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第2章
営業
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「いやぁ、綺麗なお嬢さんがいらっしゃるのは気分がいいですなぁ」
「あ、あはは……。ア、アリガトウゴザイマース」
社交辞令も甚だしい、軽くセクハラを通り越した発言に、苦笑いでお礼を言う。
ここはキャバクラか。
いや別に、キャバクラを否定しているわけではない。
あれは人間の闇部分を上手いこと利用して、可愛い女の子たちが必死で生きている世界だ。
サボり腐っている私には到底不可能なことである。
しかし、このクソジジ……いや、おじ様たちはどうやら私をキャバ嬢と見立てているらしい。
やれ可愛いだの、やれうら若いだの、付け加えて奴ら煙草を咥え、こちらにニヤケ面を向けてくるのである。
てめぇの口臭い顔なんざ見たくねぇよと思いっきり張り倒してやろうかと思ったが、そんなことをすれば確実にクビ切りまっしぐらなので、仕方なくぎこちない手つきで煙草に火をつけてやった。
百円ライターが誤作動を起こし、こいつらの顔を燃やしてくれないかなと九割方本気で祈ったものの、無情にもそれは叶わず。
「俺さー、奥さんと子供と、全然上手くいってないんだよねー。真琴ちゃん、どう思う?」
知らねーよ。
お前の家族背景なんか興味ねぇよしばくぞコラ。
「お、奥様は確かアパレル関係のお仕事をなされているんですよね」
「お、よく知ってるねー。そうなんだよ、あれが最近忙しくてさー。本当、女ってのは男がいてなんぼだろ? 今どき仕事しなきゃいけないのは当たり前なんだけど、それでも家庭を顧みないのは駄目だよねー」
うん駄目だね。
お前の脳味噌が。
もう完全に毛根と一緒に腐ってやがる。
カツラ被っても無駄だから、それ。
ガッツリ見えちゃってるから。
「ソ、ソウナンデスカー」
「ねぇ真琴ちゃん。俺の奥さんになんない? 俺、真琴ちゃんが奥さんならもっと頑張れるんだけどなー」
知るかボケ。
お前はさっさと家帰って母ちゃんの乳でも吸ってろカス。
つーかなんでお前が「真琴ちゃん」って呼んでんだよ。
少なくともお前より仲のいいあの人にすら呼ばれてねーんだよ、こっちは。
「はいはい。うちの可愛い新人にちょっかい掛けないでくださいよ。この子が本気になったらどうするんですか?」
驚愕の色を示して松井さんを見る。
彼女は平然とした営業スマイルで、私がこいつを好きになるかもしれないという訳の分からんことを言い出したのだ。
何言ってんだこいつ。
「あははは、それは困ったなー。ごめんね真琴ちゃん。今の冗談なんだよ。信じちゃうなんて、純粋だなー。可愛いね」
冗談で本当にありがとうございます。
でも、好きでもないの勝手に振られたみたいになって腹が立つし、そもそも信じてるわけねーだろハゲ。
その後、この男の自称モテ話は続き、もうほとんど耳を貸さずに夢の世界へ浸っていると、ようやく、
「じゃあね。二人とも」
と、セクハラ親父は応接室を出ていった。
いつの間にか営業は成功したらしい。
テーブルに置いてあった契約書の紙も、ビジネスバッグに詰め込んでいるのが見えた。
「何がしたかったんですか、あの人?」
ただいま松井さんと気まずい状況であることも忘れ、私は彼女に話しかけた。
「あの人、ただ単に女性とお話したかっただけなのよ」
「へ、へぇ……」
「私たちの間では、影で『カモ』って呼ばれているわ。女性が席に着いていれば、どんな不利な契約書でも結んでくれるから」
そんな人相手にして、大丈夫なのか?
何かしら大きな犯罪に巻き込まれそうなんだけど。
「ああ、それと。高木さん、あなたしっかり資料を読んできてくれたのね。助かったわ。正直あんまり期待していなかったんだけど」
そりゃどうもとお礼を言い、窓を締め切った空気の悪い部屋から出て、オフィスに戻る最中。
ふと、この人は私を助けるためにわざとあんなことを言ったのではないかと思った。
「あ、あはは……。ア、アリガトウゴザイマース」
社交辞令も甚だしい、軽くセクハラを通り越した発言に、苦笑いでお礼を言う。
ここはキャバクラか。
いや別に、キャバクラを否定しているわけではない。
あれは人間の闇部分を上手いこと利用して、可愛い女の子たちが必死で生きている世界だ。
サボり腐っている私には到底不可能なことである。
しかし、このクソジジ……いや、おじ様たちはどうやら私をキャバ嬢と見立てているらしい。
やれ可愛いだの、やれうら若いだの、付け加えて奴ら煙草を咥え、こちらにニヤケ面を向けてくるのである。
てめぇの口臭い顔なんざ見たくねぇよと思いっきり張り倒してやろうかと思ったが、そんなことをすれば確実にクビ切りまっしぐらなので、仕方なくぎこちない手つきで煙草に火をつけてやった。
百円ライターが誤作動を起こし、こいつらの顔を燃やしてくれないかなと九割方本気で祈ったものの、無情にもそれは叶わず。
「俺さー、奥さんと子供と、全然上手くいってないんだよねー。真琴ちゃん、どう思う?」
知らねーよ。
お前の家族背景なんか興味ねぇよしばくぞコラ。
「お、奥様は確かアパレル関係のお仕事をなされているんですよね」
「お、よく知ってるねー。そうなんだよ、あれが最近忙しくてさー。本当、女ってのは男がいてなんぼだろ? 今どき仕事しなきゃいけないのは当たり前なんだけど、それでも家庭を顧みないのは駄目だよねー」
うん駄目だね。
お前の脳味噌が。
もう完全に毛根と一緒に腐ってやがる。
カツラ被っても無駄だから、それ。
ガッツリ見えちゃってるから。
「ソ、ソウナンデスカー」
「ねぇ真琴ちゃん。俺の奥さんになんない? 俺、真琴ちゃんが奥さんならもっと頑張れるんだけどなー」
知るかボケ。
お前はさっさと家帰って母ちゃんの乳でも吸ってろカス。
つーかなんでお前が「真琴ちゃん」って呼んでんだよ。
少なくともお前より仲のいいあの人にすら呼ばれてねーんだよ、こっちは。
「はいはい。うちの可愛い新人にちょっかい掛けないでくださいよ。この子が本気になったらどうするんですか?」
驚愕の色を示して松井さんを見る。
彼女は平然とした営業スマイルで、私がこいつを好きになるかもしれないという訳の分からんことを言い出したのだ。
何言ってんだこいつ。
「あははは、それは困ったなー。ごめんね真琴ちゃん。今の冗談なんだよ。信じちゃうなんて、純粋だなー。可愛いね」
冗談で本当にありがとうございます。
でも、好きでもないの勝手に振られたみたいになって腹が立つし、そもそも信じてるわけねーだろハゲ。
その後、この男の自称モテ話は続き、もうほとんど耳を貸さずに夢の世界へ浸っていると、ようやく、
「じゃあね。二人とも」
と、セクハラ親父は応接室を出ていった。
いつの間にか営業は成功したらしい。
テーブルに置いてあった契約書の紙も、ビジネスバッグに詰め込んでいるのが見えた。
「何がしたかったんですか、あの人?」
ただいま松井さんと気まずい状況であることも忘れ、私は彼女に話しかけた。
「あの人、ただ単に女性とお話したかっただけなのよ」
「へ、へぇ……」
「私たちの間では、影で『カモ』って呼ばれているわ。女性が席に着いていれば、どんな不利な契約書でも結んでくれるから」
そんな人相手にして、大丈夫なのか?
何かしら大きな犯罪に巻き込まれそうなんだけど。
「ああ、それと。高木さん、あなたしっかり資料を読んできてくれたのね。助かったわ。正直あんまり期待していなかったんだけど」
そりゃどうもとお礼を言い、窓を締め切った空気の悪い部屋から出て、オフィスに戻る最中。
ふと、この人は私を助けるためにわざとあんなことを言ったのではないかと思った。
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