白い四葩に一途な愛を

こうらい ゆあ

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【一欠片の淡い花は、遠くにいる貴方を想う】

15.

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 國士こくしが奇病を発症してから3ヶ月の月日が経った。
 
 最初は、ちゃんとご飯も作るようにしていた。
 もしかしたら、國士こくしが全てを思い出して、急に帰ってきてくれるかもって期待して……
 今まで通り、二人分の夕食を用意する。
 オレの好きな物だったり、國士こくしが好きだったものを作った。
 
 カレーのスパイシーな香りが漂うキッチンで、國士が「紫苑しおんの料理は最高だな」って笑ってくれたことを思い出しながら、鍋をかき混ぜた。
 帰ってこなくても、余った分は翌日に弁当にすれば大丈夫。
 カレーだったら、翌日はカレーうどんにしても美味しいし……
 
 最初は、天河てんかがオレの様子を見に来てくれて、一緒に食事を摂ることもあった。
 その日だけは、家の中に会話が生まれる。
 同じ部屋のはずなのに、少しだけ明るくなった気がする。
 食事も、ちゃんと味がして……
 天河てんかが「美味しい」って料理をベタ褒めしてくれる。
 國士こくしもよく褒めてくれてたけど、今は……食べてももらえないから……
 
 天河の笑顔が、まるで子供の頃のおにぎり屋での温かい時間を思い出させる。
 でも、國士こくしのいない食卓は、どこか冷たくて物足りない。
 何度か一緒に食事をしたけど、天河てんかの仕事も忙しくなって、一緒に食事をする日もなくなってしまった。
 
 ひと月が過ぎる頃には、料理をする、そんな気力も消え失せてしまった。
 キッチンに立つたび、國士こくしの笑顔が頭に浮かぶけど、その笑顔はもう幻でしかない。
 誰にも食べてもらえない。
 褒めてももらえない。
 味のしない料理に何の意味があるんだろう……
 
 その空虚さが、まるで心の奥にぽっかりと空いた穴を広げるようだった。
 仕事に行って、帰って、コンビニで買った弁当をほんの少しだけ摘むだけの日々。
 ひとりぼっちで食べる食事に、食欲も湧かない。
 何もやり気が起きない。
 コンビニ弁当のプラスチックの容器が、まるでオレの心の冷たさを映しているようで、箸を持つ手が重い。
 
 このまま、ここで彼を待っていても帰ってきてはくれないのに……
 それでも、どこかで國士こくしの足音が聞こえるんじゃないかって、ドアの方を何度も見てしまう。
 
 仕事は、経理の仕事を手伝うことで、なんとか働き続けるのを許してもらえた。
 天河てんかが自分の秘書になればいいって言ってくれたけれど、今は國士こくしの近くに行くのが怖い。
 あの冷たい目に見つめられるたび、心が砕けそうになるから。
 
 こんなひとりぼっちの生活でも、少し慣れてきたと思っていた。
 もうすぐ國士こくしが出て行って4ヶ月。
 結婚する前の、ひとり暮らしをしていたときに戻ったようだった。
 
 でも、あの頃は國士こくしの存在があった。
 今は、ただ空っぽの時間が続くだけだ。
 
 銀杏並木が綺麗な通りを抜けて、お気に入りの珈琲豆を久しぶりに買いに行った。
 空高く飛ぶ鳥を眺め、落ち葉を放り投げて遊ぶ子どもたちを横目にゆったり散歩をした。
 秋の風が頬を撫で、銀杏の葉が舞う光景が、まるで遠い子ども時代の記憶を呼び起こす。
 最近はなかなか入荷していなくて、本当に久しぶりに買った珈琲豆。
 國士こくしが好きだった珈琲。
 家に帰って、早速ひとりで飲もうと思っていた。
 
 國士こくしが買ってくれたミルを使って、ゆっくりした時間を楽しもうと思っていた。
國士こくし、珈琲淹れたから……一緒に、飲む……わけ、ないのに……」
 無意識に2人のお揃いのマグカップを棚から取り、いつもならゆったり座っていたソファーに向かって声を掛けてしまった。

 誰も座っていないソファー。
 返事なんてあるはずのない相手……
 もう、名前も呼んでくれない愛しい人……
 カップの冷たい感触が、國士こくしの不在を突きつけるようで、手が震える。
 
 空虚な空間が、オレの心の空白を映しているようで、胸がギュッと締め付けられる。
 ズキズキと傷が膿んだように、心の奥に閉じ込めていた愛が暴れ出すように、止められない。

 諦めなきゃいけないのに……
 こんな、こんなの、もう捨てなきゃいけないのに……
 涙と一緒に、國士こくしへの気持ちが溢れ出してくる。
 
「ングッ、おぇっ……」
 急に胸が苦しくなり、何かが込み上げてくる圧迫感。
 耐えがたい苦しさに負け、その場に四つん這いになって吐き出してしまう。
 
 床に散らばる唾液と胃液に混ざるのは、色鮮やかな青い花弁だった。
 見覚えのある青い四葩よひらの花。
 オレの名字と同じ名前を持つ花。
 青い、紫陽花の花。
 オレの母さんが吐いていた花と同じ。
 とても綺麗なのに、無情な青い花だった。
 
「こんな風に、愛し続けるのって、間違ってるのかな……」
 呟いた言葉が、静かな部屋に虚しく響く。
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