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第1章

憂鬱

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 ああ、憂鬱だ。


 私はため息をついた。


 憂鬱だ。

 憂鬱すぎる。


 毎日が憂鬱だ。


 本当に。


「そんなにため息をつきますと」

 メイドのカレンが、呆れたように言う。


 彼女は私付きのメイドだ。


「幸せが逃げますよ」

「……私が幸せだとでも」

「当然でしょう。セレーナ様が幸せじゃないなら、この国全員が不幸です」


 カレンは櫛を私の髪に差し込んだ。


 赤で癖毛の髪。

 毎回梳くのに苦労する。

 髪がどこかしらで絡まっていて、それが櫛に引っかかって痛い。


「そう? じゃあ、あなたには友達が何人いるの?」

「友達ですか?」

「そう、友達。何人?」

「そうですねぇ……。1,2,3,4――」


 カレンは片手で私の髪を梳き、もう片方で指を1本1本折っていく。


「はあ?」

「なんでそんなに怒ってるんですか……」

「……チッ」


 ふざけんなよ。


「セレーナ様、舌打ちは淑女として」

「あーあーはいはいはい、わかってるわよ」


 私は顎に手を当てる。


 別に険悪なムードとかそんなものではない。

 ただ、私たちは毎日こんな不毛なやり取りをしているのだ。


「そんな口の利き方じゃ、いつまで経っても友達が出来ませんよ」

「……なんで私の神経を逆なでするようなこと言うのよ、あなた――痛っ」


 カレンは私の髪を強引に引っ張った。

「何すんのよ」


 私は、鏡越しでカレンを睨む。

「髪を梳いています」

 カレンはすげなく返してきた。

「私、あなたの主人なのよ。ちょっとくらい優しくしてよ!」

「ご主人様は、あなたのお父様です。私は公爵様に命じられて、あなたのお世話をしているのですから」

「だからって、酷いわ」

「公爵様からは、お嬢様を厳しくしつけるよう仰せつかっておりますゆえ」

「……」


 これを言われちゃ、私はどうしようも出来ない。

 せめてものし返して、カレンをひたすら睨み続けた。


 私は生まれてこの方、口でカレンに勝てたことがない。


 カレンは、私の髪を梳きながら続ける。


「良いですか、お嬢様。毎日言っていますが、学校が嫌だからと言って私に当たらないでくださいね」

「はいはい」


 私は額を手で押さえる。

「あー、なんだか頭痛がー」

「それと、仮病も」


 カレンは髪を素早く1つに纏め、ぐいっと後ろに引っ張る。


「痛っ」


 私は悲鳴を上げる。

「我慢してください。すぐに終わりますから」


 カレンは慣れた手つきでリボンを私の髪に巻き付けた。


「はい。支度は以上です。これを持ってください」


 カレンに通学鞄を手渡された。


 それを見て、私はもう一度深いため息をつく。


「学校、行きましょう」

「……」


 カレンは堅物だ。

 私のためにズルしてくれるような人間じゃない。


 そんなことは、この10年でしっかり身に染みていた。


 つまり、私が学校へ行くことは、決定事項。


 私は吐きそうなほど嫌な気持ちを抱えながら、のろのろと自分の部屋の扉を開けた。

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