【本編完結】キミの記憶が戻るまで

こうらい ゆあ

文字の大きさ
13 / 28

side-琥太郎 6.

しおりを挟む
「おはようございます、櫻井さん。もう怪我は治ったんですか?……時間、少しもらってもいいですか?話したいことがあるので……」
 会社に着くと、そこには見知った忌々しい奴がいた。
 朝のオフィスはまだ静かで、俺以外に出勤している人はまだ少なかった。
 自動販売機のブーンという低音と、遠くのエレベーターの開閉音だけが、微かに廊下に響いている。

「わかった」
 俺たちは、まだ誰もいないはずの給湯室へと向かった。
 この時間なら、誰かに会話を聞かれることもないだろうと思い、ここを選んだ。
 本来コイツはこっちの本社に出社することのない人間だ。
 営業している店舗の中でもぶっちぎりで売り上げも高く、連日忙しいはずの人間が、なぜか当然のように俺の前に居る。
「久しぶりだな、司馬くん。福岡での新店準備の手伝い、お疲れ様。まさか、多忙である店長職の君が朝陽を追ってわざわざ手伝いに行くとは思ってもいなかったよ」
 穏やかな口調で話しかけるものの、内心嫉妬と怒りで腸が煮えくり返りそうだった。
 わざわざシフト調整をし、事前の準備をしっかりと行ってまで、今回の出張を勝ち取りやがった。

 俺にとって、店舗で働く人とは顔を合わせる機会は著しく少ない。
 朝陽のことは当然覚えているが、他の人のことは、結構適当にしか覚えていないのが事実だ。
 だが、コイツだけは嫌でも覚えている。
 覚える気が一切なくとも、嫌でも覚えさせられた。
【司馬 駿シュン
 人当たりも良く、上からも下からも人気があり、本社でも一目置かれている。
 早々に店長へと昇進したのは当然だといえる実力も兼ね備えている。
 ただそれだけなら、嫌悪することもなかった。
 コイツを覚えた切っ掛けは、朝陽と同期入社で、一番仲の良い友人だと言われたからだ。
 コイツが朝陽のいる店舗に来ると、朝陽が嬉しそうにするのがムカつく。
 全ての話題がコイツのことになるし、嬉しそうに話しをする朝陽の笑顔にイライラしてしまう。
 しかも、コイツが朝陽を狙っているのはあからさまだ。
 だから、俺はコイツが嫌いだった。

 今日の司馬は、店舗で来ているコックコートではなく、ダークグレーのスーツ姿だ。
 さっきから切れ長の鋭い瞳が射殺さんばかりに俺を睨み付けている。
 給湯室の蛍光灯が頭上でチカチカと怪しい光を放っていた。
「…………」
 重い沈黙が流れる。
 給湯室の時計の針がカチカチと音を立て、俺の心臓の鼓動がそれに重なり、息が苦しい。
 司馬の指がシンクの縁をコツコツと叩き、不規則なリズムが不快感を煽ってくる。

「……櫻井さん。聞きましたよ、竹内のことは遊びだったんですね」
 沈黙を破ったのは司馬からだった。
 苛立ちを含んだ声には、あからさまな侮蔑の感情が滲んでいる。
「アイツ、あんたが事故に遭ったって聞いて、必死に頼み込んで休みをもらって駆け付けたのに、ボロボロになって帰って来たんですよ」
 給湯室に司馬の鋭い言葉が響く。
「アイツ、泣いてましたよ。自分は本当は恋人じゃなかったって……。自分だけが恋人だと勘違いしてたって……」
 噛み付かんばかりの殺気を隠すことなく言葉にしてくる。
「アイツが幸せなら……って、諦めてましたが……。アンタがアイツを、竹内をそんな風に扱うなら、俺がもらう!竹内は俺が幸せにする」
 司馬は今まで以上に軽蔑した目で俺を睨み付け、宣戦布告してきた。
 あまりの勢いに、一瞬言葉が詰まる。

「……俺が、朝陽を傷つけたのは間違いない。だが、俺の大切な恋人は朝陽だけだ。お前に、司馬に朝陽をやるつもりはない」
 強い意志を持って司馬を睨み返し、俺は宣言する。
 この気持ちに嘘偽りなんてない。
 俺が愛しているのは、朝陽ただひとりだ。
 声が震えるのを抑え、拳を握りしめる。
 朝陽の笑顔、朝陽の温もり、朝陽は……すべてが俺のものだ。司馬に渡すわけがない。
「……アンタ、記憶が……なら、だったら!なんで早く竹内に連絡してやらないんだ!アイツがどれだけ傷付いたのかわかってるのか!」
 俺の胸ぐらを掴み、怒鳴りつけてくる。
 しかし、俺は一切抵抗しようとは思わなかった。

「アイツが……アイツが、どんな思いでいたのか知っているのか?周りに心配掛けまいと必死に強がって、いつも通りを装って働いてたアイツを……。なんで、先に安心させてやらないんだよ!それとも、アイツは本当に遊びで、例のヤツが本命だって言うのか?」
 息苦しさに表情が歪むも、俺は抵抗することも言い返すこともできずにいた。
 ただ、司馬の言葉を聞いて、朝陽のことを思い浮かべていた。
「アンタがそういう態度なら、さっさと竹内の側から消えろよ。アイツは俺がもらう。俺ならアイツをあんな風に泣かせたりしない」
 司馬の拳が震え、俺のシャツが擦れる音が耳に響く。
 殴られるのを覚悟していたが、突き飛ばすように離れる司馬に、俺は何も言い返すことができなかった。

 司馬の指が俺のシャツから離れる瞬間、なぜか司馬の方が苦し気な表情を浮かべているのに気づいた。
 朝陽は、コイツの前で泣いたのか?
 強がりで、人前で泣くことのない朝陽が……
 俺と付き合っているのを必死に隠していた朝陽が、コイツには伝えていたのか?
 コイツには、どこまで話した?
 コイツに……どこまで心を許していた?

 醜い嫉妬心が沸々と湧いてくる。
 今すぐ朝陽と会って、全てを確認したい。
 俺のことも、朝陽のことも、全て……

 まさか、朝陽はもうコイツと……
 嫌なことを想像してしまい、吐き気がする。
 朝陽の柔らかい髪、細い指――全て、俺のものなのに……
 だが、今は……

「まだ……まだ、朝陽には会えない。今、会えば……アイツが朝陽に何をするかわからない」
 絞り出すように口にした言葉は、掠れて小さなものだった。
 それでも司馬の耳には届いていたのか、嫌悪感を隠さず睨み付けてくる。
「アイツって誰のことを言っているんですか?まさか、例の本命の恋人ですか?そっちが本命なら、竹内は関係ないでしょう」
 俺のことを鼻で笑い、軽蔑した視線を向けてくる司馬に俺は首を横に振ることしかできない。
「……アイツは、俺のストーカーだ。俺の記憶が戻ったのがわかれば、朝陽に危害がいくかもしれない。だから、今は会えない」
 下唇の内側を噛み締め、苦い想いを口にする。
 アイツの……守の執着は異常だ。
 アイツは自分ごと俺を階段から突き落とした。
 アイツが見つからない限り、朝陽を守るためには距離を置くしかない。

「……だったら、アンタが側にいて守れよ。なんで、こんな所でウジウジしてんだよ!いつも周りに牽制しまくってるくせに!」
 司馬が舌打ちをしながら俺の肩を突き飛ばしてくる。
 反動で壁にぶつかるも、そんなに強い力ではなかったのか、肩が微かに痛むだけだった。
 傷付いた朝陽の心の痛みに比べれば、何でもない。
 司馬の言葉が正しい。
 俺は朝陽を守るべきなのに、怖気づいている。

「……竹内、今日は本社に話があるって言ってた。もう少ししたら来るはずだ」
 司馬の声が給湯室に響き、朝陽の名前が胸を刺す。
 
 朝陽が、もうすぐ来る。
 だが……あんなことを言った俺が、朝陽に会いに行っていいのか……
 まだ、答えが出ない。

 朝陽に会いたい。
 謝りたい。抱きしめたい。

 でも、今は――
しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

忘れ物

うりぼう
BL
記憶喪失もの 事故で記憶を失った真樹。 恋人である律は一番傍にいながらも自分が恋人だと言い出せない。 そんな中、真樹が昔から好きだった女性と付き合い始め…… というお話です。

愛される奇蹟

こうらい ゆあ
BL
姉の結婚式の日、式場から抜け出し散策をしていると姉が大好きなモデルに鉢合わせしてしまう その事がきっかけで時々会うようになり...

六年目の恋、もう一度手をつなぐ

高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。 順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。 「もう、おればっかりが好きなんやろか?」 馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。 そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。 嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き…… 「そっちがその気なら、もういい!」 堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……? 倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡

βでいるから、そばにいさせて

こうらい ゆあ
BL
幼馴染でαの蓮也が、10年ぶりに帰国。βの執事・陽彩は彼に仕えながら、自身の秘密を隠す。蓮也の番候補として集められたΩたちと、陽彩の複雑な想いが交錯する中、夜の部屋での再会が二人の関係を揺さぶる。過去の約束と秘めた想いが絡み合い、陽彩は蓮也のそばにいるため決意を新たにするが…。心揺れる再会と禁断の秘密が、切なくも惹きつけ合うふたりのお話です。

キミと2回目の恋をしよう

なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。 彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。 彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。 「どこかに旅行だったの?」 傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。 彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。 彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが… 彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?

平凡な僕が優しい彼氏と別れる方法

あと
BL
「よし!別れよう!」 元遊び人の現爽やか風受けには激重執着男×ちょっとネガティブな鈍感天然アホの子 昔チャラかった癖に手を出してくれない攻めに憤った受けが、もしかしたら他に好きな人がいる!?と思い込み、別れようとする……?みたいな話です。 攻めの女性関係匂わせや攻めフェラがあり、苦手な人はブラウザバックで。    ……これはメンヘラなのではないか?という説もあります。 pixivでも投稿しています。 攻め:九條隼人 受け:田辺光希 友人:石川優希 ひよったら消します。 誤字脱字はサイレント修正します。 また、内容もサイレント修正する時もあります。 定期的にタグ整理します。ご了承ください。 批判・中傷コメントはお控えください。 見つけ次第削除いたします。

「君と番になるつもりはない」と言われたのに記憶喪失の夫から愛情フェロモンが溢れてきます

grotta
BL
【フェロモン過多の記憶喪失アルファ×自己肯定感低め深窓の令息オメガ】 オスカー・ブラントは皇太子との縁談が立ち消えになり別の相手――帝国陸軍近衛騎兵隊長ヘルムート・クラッセン侯爵へ嫁ぐことになる。 以前一度助けてもらった彼にオスカーは好感を持っており、新婚生活に期待を抱く。 しかし結婚早々夫から「つがいにはならない」と宣言されてしまった。 予想外の冷遇に落ち込むオスカーだったが、ある日夫が頭に怪我をして記憶喪失に。 すると今まで抑えられていたαのフェロモンが溢れ、夫に触れると「愛しい」という感情まで漏れ聞こえるように…。 彼の突然の変化に戸惑うが、徐々にヘルムートに惹かれて心を開いていくオスカー。しかし彼の記憶が戻ってまた冷たくされるのが怖くなる。   ある日寝ぼけた夫の口から知らぬ女性の名前が出る。彼には心に秘めた相手がいるのだと悟り、記憶喪失の彼から与えられていたのが偽りの愛だと悟る。 夫とすれ違う中、皇太子がオスカーに強引に復縁を迫ってきて…? 夫ヘルムートが隠している秘密とはなんなのか。傷ついたオスカーは皇太子と夫どちらを選ぶのか? ※以前ショートで書いた話を改変しオメガバースにして公募に出したものになります。(結末や設定は全然違います) ※3万8千字程度の短編です

【完結】1億あげるから俺とキスして

SKYTRICK
BL
校内で有名な金持ち美形記憶喪失先輩×取り柄のない平凡鈍感後輩 ——真紀人先輩、全て忘れてしまったんですね 司の恋は高校時代の一度だけ。二学年上の真紀人とは一年にも満たない交流だったけれど、それでも司は真紀人への恋を忘れられずにいた。 名門私立校に生活を切り詰めながら通っていた一般家庭の司とは違って、真紀人は上流階級の人間だった。二人の交流は傍目から見ても異様で、最後に別れた日は、司にとっても悲しい記憶になっている。 先に卒業した真紀人と会うこともないまま司も高校を卒業し九年が経った。 真紀人は会社を立ち上げ、若手社長として見事に成功している。司は恋を忘れられないまま、彼とは無縁の人生を歩むが、突如として勤めていた会社が倒産し無職になってしまう。 途方に暮れた司だが、偶然にも真紀人の会社から声をかけられる。自分が真紀人と知り合いだと知らない社員は話を進め、とうとう真紀人との面接に至ってしまう。 このままだとダメだ。なぜなら自分たちの別れは最悪すぎる。追い返されるに決まっている。顔面蒼白する司だが、真紀人の反応は違った。 「俺とお前がただの知り合いなのか?」 事故で記憶に障害を受けた真紀人は、司を忘れていたのだ。 彼は言った。 「そんなわけがない」「もしそうなら俺は頭がおかしいな——……」 ⭐︎一言でも感想嬉しいです。

処理中です...