【本編完結】キミの記憶が戻るまで

こうらい ゆあ

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 商業施設やオフィスビルが立ち並ぶちょっと大きな街。
 たくさんの人が行き交い、平日の昼間でもいつも賑わっている。
 オレが働いている職場の本社があるのも、この一角だ。

 久々に訪れたロビーの広さを見て、間抜けにもつい口が開いたまま辺りをキョロキョロと見渡す。
 大理石でできた床に、革靴の足音がカツカツと反響している。
「やっぱ本社になると人が多いなぁ……」
 あまりの人の多さについ唸ってしまう。
 福岡のお土産が大量に入った紙袋がずっしりと重く、手に食い込む。

 この時間は、食事を終えたサラリーマンたちが続々と戻ってきたせいでエレベーターホールには、ちょっとした人だかりができていた。
 エレベーターは複数あるとはいえ、この時間帯はやっぱりどこも混雑しているようだった。

 次のエレベーターが降りてくるのを大人しく待っていたが、琥太郎が働いているはずの階にエレベーターが停まるのを見て、オレは胸がギュッと締め付けられる。
 どうしよう……もし、ここで偶然でも会っちゃったら……迷惑、だよな……
 琥太郎に会う確率なんて、少ないのはわかっている。
 でも、万が一会ってしまったら、また嫌な顔をされるんじゃないかって思って、胃がキリキリと痛んだ。

 階段、にしようかな。
 エレベーターを待つ人は徐々に減っているものの、どうしても足が竦んでしまって乗ることができなかった。
 誰にも気づかれないように小さくため息を吐き出し、ひとり、階段へと足を向ける。
 非常階段に通じる金属のドアを押し開け、誰もいないことを確認してからそっと扉を閉めた。
 オレが向かうのは、人事部がある6階だ。
 結構階段はあるけど、登れない距離じゃない。
 普段からホール内を歩き回っているし、体力には自信がある。
 これくらい、全然余裕だ。
 ってのは建前で、本当は琥太郎に会うのが怖いから、絶対に顔を合わせない場所を選んだだけ。
 琥太郎、階段は使わないっぽいしね……

 コツ、コツと階段をゆっくりと昇っていく。
 
 そういえば、オレ、司馬に告白されてたんだっけ……
『俺が好きなのは……お前だよ、竹内』
 福岡でのあの居酒屋での出来事を思い出し、顔が赤くなってしまう。
 真剣な眼差しでオレの目をジッと見つめ、オレのことがずっと好きだったと言ってくれた司馬。
 手のひらに感じた司馬の吐息が熱くて、なんて答えればいいのかわからなくなった。
 ずっと、ずっと、友だちでありライバルだと思ってた。
 思ってたのに……
 あの司馬が、オレみたいな奴をねぇ……
 気持ちは嬉しいけど、やっぱり無理、かな……

 誰もいないのを良いことにクスっと笑みが零れる。
 司馬は良いやつだし、カッコいいけど、オレなんかにはもったいなさ過ぎる。
 琥太郎も、オレなんかと付き合ってるのは間違いだったんだと思う。
 実際、オレは恋人なんかじゃなかったし……
 オレの勘違いだったから、あれってセフレってやつだったのかな?
 うわぁ……それ、めっちゃ痛いヤツじゃん……
 だったら、司馬と付き合うのも……いや、それは違うか……
 そんな不純な動機に司馬を巻き込むのはダメだと思う。
 というか、恋人は……当分、いらないかも。
 誰かを好きになるなんて、もう無理だと思う。

 それに、琥太郎以上に好きな人なんて……オレには作れそうにないから……
 はぁ……オレ、自分がこんなに弱い奴だったなんて知らなかった。
 琥太郎とはこれからもずっと一緒にいれると思ってた。
 ずっと、好きな人と一緒に過ごせて、好きな仕事を続けられると思ってた。

 ぐるぐると続く階段。
 二階、三階と上がってきて、徐々に息が切れる。
「はぁ~……階段、しんど……」
 階段の壁に手をつき、息を整える。
 体力はある方だと思っていたけど、仕事と階段の昇降運動はやっぱり違うっぽい。
 単調な階段を上がり続けていると、嫌でも考えなくていいこと、色々考えちゃう……
 琥太郎、今は幸せなのかな……
 オレが居なくなって、やっと本当に好きな人と一緒になれたんだもんね。
 幸せじゃないはず、ないか……

 本当は、今日、外に出るのも怖かった。
 ここに来るのも、怖くてしかたなかった。
 でも、オレが前に進むためには、こうするしかないから……

 三階の踊り場に到着すると、膝に手を置いてゆっくりと息を吐き出す。
 窓もない非常階段は階を示す数字とそれを照らす照明がチカチカと揺れているのが見えるだけだ。
 窓があれば結構いい景色が見えそうなんだけど、それだと非常時に困るんだっけ?
 四階のどこかに、琥太郎が働いているオフィスがあったと思う。
 本社で会う時は、いつもどこかの会議室を借りていたから、琥太郎のデスクがどこなのか全然知らないんだよね。
 多分、知られたくなかったんだろうなぁ~……
 階段の埃っぽい匂いが鼻を突き、汗が額ににじむ。
 五階に着いたときには、腿の筋肉がピクピク震え息が上がってしまっていた。
 オレ、こんな体力なかったの?
 自分の体力の無さが情けなくなってくる。
 あと一階。
 人事部があるのはこの上だ。
 ちょっとだけ休憩したら、行こう。
 そう思って階段の一番上で座っていると、不意に後ろから声を掛けられる。

「竹内朝陽さんですよね」
 鈴を鳴らしたような軽やかな声。
 どこかで聞いたことがある声だったけど、誰だろ?
 顔を上げると、俺よりも少し背の低そうな人が背後に立っていた。
 清掃員の人っぽいグレーのツナギを着て、目深に被った帽子のせいで目元は影になっており、鼻より下しか見えない。
 それなのに、彼の姿を見た瞬間、心臓がバクバクと跳ねた。
 背筋を冷たいものがツゥーと流れ落ち、呼吸が止まりそうになる。
「えっと……あ、はい。そうです……けど、なんで……名前……」
 こんな場所で人に会うとは思ってもいなかった。
 というより、なんでオレの名前を知っているんだろう?
 オレの勤務先はここじゃないから、オレのことを知ってる業者さんなんて居ないはずだ。

「あ、あの……どなた様でしょうか……?」
 帽子のせいでハッキリと顔が見えないこともあり、警戒してしまう。
 でも、形の良い唇が歪な笑みを浮かべているのが印象的で、目を離すことができなかった。
「よかったぁ~。間違ってたら大変だからね」
 どこか安堵したような嬉しそうな声で言われ、余計に警戒してしまう。
 さっきから香る甘いシャンプーの匂いが、彼が動くたびに強く匂ってくる。
「ここで会えなかったらどうしようかと思っちゃった。階段に向かうのを見て、急いでエレベーターに乗ったんだよね」
 キャッキャッと嬉しそうな声で言われるも、さっきから冷や汗が背筋を伝い落ちる。
 この声、なんとなく最近聞いたことがある気がする。
 オレにとって思い出したくない人の声。
 一番会いたくない人の声に、凄く似ていた。
「せっかく会えたから、やることさっさとヤらなきゃね♪誰かに見られたら大変だもん♪」
 オレの話は一切聞いてくれないようだ。
 自分が言いたいことを嬉しそうに話し、クルクルと階段の踊り場で踊っている彼の帽子がふわりと外れ、階段の下へとゆっくりと落ちていく。
 
「ホント、会えてよかったぁ~。でも、サヨナラ。さっさと消えてね」
 彼の顔が見えた瞬間、誰なのか分かった。
 淡い栗毛色の髪に大きな瞳が印象的な、琥太郎の恋人だと名乗った人だった。
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