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第2章

ヴァイオレット

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 泉の水は澄んで綺麗だった。


 私はそれをコップの中に入れて、ごくごくと飲んだ。


 美味しい。

 余計なものが何も入っていない味がする。


 私は泉のほとりに腰掛け、ゼロが戻ってくるのを待つことにした。


 ――にしても。

 結構、ヴァイオレットの力ってすごいのね。


 そりゃラスボスだからっていうのもあるんだろうけど。

 それにしても、あんなに大きな水球を無数に出せるなんて。


 魔法の「ま」の字も知らない一般人だった私が。


 なんかこう、ちょっと感慨深い。

 まあこれも全部、元の「ヴァイオレット」の人格が頑張ったことなんだけど。


 それにしても、元の「ヴァイオレット」は一体どこに行ってしまったんだろう。


 転生して前世のことを思い出したというよりかは、ヴァイオレットの身体の中に私の人格が入り込んでしまったというイメージ。

 あくまで私にとって、この身体は借り物と言った方が的確な表現だと考えている。


 「ヴァイオレット」は一体どこへ行ってしまったんだろう。

 もし彼女が戻って来たとき、私はどこへ行ってしまうんだろう。


 しかし「ヴァイオレット」が戻ってこようが戻ってこまいが、少なくとも私のするべきことは決まっていた。


 頑張って生きることだ。


 一応は美少女に転生したんだから、悔いのないように自由に生きよう。


 でも、あれ?

 私、そもそもなんで死んじゃったんだろう?


 その辺は全然記憶にない。


 というか、考えてみれば私がいくつだったのかも、どういう家族構成だったのかも、友人の顔さえも思い出せない。

 覚えているのは、ここが乙女ゲームの世界だということだけ。


 私は一体誰?


「ヴァイオレット!」


 名前を呼ばれて、私は飛び上がる。

「な、何よ、ゼロ!」

「今すぐここを経って、中央都市に戻るぞ!」


 村からの道筋から、背の高い男が現れた。

 
「うん!」

 私は返事をして、荷物をまとめる。


 ――だが、おかしな点が1つ。

「あれ? 連れてきちゃったの?」


 近づいてくるゼロの脇に抱えられているのは、今回の依頼者であるパーシーだった。

「聞いてくれよ。こいつな」


 ゼロは吐き捨てた。

「こんなはした金で、俺たちに仕事させたみたいだぜ」


 彼が投げてよこしたのは、小さな麻袋。


 私はそれを開けて中身を確認する。


 その中には、1枚の銅貨だけが入っていた。
 
 
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