崖っぷちOL、定食屋に居候する

小倉みち

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第3章

本屋

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「まずは、あの店だな」

「え?」

「高木ちゃん。声かけてきて」
  
 会社を出て早々、舐め回すように商店街を眺めた清水さんは、ある店を人差し指で指してそう言った。

「店って、あそこ、どう考えても『本屋』って看板に書いてありますよね?」

「そうだね」

「うちの会社、工業機械を販売する企業ですよね?」

「そうだね」

「確かにうちB to Bですけど。でも、外回りってもともと取引先の企業とかに会いに行くものなんじゃ……」

「そうだけど、俺はそれじゃ外回りの勉強にならないと思ってる」

「はあ……」


 私は少々驚く。

 この人、初めて喋ったけど。

 思ったよりも、熱血というかなんというか。


 暑苦しい人だな。


「既存のルートだけじゃ、企業の成長には繋がらない。そうだろ?」

「そ、そうですね……」


 私はその熱意に気圧されて、肯定の言葉を口にした。

「それはわかりました。でも本屋と我が社、一体なんの関係があるんですか?」
  
 薄笑いして清水さんは言う。

「まあ、良いから。まずは声をかけてみて」

「はぁ……」
  
 半信半疑というか、ほぼ一割信九割疑状態で、店の中に入ってみる。
  

 少しカビっぽい閉鎖的な空間。

 無造作に積まれた書籍の上に、薄いベールのごとく、埃が覆いかぶさっている。


 色あせた書籍や数年前に流行っていた本などが棚にみっちりと詰まっていることから、この本屋には人があまり入ってこないのだろうことがなんとなく感じ取れた。

「あら、いらっしゃいませ」
  
 気の良い笑顔で、老女が奥から姿を現した。
  

 私たちを客だと思ったのか、

「ゆっくりしていってくださいね」
  
 と、明るくそう言う。

「あ、あの。実は……」
  
 本当にこれで合っているのかと不安になりつつも、慌てて名刺を店主に差し出す。
  

 彼女は不思議そうに、会社名を復唱したのち、

「あら、でもここは本屋よ?」
  
 と、言った。
  

 ですよねー。

 どこからどう見ても本屋ですもんねー。

 あはは、来た私たちが馬鹿でした。

 さっさと帰りますねー。
  

 そんなことを言って、ちゃっちゃと帰ろうとビジネスバッグを肩に引っ提げようとすると、


「実は困り事がありまして」
  
 と、清水さんが切り出した。
  

 は、何? 

 困り事? 

 なんのことなの? 

 てかなんで今言うの?

「あら、なんのことかしら?」
  
 私と同様に、奇妙な目付きで清水さんを見る。

「うちの会社、実は倒産の危機でして」

「「え!?」」
  
 嘘でしょ!? 

 知らなかった! 

 ヤバいヤバい。

 どうしよう。


 早く次の就職先を見つけないと!

「あらまあ、お気の毒に」
  
 心底憐れみ深い表情でそう言う店主さん。


 良い人だ。


「それでですね、何とか弊社を盛り上げようと、ただ今違う業種のみなさんにもお邪魔しておりまして」
  
 少しでも買ってくれる方がいらっしゃるかと、と呟く彼。


 目を伏せ、長いまつ毛を惜しげもなく見せびらかしている清水さんは、まるで深窓の令嬢みたいだ。

「まあ。なんとか助けてあげたいけれど、機械なんて買っても私の店じゃ使えないし……」

「そこをなんとか! お知り合いに紹介していただけるだけでもいいんです!」
  
 必死に頭を下げる清水さん。

 彼にジャケットの裾を引っ張られ、慌てて私も頭を下げる。

「よ、よろしくお願いします!」
  
 うーんと、少し考え込んだ店主は、あっと閃いたように手をポンっと叩いた。

「息子は自動車部品メーカーを経営しているわ! ちょっと頼んでみるわね」

「「ありがとうございます!」」

「頼んでみるだけよ。あとは息子が決めるだけだけど……」

 良い人そうな女主人は苦笑いした。

「あなたたち、すぐそこにある企業さんでしょ? よく本を買ってくれる人もいるし、ちょっとしたお礼にと思ったの。同じ地域にいる者同士、助け合っていかなくちゃね」

「ありがとうございました」

  にこやかな微笑で見送られて、私たちは本屋から踵を返した。

「うちの会社、倒産寸前なんですか?」
  
 去り際、早速私は清水さんに尋ねる。

「知らなかったです」

 私の質問に、彼は爽やかな声で答えた。

「そんなわけないでしょ。あれは、あの女性の息子さんに機械を買わせるための方弁だよ」


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