【完結】世界で一番愛しい人

こうらい ゆあ

文字の大きさ
4 / 37

3.

しおりを挟む
「何時、だろ……」
 彼が一瞬だけ帰ってきてくれた時は、まだ外が明るかったと思う。
 カーテンの隙間から光が入って来ていたが、今は暗闇が部屋を埋め尽くしている。
 灯りの灯らない部屋だけど、ボーっと眺めているとなんとなく部屋の全貌が見えてくる。
 寝落ちしてしまう前と変わらない、乱雑な部屋。
 2人の寝室だったはずなのに、最近は僕1人でしか使われていない部屋。
 発情期ヒートのたびに彼の服をベッドいっぱいに集めて巣を作り、終わったら洗濯をする。
 洗濯するたびに彼の匂いは薄れていき、柔軟の匂いだけが残される。
 彼の匂いを求めてギュッと抱きしめて顔を埋め、縋り付いていたせいで、今は……僕の匂いしかしない……。

 誰の服で、巣を作っているんだろう……
 誰の為に、巣を作っているんだろう……

 浮かんでは消える疑念。
 愛しい人の顔も声も覚えているのに、彼の匂いを思い出せない。
 久しぶりに会いに来てくれたのに、彼の匂いに混じる別のΩの匂い。
 ……嫉妬なんて、したくないのに……

 暗い感情が心の中を占めていくのを感じる。
 運命の彼はどう思ってるんだろう……
 ずっと、ずっと……僕のつがいと一緒に居ることに、罪悪感なんてないのかな……
 彼が現れなければ……


 暗い感情に呑まれそうになった時、不意にガチャッと玄関を開く音が聞こえた。
 シゲルさん、帰ってきてくれたのかな...…
 やっぱり、僕のことを思って帰って来てくれたのかな……
 今日は、一緒に居てくれるのかな……
 せめて、シゲルさんの匂いがする服、欲しいな……

 起きて、ちゃんと出迎えなきゃって思うのに、身体が鉛みたいに重くて動けない。
 瞼が重くて、腕が重くて、元気がでない。

 ベッドで横になったまま動けずにいると、静かに寝室の扉が開けられた。
 廊下の電気は付けられたのか、開かれた扉から光が差し込んでくる。
 逆光になっているせいで、中の様子を伺うように入ってきた人の顔はわからない。
 でも、動きや身長を考えるとずっと待っていた愛しい人ではないのがわかる。

 シゲルさんじゃ、ないんだ……
「ミツ……」
 僕の名前を呼ぶ人。
 僕のことを昔から知ってる人。
 僕の大切な幼馴染。
 僕の、誰にも知られちゃいけない、初恋相手……

 シゲルさんじゃなかった事への虚しさを感じると同時に、ハルくんだった事の安堵感に力が抜ける。
「ミツ、大丈夫か?」
 ハルくんは僕が拒絶反応出さないよに部屋には入らず、扉の近くから優しい声を掛けてくれる。
「……ハル、くん……」
 優しい彼の声に、無意識に涙が溢れ出してしまう。
 ちゃんと片付けなきゃって思ってたのに……また、薬をいっぱい飲んじゃったのバレちゃった、な……
 ベッドの周りには抑制剤が入っていた梱包シートのゴミが散らばっている。
 どれだけ沢山飲んでしまったのか、シートの量を見ると一目瞭然だ。

「また、こんなに飲んじゃったのか……。気持ち悪いだろ?吐けそうなら少しでも吐いてしまえよ?」
 明らかに呆れたような溜息が聞こえ、申し訳なさから顔を見ることができない。
 ハルくんは優しいから、こんな汚い部屋を見ても怒らずに優しく接してくれる。
 ちゃんと片付けれてないのに、怒らずにいてくれる。
「ミツ、気持ち悪いのか?」
 僕の様子を見ながら部屋に入ってゴミを集めてくれる。
 体調を確認するように僕の頬に触れようとした瞬間、微かにα のフェロモンを感じ取ってしまい、拒絶反応からハルくんの手を叩いてしまった。
「っ、あっ、ごめっ……ごめ、なさい。ごめん、僕に触らないで……」
 泣くのを堪えているせいか顔が歪んでしまう。
 僕にとってハルくんは大切な人だけど、つがいじゃないαに触れられることへの生理的嫌悪感を拭い去ることはできない。
 本能が、つがい以外のα を拒絶してしまう。
 ハルくんの手を叩いてしまった手をギュッと握り締め、後悔から涙が溢れ出してくる。

「……ミツ、ごめん。なぁ、アイツは?まさか、またアイツは帰って来てないのか?」
 僕以外誰も居ないことはバレてしまっているのか、ハルくんの声には怒りが含まれていた。
「ふざけんなっ!アイツ、今すぐ呼び戻して……」
「ハルくんっ!ごめん。ごめんね……違うから……。シゲルさんは、悪くないから……。あの子も、今発情期ヒートがツラいんだって。だから、あの子の側に居てあげたいんだって……。僕の発情期ヒートが被っちゃったのが悪いだけだよ。シゲルさんは、何も悪くないから」
 彼が居ない事実を自ら口にするだけで気が落ちてしまう。
 でも、ハルくんにこれ以上心配を掛けたくないから、気持ちを隠すように笑みを浮かべる。
 ちゃんと笑えてる自信はないけれど、これ以上、シゲルさんが怒られるのは嫌だ。
 ハルくんに、シゲルさんの悪口を言って欲しくない。
 
「……はぁ………」
 深い溜息を吐き出すのが聞こえたあと、少し困ったような笑みを浮かべて言ってくれた。
「ミツ、また飯ちゃんと食えてないんだろ?食べれそうなモノがあれば言えよ?あと、俺に出来ることならなんだってやるから」
 発情期ヒートで買い物すらままならなかった僕の為に、また色々買い込んで来てくれたんだと思う。
「ミツ、飲み物だけでもこっちに置いとくから。ちゃんと水分も取れよ?」
 スポーツ飲料をベッド横のチェストに置いといてくれる。
 ハルくんは、つがいである彼が居ない理由も、僕の状態も、何もかも知ってて……
 それでも側に居てくれる優しい人。
 優しくて大好きな人。

 僕とハルくんはただの幼馴染なだけ。
 そんなハルくんにいつも迷惑を掛けてしまってるのは、いつも心苦しい。
 でも、他に頼れる人がいないから……
 ワガママだってわかってるけど、ハルくん以外に頼れる人が思い浮かばない。

 いつも自分に言い聞かせる。
 ハルくんにつがいが出来るまで……
 ハルくんに恋人が出来るまで……
 こんなのダメだってわかってるけど、ハルくんから離れられない。
 時々、ハルくんの【運命のつがい】が自分だったらどんなに良かっただろうと思う。
 僕には、シゲルさんがいるのに……
 ハルくんを想うなんて、許されないってわかってるのに…

 ひとりでつがいである彼を待ち続ける日々に。
 発情期の間、ひとりぼっちで堪える日々に……
 シゲルさんとつがいにならなければ、ハルくんとの関係も変わってたのかな……?
 ダメだって言われてたけど、諦めずにいたら……そんな未来もあったのかな……?

 運命の彼が、シゲルさんを見つけなきゃこうならなかったのに……
 つがいになんてならなければよかった。
 人を好きになんてならなければよかった。
 僕が好きになる人は、僕を愛してはくれない。
 運命のつがいという出会いが憎くて仕方ない。
 運命のつがいなんて、現れなければよかったのに……
 憎くて、それ以上に悲しくて、恨み言ばかりが頭をよぎる。

「僕ってホント……嫌なヤツだよね。ごめんね。こんな僕で、本当にごめんね……」
しおりを挟む
感想 30

あなたにおすすめの小説

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

「オレの番は、いちばん近くて、いちばん遠いアルファだった」

星井 悠里
BL
大好きだった幼なじみのアルファは、皆の憧れだった。 ベータのオレは、王都に誘ってくれたその手を取れなかった。 番にはなれない未来が、ただ怖かった。隣に立ち続ける自信がなかった。 あれから二年。幼馴染の婚約の噂を聞いて胸が痛むことはあるけれど、 平凡だけどちゃんと働いて、それなりに楽しく生きていた。 そんなオレの体に、ふとした異変が起きはじめた。 ――何でいまさら。オメガだった、なんて。 オメガだったら、これからますます頑張ろうとしていた仕事も出来なくなる。 2年前のあの時だったら。あの手を取れたかもしれないのに。 どうして、いまさら。 すれ違った運命に、急展開で振り回される、Ωのお話。 ハピエン確定です。(全10話) 2025年 07月12日 ~2025年 07月21日 なろうさんで完結してます。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

運命じゃない人

万里
BL
旭は、7年間連れ添った相手から突然別れを告げられる。「運命の番に出会ったんだ」と語る彼の言葉は、旭の心を深く傷つけた。積み重ねた日々も未来の約束も、その一言で崩れ去り、番を解消される。残された部屋には彼の痕跡はなく、孤独と喪失感だけが残った。 理解しようと努めるも、涙は止まらず、食事も眠りもままならない。やがて「番に捨てられたΩは死ぬ」という言葉が頭を支配し、旭は絶望の中で自らの手首を切る。意識が遠のき、次に目覚めたのは病院のベッドの上だった。

【bl】砕かれた誇り

perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。 「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」 「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」 「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」 彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。 「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」 「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」 --- いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。 私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、 一部に翻訳ソフトを使用しています。 もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、 本当にありがたく思います。

言い逃げしたら5年後捕まった件について。

なるせ
BL
 「ずっと、好きだよ。」 …長年ずっと一緒にいた幼馴染に告白をした。 もちろん、アイツがオレをそういう目で見てないのは百も承知だし、返事なんて求めてない。 ただ、これからはもう一緒にいないから…想いを伝えるぐらい、許してくれ。  そう思って告白したのが高校三年生の最後の登校日。……あれから5年経ったんだけど…  なんでアイツに馬乗りにされてるわけ!? ーーーーー 美形×平凡っていいですよね、、、、

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

昔「結婚しよう」と言ってくれた幼馴染は今日、僕以外の人と結婚する

子犬一 はぁて
BL
幼馴染の君は、7歳のとき 「大人になったら結婚してね」と僕に言って笑った。 そして──今日、君は僕じゃない別の人と結婚する。 背の低い、寝る時は親指しゃぶりが癖だった君は、いつの間にか皆に好かれて、彼女もできた。 結婚式で花束を渡す時に胸が痛いんだ。 「こいつ、幼馴染なんだ。センスいいだろ?」 誇らしげに笑う君と、その隣で微笑む綺麗な奥さん。 叶わない恋だってわかってる。 それでも、氷砂糖みたいに君との甘い思い出を、僕だけの宝箱にしまって生きていく。 君の幸せを願うことだけが、僕にできる最後の恋だから。

処理中です...