そんなに別れたいとおっしゃるなら、承知いたしました

小倉みち

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屋敷

「……で」


 父は張りついた笑みを男爵に向ける。

「お話というのは、一体なんでしょうか?」




 私とフィルは、レナの父親を馬車に乗せた。

 逃げようとする男爵だったが、さっきの揉み合いで集まってきた野次馬たちの視線に耐えきれず、渋々馬車に自分から乗った。

 気まずい空気の中、私はそれに気圧されずに窓の外を見つめる。


 この男が殿下と同じく「モラハラ男」であれば、私が出来ることは1つ。

 彼が苦手とする人間を同席させることだ。


「……」


 レナの父親は、子どものように口を噤んで黙ってしまう。


 思った通り、この人は女子どもにしか強く出られない。

 フィルやお父様のような男性、とりわけ自分よりも身分の高い者に対しては、途端に何も言えなくなるのだ。


「お父様。先日この方の娘が暴力事件に巻き込まれたそうなの」


 何も言えない男爵の代わりに、心優しい私が説明してあげた。


「なっ……」


 何か言いたげな男爵だったが、お父様に見つめられ、黙り込む。


「それで?」

「その被害者がレナさん――この方の娘で、加害者がセシル殿下だそうです。その件について、この方は私が関わっているとお怒りになっております」

「「は?」」


 お父様とお母様は、同時に顔をしかめた。

「いや、あの、それは――」

 慌てる男爵に、お父様は言う。

「一体どういうことですか?」

「そ、その……。スカーレット嬢はセシル殿下の婚約者で――」

「先日、セシル殿下と我が娘の婚約破棄がなされたのはご存じかと思っていましたが。王家からの通達は確認されましたか?」

「……はい」


 顔を赤くしてもじもじする男爵を見て、私はぼんやりと考えた。


 この人は一体何を考えているのだろうか。

 一体何を持って、私がレナを傷つけたと考えたのだろう。


「それと、娘があなたのお嬢さんに危害を加えたというお話ですが、一体どこにその根拠があるのです?」

「それは、娘が……」

「娘さんが?」

「む、娘がそうだと……」


 私はため息をついた。


 レナは、なぜそこまで私に突っかかろうとするのか。


「では、娘さんの発言を信じて、わざわざ娘に文句を言いに学園まで足をお運びになったということですか」

 父は淡々と言った。

「ご苦労様です」

 お母様が嫌味を言った。


「む、娘の勘違いだったようで、申し訳ございません。これで私は失礼させていただきます」


 自分が恥をかくのが耐え切れなくなった男爵は、早口でそう言ってソファから立ち上がる。


「いえいえ、お待ちください」

 
 お父様は、至極紳士的に彼を呼び止める。

「せっかくお越しくださったのだから、もう少しゆっくりしていってください」

「いやでも、あの……」

「ええ、そうですわ。それが良いわね」


 お母様は立ち上がり、使用人たちに紅茶のお代わりを用意するよう命じた。


「来ていただけて良かった。ちょうどこちらも、あなたに用事があったんですよ」

 と、お父様。

「えっ」

「スカーレットが数日休学していた理由はご存じですか? 男爵殿」


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