【本編完結】キミの記憶が戻るまで

こうらい ゆあ

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side-朝陽  6.

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 福岡から戻ってきたオレは、ひとり寂しく自分の部屋に戻ってきた。
 誰も待っていない、冷たく寂しい部屋。
 玄関の鍵を回す音が静かな部屋に響き、ドアの向こうから冷たい空気が流れ込んでくる。
 アパートの木製のドアが軋み、薄暗い蛍光灯の光が部屋を照らしている。
 カーテンの隙間から差し込まれた夕陽が、ほんのりオレンジ色に部屋を染めていた。
 靴を脱ぐ足音が床に虚しく反響し、誰もいない空間がオレの心をさらに重くする。

「ただ、いま……」
 誰もいない部屋に向かって、オレは小さく声を掛ける。
『ひよ、お帰り。俺に会えなくて寂しかったか?』
 背後からギュッと抱きしめてくれる彼の幻影に、つい深い溜息が漏れ出てしまう。
 部屋に居て、思い浮かぶのは彼との思い出ばかりだ。
 オレがキッチンで料理をしていると、彼がソファー越しにソワソワとこっちを見てきて、子どもみたいで可愛いって思ったこと。
 夕飯が終わって、後片付けをしようとしたら腕を引っ張られて彼の膝の上に座らされたこと。
 彼の温かい手がオレを包み込んでくれて、頬を撫でる手が優しくて、蕩けるような口付けを何度もしてくれた。
 キッチンの鍋から立ち上るお味噌汁の良い香りと琥太郎の香水の匂いが混じって、幸せな空気が部屋に満ちていた。
 一緒に夕飯を食べて、お風呂に入るまではゆっくりふたりで並んでソファーに座ってテレビを見る。
 何気ない日常だけど、オレにとっては幸せな日々だった。

 でも、今はそんな温もりがなく、部屋の空気が冷えて肌を刺す。
 思い出したくないのに、この部屋にいるだけで色んな思い出が勝手に頭の中を巡っていく。
『早くひよと一緒に暮らしたい。俺の帰ってくる場所は、いつでもひよの側がいい』
 テーブルに頬杖を付きながら、オレのことを見つめてくれたあの温かな瞳。
 オレだけだと思ってた。
 彼の……琥太郎の、恋人は……

 けど、あの言葉は全部嘘だったんだってわかった。
 だから、オレが一緒に暮らす?って誘ったとき、困ってたのかも。
 本当は、オレなんかよりずっと大切な人がいたから……一緒に居たくなかったんだろうな……
 はぁ……それなら、さっさと言ってくれたらよかったのに。

 病院であの言葉を言った琥太郎の顔が、今でも脳裏に焼き付いて離れない。
 本当に、本当に……オレのこと、嫌いだって顔をしてた。
 二度と顔も見たくないって言葉は、噓なんかじゃないって言ってるようだった。
 ずっと、オレは彼を苦しめていたのかも……
 オレ……琥太郎の、ストーカーだったのかな?
 胸の奥がズキズキと痛み、息が浅くなる。
「今日は……シャワーで、いっか……」
 何もやる気が起きなくて、気持ちを切り替えるために熱いシャワーを浴びた。
 その後、普段は飲まないビールを一気に飲み干す。
 彼の笑顔が脳裏に浮かぶたび、押し流すようにビールの苦味と一緒に飲み込んだ。
 テレビの音量を少し大きくして、できるだけ寂しさを紛らわせた。

 流れてくるニュースの声が部屋に響き、缶ビールの冷たい感触が手に残る。
 ボスリとソファーに身体を預けるとクッションが沈み、ほんの少しだけ、彼の香水の匂いがした気がした。
「明日はまだ休みを取ってるけど、本社に顔を出さなきゃ……。色々、相談したいこともあるし……」
 飲み干した缶をテーブルに置き、ふわふわのクッションを抱きしめる。
「コタ……営業に出ていればいいなぁ……」
 無意識に漏れ出た言葉が胸を締め付ける。
 クッションを強く抱きしめ、顔を埋めて匂いを嗅ぐ。
 琥太郎のシトラス系の香水が微かに残っていて、無意識に涙がにじんだ。
 
 テレビから流れてくる天気予報では、明日は快晴だと天気予報のお姉さんが笑顔で言っている。
 無意味に明るい晴れマークを見て、つい八つ当たりをしたくなってしまう。
 オレの心は曇り空なのに、無駄に晴れなんて……雨、降ればいいのに……
『朝陽、帰って来たらデートに行こうな。朝陽の行きたい場所、どこでも連れて行ってやる』
 福岡にいるときに彼が電話越しに言ってくれた言葉。
 あれも、嘘だったんだ……
 オレの機嫌を取らなきゃ、なにかされるって思ってたのかな?
 ……あの子のこと、知らないからそんな心配もなかったのに……

 ビールの缶を煽ぐも、もう中身は残っていなかった。
 空っぽになってしまった缶をローテーブルに置くと同時に、またため息が漏れてしまう。

 本当は会いたい。
 遠くからでも、コタの元気な姿を確かめたい。
 会って「ただいま」って、言いたい。
 けど……彼が待っているのはオレじゃない。
 深いため息と一緒に気持ちまでが抜け出してしまいそうになる。

 今日、帰って来るとき、新幹線の中で色々と今後について考えた。
 このままこの家に居ても、オレはいつまでも琥太郎のことを今みたいに思い出してしまうと思う。
 それに、この街に居たら、どこであのふたりに鉢合わせしちゃうかもわからない。
 スーパーとか、コンビニとか、家の近所とか……
 ふたりが仲睦まじく買い物をしている姿を見たら、冷静でいられる自信がない……
 人目も気にせず、泣いてしまうかもしれない……
 だったら、オレが働く場所を変えるのが一番かな?って思った。

 今の店のメンバーのことは大好きだし、すっごく働きやすい職場環境なのは確かだけど……
 琥太郎と顔を合わせてしまう場合があるからね。
『二度と顔も見たくない』
 あの日、彼に言われた冷たい言葉が耳の奥で反響する。
「……コタに、あんなこと、言わせちゃった。それだけ、オレのこと……嫌いになってたんだろうなぁ……」
 思い出すだけで胸の奥がズキズキと痛み、涙が零れ落ちそうになる。
 慌てて目元を手で擦って、何もなかったことにする。

「福岡の店舗、すっごくよかったなぁ~。希望出したら、移動させてくれたりするかな……」
 福岡の新店舗の喧騒を思い出し、クスっと笑みが零れる。
 福岡、醤油は甘かったけどご飯美味しかったし……
 スタッフの子もみんないい子だった。
 福岡の店で出会ったスタッフの顔が浮かぶ。
 明るい笑顔の女の子、ベテラン風の新人おじさん。
 みんな、短い期間だったのに、オレを温かく迎えてくれた。

「でも、名古屋とか、東京もいいなぁ~。東京は……ちょっと難しいかな?北陸とかもいいなぁ~。ご飯、美味しいところが、いいなぁ……」
 ひとり言を呟く声が虚しく室内に響く。
 大丈夫。
 オレなら、新しい場所でも、なんとかなると思う。
 うん。ここを離れた方が……オレにとっても、琥太郎にとっても、いいんだと思う。
 新しい街で、新しい思い出を作って、過去を塗り替えるべきなんだと思う。
 
 二本目のビールを冷蔵庫から取り出し、カシュッとプルタブを開ける。
 グビッと一気にビールを煽ると、苦い液体が喉を滑り、胸のモヤモヤを少し溶かしてくれた気がした。

「よし!オレの決意が鈍る前にさっさと書いちゃおう!」
 ローテーブルに準備していた白い紙に、丁寧に文字を認め始まる。
 明日、人事の人に伝えよう。
 その後、店舗の方にもよって、お土産を渡すついでに、店長にも伝えよう。
 今すぐってのは難しいから、できるだけ早くってお願いもしないと……
 明日、本社に行ってコタと会わなきゃいいなぁ……
 会っちゃうと、オレの決意が鈍っちゃいそうだから……

 床に置いていたお土産の袋の中身がチラリと目に入る。
 福岡の名物で、人気のお土産。
 琥太郎が、一番好きって言ってたお土産が、箱の中に入っている。
「琥太郎……食べてくれるかな?オレが渡したってわかったら、要らないって言うのかな?」
 辞める決意ができたのに、彼のことを考えるだけで決意が揺らぐ。
 
「……会いたく、ないなぁ……琥太郎、いないと……いいなぁ……」
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