崖っぷちOL、定食屋に居候する

小倉みち

文字の大きさ
37 / 46
第4章

朝食作り

しおりを挟む
 フライパンの上で、ジューという美味しそうな音色が聞こえる。


 火加減は中火。


 こまめにひっくり返して確認する。

 すると、だんだん白がきつね色に変わってくるのがわかる。
  

 私は、吐息を漏らす。

  
 自分でも、出来るんだ。
  

 焼け焦げた可哀想な人参しかできなかった私が、ただパンを焼くとはいえ、綺麗な色合いを作り出している。

「上手く水分が抜けたら、皿に移せよ」
  

 隣の冬馬さんの命令に、私は深く頷いた。

  

 朝食作り。
  

 冬馬さんが、私の一番初めの料理は、これでいいだろうと決定づけた。
  

 私は食パンを注意深く焼く。


 近くの調理場には、キャベツとトマト、オレンジが私を待ち構えている。

 彼らは私に迫ってこない。早くやれとか、遅いとか、そんなことは言わないでくれている。


「だから、安心して食パンを焼いてくれ」

 と、冬馬さんは言っていた。


「くれぐれも、焦るなよ」


 冬馬さんの熱狂的とも言える指導のおかげで、私はそこそこ成長したように思う。


 と言っても、地球滅亡から環境破壊にランクアップしただけだが、みんな死ぬわけじゃないレベルなのでしっかりと許容範囲である。

 対して、冬馬さんは私の隣で、せっせと人参を煮込んでいた。


 何をしているのだろうか。


 人参特有の、あの臭みのある甘い匂いに吐き気がするも、これでもかと言うほど入れまくっていたレモン汁と砂糖のおかげで、何とか持ち越すことが出来た。


 私、人参ちょっと苦手なんだよね。

 味噌汁とかサラダに入ってるのは良いんだけど、ハンバーグに添えられているやつなんか、変に甘くて無理。


 食パンがしっかり焼けたあとは、サラダである。


 キャベツは千切り。

 側面に向けて滑らせるように刃を下に落とすと、細く切る事が出来る。


 ちょっと大きさがまちまちなのはご愛嬌。

 別に料理家になるわけじゃないし。


 トマトもオレンジも、くし切りにする。


 中心から等分に切ればいいのだが、超絶不器用という名の称号を持つ私にとって、恐ろしいこと限りない。


 ゆっくり包丁を入れていく。猫の手を忘れてはいけない。


 慎重に、慎重に。

 力を入れずに。


 冬馬さんが先に包丁を研いでおいてくれたおかげで、いつもより格段に切りやすい。


 ひと段落着いたのか、冬馬さんが私を見守ってくれている。


 彼の新鮮を感じながら、一気に包丁を落とした。


 ……よし。

 出来た。


 多少の大きさのばらつきは、許してほしい。


 真っ白な陶器の皿に、花の小皿を乗せる。

 大きいフロアにはキャベツをどっさりと。


 その上にはトマトを放射線状に並べる。

 花の小皿には、何切れかオレンジを並べる。


 それを二人分持って、テーブルの上に置いた。


 完成だ。


 ほっと一息ついた。傍から見れば、ただ食パンを焼いてサラダ作ってオレンジ切っただけにしか見えないだろうが、ご飯を炊くだけで炊飯器を壊していた昔の私に比べれば、ものすごい進歩である。


 冬馬さんは鍋とドレッシングを持ってきた。


 鍋には赤橙色の甘いどろどろが入っている。

 ドレッシングは冬馬さんの手作りだ。


 それにしても、鍋に入っている物体はなんなんだろう。

「「いただきまーす」」
 
 手を合わせていつもの挨拶をし、まずはサラダを口に運ぶ。
  

 うむ、上手い。
  

 自分で作ったにしては、上手く出来ている。

 切り方は少しばらばらだが、目立ってひどいわけではない。

 一般人レベルに達しているのかもしれない。
  

 それにしても、このドレッシング、めちゃくちゃ美味しい。

 さっぱりした酢の味に、パンチの効いたごま油。

 サラダがどんどん消えていく。


 一体どうやって作ったんだろうか。
 
 
 ちらっと冬馬さんを盗み見る。

 彼は、鍋にスプーンをつっこみ、それをパンに塗り込んでいた。

「あの、それってな「ジャムだ」
  
 毎回聞かれるのがお馴染みとなっており、私の質問にかぶせて彼は回答する。

「ジャムですか? でもさっき、人参入れてましたよね?」
  
 私は、あの人参の匂いをまだ忘れていない。

「人参ジャムだ」

「人参でジャムができるんですか?」

 冬馬さんはスマホの画面を見せてくれた。


 よく聞くレシピサイトに、「野菜ジャム」という特集がされてあった。

 人参の他に、カボチャ、トマト、パプリカ、さつまいもなんてのもあった。

 玉ねぎもいる。


「へぇ。結構話題になってるんですねー」

 特集記事の見出しの言葉を引用してそう答える。

「最近流行っているらしい。商店街の八百屋のおっさんに作ってくれって言われたから」

「へぇー」
 
 おそらく一生作ることのない物体を眺める。


「冬馬さんも、ネットなんて見るんですねー」 


 何気ない言葉に、なぜか敏感に反応される。

「はあ?」

「ミシュランに載りたいんでしょう? だったら、ネットを使わずに有名なレストランのコックさんに弟子入りするとかが普通なんでしょう?」

 詳しくは知らないが、何となくそんなイメージがある。

「あのなぁ」
  
 思いっきりため息をつかれた。

「俺は、レストランとしてなりたいわけじゃねぇの。定食屋として、ミシュランに載りてぇの」

「えっ」
  
 驚いて口を押さえる。

「だって、ミシュランってレストランしかなれないんじゃ? 私てっきり、店主さんを降ろしてからレストランに変身すると思っていました」

「ミシュランガイドには、レストランとホテルしか載らないのは知ってる。だけどな、その中に定食屋が載るのって、かっこよくないか?」
  

 か、かっこいい……?
  
 かっこいいか?


 よくわからないけれど、彼にとってはそうなのだろう。
  

 とりあえず私は首を縦に振った。

「まあそんな話はいいから。ほら、さっさと食え」
  
 冬馬さんは、しきりに鍋を私に見せる。


 仕方がないので、スプーンでひと匙掬いとった。


 パンの内側に塗り、がぶりと食らう。


「美味しっ」
 

 パリっとしたパンの耳。

 柔らかな内側の部分。


 その上にたっぷり塗った人参ジャム。
  

 この人参ジャム、本当に美味しい。


 あの煮たときの嫌な甘みではなく、キャロットジュースのような、人参の総いいとこ取りである。


 嫌な部分だけが全て払拭され、甘ったるくて食べたもんじゃないことはなく、しかしとにかく甘い。

 食パンに乗せるにはちょうどいい甘さ。


「野菜ってだけで健康的ですよねー」
  
 
 果物ではない。

 野菜なのだ。
  

 こんなに甘いとはいえ、野菜。

 栄養素もさぞかしたくさん入っていることだろう。

「まあ、人参は加熱しても栄養素は壊れないからな。老化防止にも役立つし」

「えっ、なら人参ジャム完璧じゃないですか! 美味しくて栄養も取れるなんて」

「砂糖大量に必要だから、ほとんど意味ないだろうがな」

「あ、そっか……」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】

星森 永羽
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結】 メイドをお手つきにした夫に、「お前妻として、クビな」で実の子供と追い出され、婚約破棄です。

BBやっこ
恋愛
侯爵家で、当時の当主様から見出され婚約。結婚したメイヤー・クルール。子爵令嬢次女にしては、玉の輿だろう。まあ、肝心のお相手とは心が通ったことはなかったけど。 父親に決められた婚約者が気に入らない。その奔放な性格と評された男は、私と子供を追い出した! メイドに手を出す当主なんて、要らないですよ!

後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜

二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。 そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。 その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。 どうも美華には不思議な力があるようで…?

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。

灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。 曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。 婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。 前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。

婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた

夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。 そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。 婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。

【完結】シュゼットのはなし

ここ
恋愛
子猫(獣人)のシュゼットは王子を守るため、かわりに竜の呪いを受けた。 顔に大きな傷ができてしまう。 当然責任をとって妃のひとりになるはずだったのだが‥。

処理中です...