崖っぷちOL、定食屋に居候する

小倉みち

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第3章

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「……あーもう本当、最悪。本当無理なんですけど」
  

 冬。

 暖房の効いた空間だというのに、万年冷え性のせいで手足が冷たい。オフィスが凍りつく。
  

 おっと。


 私は慌てて両手で口を押える。


 危ない、危ない。
 つい口が滑ってしまった。
  

 私がこんなにも苛立ちを露にしているのは。

 奴がとうとうこの町を訪れることとなったからだ。


 そう、クリスマスである。


 十二月。


 町は、どこもかしこも赤と緑に埋め尽くされていた。

 キラキラと光るイルミネーション、そこかしこに流れる「きよしこの夜」のオルゴールバージョン。


 年で一番、リア充どもが盛り上がるシーズン。


  あーもう嫌だ。

 本当に嫌。


 もちろん、この感情は全部僻みであるというのは自分でもよくわかっている。
  

 去年の私は、一応クリスマスを楽しんでいた。

 潮時感は否めない状況ではあったものの、一応は「彼氏持ち」であった私。


 しかし、今年は違う。


 諸事情あって奴との縁を切った私は、寒さによる人恋しさと苛立ちと焦燥感を持ってして、このイベントを迎えることとなってしまったのだ。


 しかし――。


 恋人がいようがいまいが、私はクリスマスどころではない。


 師走。

 師が走ると書いて師走。
  

 そんなクソ忙しい時に、イベント事連続で持ってくるの本当にやめてほしい。


 なにクリスマスって? 

 食べ物ですか?


 ここ日本ですよ。

 倭国ですよ。

 仏教と神道の国ですよ。


 それにキリスト教を信仰してないお前らがなんで一番はしゃいでんだよ。
  
 かつての私の同僚たち(彼氏無)は、

「彼氏いなくて泣きそう」

「それな」

「クリスマス会開こー」

 なんて盛り上がっている。
  

 羨ましい限りだ。

 彼氏がいなくても、遊びにいく時間はあるんだから。


 私にはそんなことをする時間がない。

 契約とか契約とか契約とか。


 そんなペラッペラの紙一枚を巡って日々争っている。
  

 あーもう嫌だ。


 クリスマスなんてなくなればいいのに。

 十二月なんて無くなればいいのに。

 リア充なんて全部爆発すればいいのに!
  

 外はキラキラ光り輝き、カップルたちは手を繋いで聖なる夜を過ごすのだろうに。


 なんで私は年末ずっと仕事なのよ! 

 せめて休ませろよ!
  

 つーか休み短過ぎるでしょうが。

 身体壊すって!
  

 あー彼氏欲しい。

 
 誰でもいいから彼氏になってくれないかなー。

 一人でクリスマスを過ごすのは悲しさ通り越して、なんだか風情が現われてくるよ。

 いとをかし感万歳なんだけど。


 俳句とか川柳とか詠んじゃうよ、この内容で。


 クリスマス 今年も私は さみしマス

  
 カップルの 合間を通る クリぼっち

  
 クリスマス カップルごと 燃えてくれ

  

 世の中はクリスマス一色だ。

 もうあの忌々しい単語が至る所に散りばめられているせいで、既に脳がオーバーヒートしている。

 ゲシュタルト崩壊。


 赤と緑のオブジェを見るだけで、頭が爆発する。
  

 うちのブラック企業でもようやく最近、

「オフィスワーカーの気持ちも考えようぜ」

 という思考回路に至ったらしい。

 ありがた迷惑なことに、Xデーが近づくにつれて会社内にも装飾がなされるようになってしまった。
  
 要するに、

「お前らのために、わざわざクリスマスツリーを飾ってやっているんだから。ちゃんと仕事しろ」

 ということだと思う。
  

 そんなものを買う余裕があるなら、一円でもいいので私の給料を上げて欲しい。

 そっちの方がやる気に繋がる。
  

 まあこんなことを言っても仕方がないので、私は現在健気に働いているわけだが。

 どこかの誰かが決めやがった、

「契約更新は年末」

 というわけのわからない規則に縛られた営業職は毎年、十二月を「厄月」と呼んでいる。


 厄月のせいで、さらに言えば急に私を営業職にしやがった連中のせいで、私は今物凄くストレスが溜まっていた。
  

 ようやく午前中の仕事が終わり、短い昼休みを過ごそうとデスクの上にお弁当箱を乗せると、それを見ていた松井さんが、

「自分で作ってるの?」

 と聞いてきた。


 普段は業務連絡くらいしかしないので、驚いて一瞬口ごもる。

「え、あっ、いや。……え、えっとですね。シ、シェアハウスの友人が作ってくれていまして」

「へえ、毎日?」
  
 つまらなさそうな顔で、松井さんは再び質問する。
  

 興味ないなら聞かなくても良いのにと、心の中でツッコむ余裕が生まれてきた。

「はい。朝夕も作ってもらっています」

「ふーん」
  
 
 じろじろと舐めるようにお弁当を見つめる松井さん。
  

 なんだ? 

 もしかしてこの人、中身が見たいのか?
  

 私はその意図を汲み、花柄の風呂敷を解いて曲げわっぱを開ける。
 

 まず目についたのは、麦飯。

 ラップの下で白い息を吐いている。

 見た目からでも柔らかさが感じ取られる。


 鮮やかな朱色に染まった焼き鮭、ちくわきゅうり、ふわふわのだし巻き卵、きつね色のたこさんウィンナー、真っ赤なトマト。

 そして、みずみずしい苺。
 

 いやー、相変わらず美味しそうですなー。
 

 営業職のくせに、事務してた時よりも飲み会やらなんやらに行く機会が減ってしまった。
 
 そんな悠長なことをしている暇はないし、早く帰らないと冬馬さんが、

「せっかく出来立てを食わせてやろうと思ったのに」

 と、不機嫌になってしまうので、せっかく誘われても断ってしまう。
 

 まあでも、正直飲み会に出てくる料理よりも、冬馬さんがいつも作ってくれる料理の方が美味しいから――。


「高木さん」

「え、あ、はい!」
 
 突然名前を呼ばれ、声がひっくり返ってしまった。
 
 それを気にする様子もなく、松井さんは淡々とおっしゃった。

「一緒にお昼ご飯はどう?」
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