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第3章
海苔
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家に帰ると、店内に良い香りが漂っていた。
磯の匂いだ。
冬馬さん、こんな寒い中海に行ったのだろうか。
ただいまついでに厨房を覗くと、彼は何やら深緑色の薄いものをコンロで炙っていた。
「ああ、高木さんか」
そう言って、彼はこちらを振り返る。
「冬馬さん、今は何をなさっているんですか?」
「海苔だ」
「へ? 海苔?」
その大きい四角形をじっと見つめる。
確かに海苔っぽい。
しかし、あんな大きさは今まで見たことがないし、あの海苔特有である色の均一さは見受けられない。
「これが海苔ですか?」
「手作り海苔だ。知り合いに送ってもらった」
なぜか、いつもよりも固い言葉でそういった冬馬さんは、ひっきりなしに海苔を炙っている。
炙り続けている。
機嫌が悪いのかな。
これ以上話しかけると余計なことをしてしまう気がして、黙ったまま冬馬さんの所業を見つめた。
しばらくして、こんなにどうやって食べるんだよという量の焼き海苔を皿に乗せ、小皿を取り出す。
何をするんだと思ったら――。
この人、なんとそこに醤油とマヨネーズを入れ始めたのだ!
「え? 冬馬さん!? 何してるんですか!?」
驚いてそう声を上げる私を無視し、テーブルの上にそれを置く。
そのテーブルには、既に唐揚げや味噌汁、コブサラダが陳列しているが、それを遥かに凌ぐ驚き様である。
「え、ちょっ、まっ」
「いただきまーす」
私の抗議をスルーし、黙々と食べ続ける。
私が一口も手をつけないのを見て、ようやくこちらを向いて言った。
「食べないのか?」
いや、食べる以前の問題じゃないだろ。
「なんなんですか? これ。食べ物なんですか? これ。醤油とマヨネーズってどんな組み合わせですか? 嫌がらせですか?」
「嫌がらせじゃねぇよ」
そう返して、なんと冬馬さんは海苔をちぎり、醤油とマヨネーズのバラードの中に浸し、それをご飯にくるませて食べたのだ。
「え?」
「美味しいから、食べてみろよ」
美味しそうには到底見えないが……。
でもまあ、揚げアイスの件もあるし。
もしかするともしかするかもしれない。
恐る恐る海苔をちぎり、醤油とマヨネーズの中に浸す。
しっかり付いたところで、それを引きあげてご飯の上に乗っける。
前を見た。
冬馬さんが頷く。
覚悟を決めて、口の中に放り込んだ。
本当に私は、何回同じことを繰り返すのだろうか。
醤油とマヨネーズが合わないだって?
とんでもない!
合わないどころか、むしろ運命の赤い糸で結ばれた、唯一無二の存在。
柔らかなマヨネーズの甘みに、はっきりした醤油の塩分が合う。
互いに主張しあうも、しかし潰し合うことがない。
まるで、同じチーム内のライバルみたいだ。
スポ根でお馴染みの、普段は対立して仲が悪そうに見えるが、いざとなれば手を組んで相手を倒す。
手作り海苔も素晴らしい。
品のいい香りに、まだらな深緑の手作り感も私の心をほっこりさせる。
パリっとした食感。
それでいて、くどくない味わい。
それらの組み合わせをご飯に包んでいただくとは、なるほど何枚も炙ってしまうものだなと納得した。
「他のも食えよ」
海苔しか食べない私に、にべもなくそう言う冬馬さん。
はいはい食べますよと、申し訳程度に唐揚げをつまむと、これまた驚きの連続だった。
むろん、唐揚げは美味しい。
ムネ肉の脂っぽさが衣で閉じ込められ、噛んだ途端に濃厚な汁が染み渡る。
だが、それだけではない。
もちろん、唐揚げだけで生きていけそうなのだが、さらに、それに拍車がかかっている。
なんで?
なんでこんなに美味しいの?
そう思って、はたと気づいた。
そうだ、これだ。
この醤油とマヨネーズだ。
私の反応に、我が意を得たように冬馬さんは笑って言う。
「このソースは万能なんだ。なんにでも合うし、なんでも美味しくさせる」
クソ!
罠か!
この男、私を罠にかけやがったのか!
心の中で口汚く罵るが、既に魔のとりことなってしまった私には、もはや対処の仕様がない。
次々と減っていく海苔に合わせ、私たちは無言で食事を続けた。
磯の匂いだ。
冬馬さん、こんな寒い中海に行ったのだろうか。
ただいまついでに厨房を覗くと、彼は何やら深緑色の薄いものをコンロで炙っていた。
「ああ、高木さんか」
そう言って、彼はこちらを振り返る。
「冬馬さん、今は何をなさっているんですか?」
「海苔だ」
「へ? 海苔?」
その大きい四角形をじっと見つめる。
確かに海苔っぽい。
しかし、あんな大きさは今まで見たことがないし、あの海苔特有である色の均一さは見受けられない。
「これが海苔ですか?」
「手作り海苔だ。知り合いに送ってもらった」
なぜか、いつもよりも固い言葉でそういった冬馬さんは、ひっきりなしに海苔を炙っている。
炙り続けている。
機嫌が悪いのかな。
これ以上話しかけると余計なことをしてしまう気がして、黙ったまま冬馬さんの所業を見つめた。
しばらくして、こんなにどうやって食べるんだよという量の焼き海苔を皿に乗せ、小皿を取り出す。
何をするんだと思ったら――。
この人、なんとそこに醤油とマヨネーズを入れ始めたのだ!
「え? 冬馬さん!? 何してるんですか!?」
驚いてそう声を上げる私を無視し、テーブルの上にそれを置く。
そのテーブルには、既に唐揚げや味噌汁、コブサラダが陳列しているが、それを遥かに凌ぐ驚き様である。
「え、ちょっ、まっ」
「いただきまーす」
私の抗議をスルーし、黙々と食べ続ける。
私が一口も手をつけないのを見て、ようやくこちらを向いて言った。
「食べないのか?」
いや、食べる以前の問題じゃないだろ。
「なんなんですか? これ。食べ物なんですか? これ。醤油とマヨネーズってどんな組み合わせですか? 嫌がらせですか?」
「嫌がらせじゃねぇよ」
そう返して、なんと冬馬さんは海苔をちぎり、醤油とマヨネーズのバラードの中に浸し、それをご飯にくるませて食べたのだ。
「え?」
「美味しいから、食べてみろよ」
美味しそうには到底見えないが……。
でもまあ、揚げアイスの件もあるし。
もしかするともしかするかもしれない。
恐る恐る海苔をちぎり、醤油とマヨネーズの中に浸す。
しっかり付いたところで、それを引きあげてご飯の上に乗っける。
前を見た。
冬馬さんが頷く。
覚悟を決めて、口の中に放り込んだ。
本当に私は、何回同じことを繰り返すのだろうか。
醤油とマヨネーズが合わないだって?
とんでもない!
合わないどころか、むしろ運命の赤い糸で結ばれた、唯一無二の存在。
柔らかなマヨネーズの甘みに、はっきりした醤油の塩分が合う。
互いに主張しあうも、しかし潰し合うことがない。
まるで、同じチーム内のライバルみたいだ。
スポ根でお馴染みの、普段は対立して仲が悪そうに見えるが、いざとなれば手を組んで相手を倒す。
手作り海苔も素晴らしい。
品のいい香りに、まだらな深緑の手作り感も私の心をほっこりさせる。
パリっとした食感。
それでいて、くどくない味わい。
それらの組み合わせをご飯に包んでいただくとは、なるほど何枚も炙ってしまうものだなと納得した。
「他のも食えよ」
海苔しか食べない私に、にべもなくそう言う冬馬さん。
はいはい食べますよと、申し訳程度に唐揚げをつまむと、これまた驚きの連続だった。
むろん、唐揚げは美味しい。
ムネ肉の脂っぽさが衣で閉じ込められ、噛んだ途端に濃厚な汁が染み渡る。
だが、それだけではない。
もちろん、唐揚げだけで生きていけそうなのだが、さらに、それに拍車がかかっている。
なんで?
なんでこんなに美味しいの?
そう思って、はたと気づいた。
そうだ、これだ。
この醤油とマヨネーズだ。
私の反応に、我が意を得たように冬馬さんは笑って言う。
「このソースは万能なんだ。なんにでも合うし、なんでも美味しくさせる」
クソ!
罠か!
この男、私を罠にかけやがったのか!
心の中で口汚く罵るが、既に魔のとりことなってしまった私には、もはや対処の仕様がない。
次々と減っていく海苔に合わせ、私たちは無言で食事を続けた。
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