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6.熱と絶望
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最近、辰彦と顔を合わせるたび、胸の奥で何かがチリチリと焦げるような感覚がある。
リビングの空気が重く、窓から差し込む薄暗い光が、まるでオレの心の不安を映し出すようだった。
些細なことでイライラして、ついきつい言葉を投げつけてしまう。
辰彦はそんなオレを見て、困ったような顔で「ごめん、由良」と謝ってくれる。
でも、その優しさが逆にオレを苛立たせる。
なんで?辰彦は何も悪くないのに……
オレが、勝手にイラついているだけなのに……
辰彦のスーツに染みついたスズランの香りが、鼻腔を突き、心の奥に黒い靄を広げる。
この匂いを感じるだけで、心の奥底にどす黒いモヤがトゲとなって、オレの胸に突き刺さる。
今日も、昼食の片付けのことで言い合いになった。
ほんと、くだらない理由。
辰彦が「由良、最近疲れてるだろ?皿洗いくらいオレがやるよ」と言ったのがきっかけだった。
いつもだったら「ありがとう」って笑って済む話なのに、なぜか「そんなこと、自分でできるからしなくていい!」って突っぱねてしまった。
せっかくの休みなのに、普段、仕事が忙しい辰彦にはゆっくりして欲しかっただけなのに……
オレの言い方が悪いから、オレがイライラしてしまったから、辰彦を傷付けた。
シンクに積まれた皿の水滴が、静かなキッチンにポタポタと落ちる音が、胸のモヤモヤを増幅させる。
辰彦の顔が驚きと悲しみで曇るのを見て、胸がズキッと痛んだ。
でも、謝る前に口から出たのは最低な言葉。
「もういいよ、辰彦。オレ、疲れてるから……ひとりになりたい」
本心じゃないのに、冷たい言葉で辰彦を拒絶してしまった。
逃げるようにリビングを出て寝室に向かおうとしたとき、辰彦の大きな手が、オレに指し伸ばされるのを見た。
でも、その手は全然届かなくて、すぐに力なく下がるのが見えた。
「由良、ちょっと……話せないか?最近熱もあるみたいだし、由良のことが心配なんだ」
辰彦の心配げな優しい声に胸が痛む。
辰彦の瞳には、オレを愛おしいという温かさと、隠し切れない不安が混じっていた。
オレのことが心配……?
話しって、どうせ、別れ話だろ……?
また、あの人の話しを聞かされるのか……?
喉の奥で詰まる感情が、涙となって滲みそうになる。
ぐるぐると嫌な気持ちばかりが渦巻き、オレは辰彦の顔も見ずに寝室に逃げ込んだ。
ドアを閉めた瞬間、力がどっと抜けてベッドに倒れ込む。
シーツに残る辰彦の匂いが、辰彦との熱い抱擁を呼び起こす。
最後に抱いてくれたのはいつだっただろう……
最近、こんな日ばかりだ。
オレが勝手にキレて、寝室に引きこもって、辰彦が「頭冷やしてくる」って家を出て行くのがパターン。
辰彦は、また2、3日は帰ってこないだろう。
せっかく、辰彦も休みなのに……オレが辰彦の休みをぶち壊してしまっている。
部屋の静寂が、オレの不安をさらに大きくする。
どこに行くのか、誰のところにいるのか、聞く勇気もない。
もしかしたら、あいつのところ――陽翔さんのところかもしれない。
宮田陽翔さん。
辰彦の『運命の番』であり、辰彦が働いている会社の後輩。
辰彦が教育係になったことは聞いた。
陽翔さんは、Ωということを隠してあの会社に入社したらしい。
どうしてβと偽っているのか、辰彦以外に誰か知っているのか……それすら、オレにはわからない。
ただ、あの名前を初めて聞いた日から、オレの心はどんどん不安定になってる。
辰彦は「由良だけだ」って何度も言うけど、辰彦が無意識に陽翔さんを求めていることは、オレが一番知っている。
あの日、辰彦が陽翔さんの話をしたとき、どこか戸惑ったような、でも熱を帯びた声をしていた。
まるで陽翔さんの香りに溺れるように、震えていた。
αの本能が、本来『番』になるはずの陽翔さんを求めてるんだと思う。
これは、βでしかないオレにはどうしようもない、超えられない壁。
あの日から、辰彦が陽翔さんの話題を無意識に出すようになった。
『アイツは真面目だから、仕事の成長も早いんだ』
『取引先のクライアントが宮田を気に入って、契約が上手くいったんだ』
『今日は、アイツは休みだったよ。発情期が近いんだろうな……。最近、少し匂いが強い感じがしていたから……』
辰彦が陽翔さんの話をするたび、スズランの匂いを感じる。
辰彦の運命の番なんだから当然なのに……
会ったこともない陽翔さんの存在が、オレの中で黒いモヤになっていく。
辰彦越しに感じるスズランの香りだけで、心が引き裂かれそうになる。
「はぁ……早く、新しい家見つけなきゃな……」
ベッドの枕を抱きしめて、ため息と一緒に呟く。
枕に残る辰彦の匂いが、胸の奥で小さなトゲとなって突き刺さる。
最初は小さな傷だったのに、痛みがどんどん広がって、膿んでいくのを感じる。
辰彦と一緒に暮らすこの家。
4年前、オレの就職が決まると同時に、辰彦が「一緒に暮らそう」って言ってくれた。
就職先がブラックで、精神的にボロボロになったときも、辰彦はそばにいてくれた。
再就職先が決まったときは、一緒になって喜んでくれた。
好きなことを仕事にできて、好きな人のそばにいることができた。
4年間の思い出が詰まった場所。
この場所を離れるなんて、考えたくもない。
でも、このままじゃ、オレが壊れてしまう。
辰彦に、もっと酷いことを言ってしまう。
辰彦が陽翔さんの首筋に唇を寄せ、愛おし気に囁く。
熱い身体を絡ませ合い、貪るように愛し合う。
そんなふたりの姿を想像し、頭をよぎるたびに、胸が張り裂けそうになる。
それに、辰彦が陽翔さんと『番』になる日が来たら……オレはどうなるんだろう?
素直に「おめでとう」と言えるのか?
笑顔で彼を送り出せるのか……?
ふたりの幸せを願うことができるのかな……
想像するだけで涙が滲んでしまう。
オレは、ただのβで……辰彦の人生に一瞬だけ関わった、過去の男になるだけ。
ただそれだけなのに、なんで……こんなに胸が苦しいんだろう……
ずっと、ずっと……わかっていたのに……
ちゃんと、覚悟、してたつもりなのに……
それでも、辰彦の匂いに包まれるたび、身体が彼を求めて震えてしまう。
こんなに胸が苦しいのは、なぜなんだろ……
辰彦のこと、ちゃんと諦める覚悟は……できてたはずなのに。
リビングの空気が重く、窓から差し込む薄暗い光が、まるでオレの心の不安を映し出すようだった。
些細なことでイライラして、ついきつい言葉を投げつけてしまう。
辰彦はそんなオレを見て、困ったような顔で「ごめん、由良」と謝ってくれる。
でも、その優しさが逆にオレを苛立たせる。
なんで?辰彦は何も悪くないのに……
オレが、勝手にイラついているだけなのに……
辰彦のスーツに染みついたスズランの香りが、鼻腔を突き、心の奥に黒い靄を広げる。
この匂いを感じるだけで、心の奥底にどす黒いモヤがトゲとなって、オレの胸に突き刺さる。
今日も、昼食の片付けのことで言い合いになった。
ほんと、くだらない理由。
辰彦が「由良、最近疲れてるだろ?皿洗いくらいオレがやるよ」と言ったのがきっかけだった。
いつもだったら「ありがとう」って笑って済む話なのに、なぜか「そんなこと、自分でできるからしなくていい!」って突っぱねてしまった。
せっかくの休みなのに、普段、仕事が忙しい辰彦にはゆっくりして欲しかっただけなのに……
オレの言い方が悪いから、オレがイライラしてしまったから、辰彦を傷付けた。
シンクに積まれた皿の水滴が、静かなキッチンにポタポタと落ちる音が、胸のモヤモヤを増幅させる。
辰彦の顔が驚きと悲しみで曇るのを見て、胸がズキッと痛んだ。
でも、謝る前に口から出たのは最低な言葉。
「もういいよ、辰彦。オレ、疲れてるから……ひとりになりたい」
本心じゃないのに、冷たい言葉で辰彦を拒絶してしまった。
逃げるようにリビングを出て寝室に向かおうとしたとき、辰彦の大きな手が、オレに指し伸ばされるのを見た。
でも、その手は全然届かなくて、すぐに力なく下がるのが見えた。
「由良、ちょっと……話せないか?最近熱もあるみたいだし、由良のことが心配なんだ」
辰彦の心配げな優しい声に胸が痛む。
辰彦の瞳には、オレを愛おしいという温かさと、隠し切れない不安が混じっていた。
オレのことが心配……?
話しって、どうせ、別れ話だろ……?
また、あの人の話しを聞かされるのか……?
喉の奥で詰まる感情が、涙となって滲みそうになる。
ぐるぐると嫌な気持ちばかりが渦巻き、オレは辰彦の顔も見ずに寝室に逃げ込んだ。
ドアを閉めた瞬間、力がどっと抜けてベッドに倒れ込む。
シーツに残る辰彦の匂いが、辰彦との熱い抱擁を呼び起こす。
最後に抱いてくれたのはいつだっただろう……
最近、こんな日ばかりだ。
オレが勝手にキレて、寝室に引きこもって、辰彦が「頭冷やしてくる」って家を出て行くのがパターン。
辰彦は、また2、3日は帰ってこないだろう。
せっかく、辰彦も休みなのに……オレが辰彦の休みをぶち壊してしまっている。
部屋の静寂が、オレの不安をさらに大きくする。
どこに行くのか、誰のところにいるのか、聞く勇気もない。
もしかしたら、あいつのところ――陽翔さんのところかもしれない。
宮田陽翔さん。
辰彦の『運命の番』であり、辰彦が働いている会社の後輩。
辰彦が教育係になったことは聞いた。
陽翔さんは、Ωということを隠してあの会社に入社したらしい。
どうしてβと偽っているのか、辰彦以外に誰か知っているのか……それすら、オレにはわからない。
ただ、あの名前を初めて聞いた日から、オレの心はどんどん不安定になってる。
辰彦は「由良だけだ」って何度も言うけど、辰彦が無意識に陽翔さんを求めていることは、オレが一番知っている。
あの日、辰彦が陽翔さんの話をしたとき、どこか戸惑ったような、でも熱を帯びた声をしていた。
まるで陽翔さんの香りに溺れるように、震えていた。
αの本能が、本来『番』になるはずの陽翔さんを求めてるんだと思う。
これは、βでしかないオレにはどうしようもない、超えられない壁。
あの日から、辰彦が陽翔さんの話題を無意識に出すようになった。
『アイツは真面目だから、仕事の成長も早いんだ』
『取引先のクライアントが宮田を気に入って、契約が上手くいったんだ』
『今日は、アイツは休みだったよ。発情期が近いんだろうな……。最近、少し匂いが強い感じがしていたから……』
辰彦が陽翔さんの話をするたび、スズランの匂いを感じる。
辰彦の運命の番なんだから当然なのに……
会ったこともない陽翔さんの存在が、オレの中で黒いモヤになっていく。
辰彦越しに感じるスズランの香りだけで、心が引き裂かれそうになる。
「はぁ……早く、新しい家見つけなきゃな……」
ベッドの枕を抱きしめて、ため息と一緒に呟く。
枕に残る辰彦の匂いが、胸の奥で小さなトゲとなって突き刺さる。
最初は小さな傷だったのに、痛みがどんどん広がって、膿んでいくのを感じる。
辰彦と一緒に暮らすこの家。
4年前、オレの就職が決まると同時に、辰彦が「一緒に暮らそう」って言ってくれた。
就職先がブラックで、精神的にボロボロになったときも、辰彦はそばにいてくれた。
再就職先が決まったときは、一緒になって喜んでくれた。
好きなことを仕事にできて、好きな人のそばにいることができた。
4年間の思い出が詰まった場所。
この場所を離れるなんて、考えたくもない。
でも、このままじゃ、オレが壊れてしまう。
辰彦に、もっと酷いことを言ってしまう。
辰彦が陽翔さんの首筋に唇を寄せ、愛おし気に囁く。
熱い身体を絡ませ合い、貪るように愛し合う。
そんなふたりの姿を想像し、頭をよぎるたびに、胸が張り裂けそうになる。
それに、辰彦が陽翔さんと『番』になる日が来たら……オレはどうなるんだろう?
素直に「おめでとう」と言えるのか?
笑顔で彼を送り出せるのか……?
ふたりの幸せを願うことができるのかな……
想像するだけで涙が滲んでしまう。
オレは、ただのβで……辰彦の人生に一瞬だけ関わった、過去の男になるだけ。
ただそれだけなのに、なんで……こんなに胸が苦しいんだろう……
ずっと、ずっと……わかっていたのに……
ちゃんと、覚悟、してたつもりなのに……
それでも、辰彦の匂いに包まれるたび、身体が彼を求めて震えてしまう。
こんなに胸が苦しいのは、なぜなんだろ……
辰彦のこと、ちゃんと諦める覚悟は……できてたはずなのに。
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