


 それが今、燃えている。


 真っ赤な炎を吐き続ける建物。

 何台もの消防車が、水柱をアパートに向けて発射している。

 そこから、くすぶった黒い煙が上へ上へと昇っていた。


 俺は、心のどこかでは冷静だった。


 とんでもない事態が起こったとき、人は衝撃でただ呆然とする半面、いつも以上に冷静でいる自分もまた存在している。


 まるで、もう1人の自分がいるみたいに。


 真っ白な頭に、そいつは語りかけてくる。


 何もなくなった。

 仕事も、家も、お前を構成する要素はなくなってしまった。


 いや、と自嘲気味に俺は笑った。


 周囲の野次馬のうちの何人かが、何事かとこちらを振り返る。


 何もなくなった、じゃない。

 もとから、何も持っていなかった。


 俺はただ、屍のように生きていた。

 生きる意味も見い出せず、ただ無意味に日々を消費していた。


 趣味も生きがいも何も持ち合わせていなかった。


 あの家は、あの部屋は、ただ眠り、食事をするだけの場所でしかない。


 ただの、空っぽの入れ物だ。


 それが燃えようが消えようが、何も変わらない。


 入れ物がなくなって丸腰になった、何も持っていない「俺」だけが残る。


 それだけだった。
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