5 / 14
4.友だち
しおりを挟む
「真尋!」
突然、教室の入口から明るい声が響いた。
聞き慣れた声に、僕は思わずノートから顔を上げ、声がした方に振り返る。
そこには、一年の時に同じクラスだった西野が立っていた。
僕とあまり身長の変わらない、少しやんちゃな雰囲気の彼は、いつもの笑顔で僕に手を振っている。
西野は、僕の数少ない【友だち】と呼べる存在だ。
一年の時は、昼休みも一緒にお弁当を食べていたし、結構一緒に遊ぶことも多かった。
でも、クラスが別れてからはこうやって話しをすることすら久しぶりだ。
教室の喧騒を抜けて響く西野の声は、春の陽射しのように明るく、僕のいる教室の隅にまで真っ直ぐに届く。
「よ、岡崎! 久しぶりじゃん、元気?」
水泳部の西野は、プールの塩素のせいで赤茶色の髪をした小柄なヤツだ。
人懐っこい笑みを浮かべ、コロコロと走り回る姿は、水泳部の豆柴とこっそり言われている。
彼の笑顔は、いつも変わらず無邪気で、教室のざわめきの中でもひときわ目立つ。
軽い足音が教室の床を叩きながら、軽やかな足取りで窓際の僕の席に近づいてきた。
彼のスニーカーが床を擦る音が僕の耳に軽快に響く。
そっと気付かれないように、創作ノートを引き出しに仕舞い、僕の机の前で止まった西野を見上げる。
ニッコリと満面の笑みを浮かべた西野は、後頭部を掻きながらペロリと舌を出している。
こんな顔をした西野は、僕に何かお願いごとがあるときだ。
「う、うん……元気。どうしたの?」
僕は本を閉じ、ちょっと呆れ顔で返事をする。
どうせ、また何か忘れ物をして、それを借りに来たのだろう。
カバンの中を覗きながら、僕は西野のいつものパターンを思い出す。
彼はよく教科書や筆記用具を忘れて、僕の席に駆け込んできたっけ……
二年になってから、まだ一回目だから、彼なりに努力をしているらしい。
一年のときなんて、三組の『忘れ物王』という異名を冠しているくらいだった。
西野のこの笑顔を見ると、去年の昼休みに全教室に体操服を借りに走り回っていた姿を思い出す。
時間割変更があったのをすっかり忘れていて、というか、当然のように持って来ていなかった西野。
合同授業ということもあり、結局水泳部の先輩に貸してもらうことになったんだっけ……
先輩のぶっかぶかのジャージを着て授業を受けたけど、当然先生には怒られていた。
少し前のことだった気がするけど、もうずいぶん前だった気もしてくる。
でも、西野の顔を見ていると、ふと思い出してしまった。
「いやぁ~、教科書忘れちまって。数学のヤツ、貸してくれね?」
顔の前で手を合わせてえへっと笑う彼にため息がもれる。
「そうだと思ったぁ~。でも、今日まで忘れ物借りにずにちゃんと持って来てたんだね。エラいじゃん」
西野の頭を撫でてやろうと手を伸ばしたが、ペロッと舌を出し、ウィンクをする西野の言葉にピタリと手が止まる。
「いやぁ~、さっき5組に行ったんだけど、加藤が今日は休みでさ~。借りれるのが真尋しかもういなくて焦ったんだよ」
どうやら、忘れ物王の異名は健在のようだ。
僕に借りにこず、別の友だちには散々迷惑をかけていたらしい。
西野の軽い口調と無邪気な笑顔に、僕は思わず苦笑する。
一年のときから、彼はいつもこんな調子だった。
毎日なにかを忘れて、僕を巻き込んで騒がしく笑い合ったことを思い出す。
西野の頭を撫でようとしていた手を下ろし、カバンから教科書を取り出してペシッと頭を叩く。
「はい、これ。もぉ~、ホントに相変わらずだよね」
教科書を渡すと、西野はパチンと指を鳴らして喜んでいた。
「マジ助かる!ついでに、ノートも見せてくれよ、真尋!真尋のノート、いつもめっちゃ丁寧に書いてるじゃん」
調子のいい西野に苦笑いをしてしまうものの、今日の数学の授業は午前中に終ってしまったから、一緒に貸してやる。
「ちゃんと返してよ?明日も授業あるんだから」
僕が呆れ顔で笑いながら言うと、西野は嬉しそうに何度も頷き、教科書とノートを掲げている。
「ははぁー!真尋様のノートはありがたく頂戴します~。でも、ほんとサンキューな!今日の放課後には返しに来っから♪」
また「真尋」と呼ばれ、ちょっと照れくさい。
西野は一年の時から、こうやって気軽に僕の下の名前で呼んでくる。
彼につられて、周りの友だちもみんな僕のことを下の名前で呼んでくれるようになった。
西野も、相沢と一緒で周りを明るく照らす力を持っているんだと思う。
ほんのひと月前までは、一緒にお昼休みを過ごしていたのに……
今は、僕を『真尋』と呼んでくれる人は、このクラスには居ない。
クラスが別れてから、こんな風に人と話すのは本当に久しぶりだった。
「う、うん。ちゃんと自分のを持ってくればいいのに……。次からは気を付けろよ?」
西野に向かって、窘めるように言うも、彼はヘラヘラと笑って「へいへい」と返事をするだけだった。
「じゃ、また放課後な!部活に行く前に持ってくっから!」
ノートと教科書を振りながら、足早に教室を出て行く西野を見て、呆れた笑みが零れる。
彼の軽やかな足音が教室の喧騒に溶け、僕の席に残された静けさが再び戻ってくる。
窓から吹く潮風が、ノートに淡い影を揺らし、春の空気を運んでくる。
ふと、どこからか視線を感じる。
誰が僕なんかを見ているんだろう?と、視線を巡らせると、教室の中央から相沢がこちらを見ていた。
どこかちょっと怒っているような、感情の読み取れない表情を浮かべているように見えた。
でも、すぐに視線を逸らされ、いつものキラキラした笑顔で友だちと話しをしている。
彼の目は一瞬だけ僕を捉え、すぐに教室の賑わいに戻る。
その短い視線が、僕の胸に小さな波を立て、ざわめきを残す。
ぇ?気の、せい……?
相沢があんな表情をしていたなんて信じられなくて、心臓がバクバクと波打つ。
でも、きっと僕の見間違いだと思う。
相沢は、相変わらず周りの友だちと楽しそうに話している。
でも、さっきの相沢の視線が頭から離れない。
相沢はなんでこっち見てたんだろう……?
本当に、僕の気のせいなんだろうか?
教室の中央で響く相沢の笑い声が、僕の耳に届く。
いつも通りの明るい声なのに、さっきの表情が頭に焼き付いて、胸が締め付けられる。
図書準備室で僕に見せる柔らかい笑顔とは違う、どこか遠い存在に感じる。
僕は本を手に持ったまま、視線を窓の外に逃がす。
あの視線が何を意味するのか、考えるだけで心が落ち着かない。
今日、相沢は来るのかな?
その時、教えてくれるのかな……?
相沢、僕のこと……見てた?
僕、怒られちゃうこと……なにかしちゃったかな?
突然、教室の入口から明るい声が響いた。
聞き慣れた声に、僕は思わずノートから顔を上げ、声がした方に振り返る。
そこには、一年の時に同じクラスだった西野が立っていた。
僕とあまり身長の変わらない、少しやんちゃな雰囲気の彼は、いつもの笑顔で僕に手を振っている。
西野は、僕の数少ない【友だち】と呼べる存在だ。
一年の時は、昼休みも一緒にお弁当を食べていたし、結構一緒に遊ぶことも多かった。
でも、クラスが別れてからはこうやって話しをすることすら久しぶりだ。
教室の喧騒を抜けて響く西野の声は、春の陽射しのように明るく、僕のいる教室の隅にまで真っ直ぐに届く。
「よ、岡崎! 久しぶりじゃん、元気?」
水泳部の西野は、プールの塩素のせいで赤茶色の髪をした小柄なヤツだ。
人懐っこい笑みを浮かべ、コロコロと走り回る姿は、水泳部の豆柴とこっそり言われている。
彼の笑顔は、いつも変わらず無邪気で、教室のざわめきの中でもひときわ目立つ。
軽い足音が教室の床を叩きながら、軽やかな足取りで窓際の僕の席に近づいてきた。
彼のスニーカーが床を擦る音が僕の耳に軽快に響く。
そっと気付かれないように、創作ノートを引き出しに仕舞い、僕の机の前で止まった西野を見上げる。
ニッコリと満面の笑みを浮かべた西野は、後頭部を掻きながらペロリと舌を出している。
こんな顔をした西野は、僕に何かお願いごとがあるときだ。
「う、うん……元気。どうしたの?」
僕は本を閉じ、ちょっと呆れ顔で返事をする。
どうせ、また何か忘れ物をして、それを借りに来たのだろう。
カバンの中を覗きながら、僕は西野のいつものパターンを思い出す。
彼はよく教科書や筆記用具を忘れて、僕の席に駆け込んできたっけ……
二年になってから、まだ一回目だから、彼なりに努力をしているらしい。
一年のときなんて、三組の『忘れ物王』という異名を冠しているくらいだった。
西野のこの笑顔を見ると、去年の昼休みに全教室に体操服を借りに走り回っていた姿を思い出す。
時間割変更があったのをすっかり忘れていて、というか、当然のように持って来ていなかった西野。
合同授業ということもあり、結局水泳部の先輩に貸してもらうことになったんだっけ……
先輩のぶっかぶかのジャージを着て授業を受けたけど、当然先生には怒られていた。
少し前のことだった気がするけど、もうずいぶん前だった気もしてくる。
でも、西野の顔を見ていると、ふと思い出してしまった。
「いやぁ~、教科書忘れちまって。数学のヤツ、貸してくれね?」
顔の前で手を合わせてえへっと笑う彼にため息がもれる。
「そうだと思ったぁ~。でも、今日まで忘れ物借りにずにちゃんと持って来てたんだね。エラいじゃん」
西野の頭を撫でてやろうと手を伸ばしたが、ペロッと舌を出し、ウィンクをする西野の言葉にピタリと手が止まる。
「いやぁ~、さっき5組に行ったんだけど、加藤が今日は休みでさ~。借りれるのが真尋しかもういなくて焦ったんだよ」
どうやら、忘れ物王の異名は健在のようだ。
僕に借りにこず、別の友だちには散々迷惑をかけていたらしい。
西野の軽い口調と無邪気な笑顔に、僕は思わず苦笑する。
一年のときから、彼はいつもこんな調子だった。
毎日なにかを忘れて、僕を巻き込んで騒がしく笑い合ったことを思い出す。
西野の頭を撫でようとしていた手を下ろし、カバンから教科書を取り出してペシッと頭を叩く。
「はい、これ。もぉ~、ホントに相変わらずだよね」
教科書を渡すと、西野はパチンと指を鳴らして喜んでいた。
「マジ助かる!ついでに、ノートも見せてくれよ、真尋!真尋のノート、いつもめっちゃ丁寧に書いてるじゃん」
調子のいい西野に苦笑いをしてしまうものの、今日の数学の授業は午前中に終ってしまったから、一緒に貸してやる。
「ちゃんと返してよ?明日も授業あるんだから」
僕が呆れ顔で笑いながら言うと、西野は嬉しそうに何度も頷き、教科書とノートを掲げている。
「ははぁー!真尋様のノートはありがたく頂戴します~。でも、ほんとサンキューな!今日の放課後には返しに来っから♪」
また「真尋」と呼ばれ、ちょっと照れくさい。
西野は一年の時から、こうやって気軽に僕の下の名前で呼んでくる。
彼につられて、周りの友だちもみんな僕のことを下の名前で呼んでくれるようになった。
西野も、相沢と一緒で周りを明るく照らす力を持っているんだと思う。
ほんのひと月前までは、一緒にお昼休みを過ごしていたのに……
今は、僕を『真尋』と呼んでくれる人は、このクラスには居ない。
クラスが別れてから、こんな風に人と話すのは本当に久しぶりだった。
「う、うん。ちゃんと自分のを持ってくればいいのに……。次からは気を付けろよ?」
西野に向かって、窘めるように言うも、彼はヘラヘラと笑って「へいへい」と返事をするだけだった。
「じゃ、また放課後な!部活に行く前に持ってくっから!」
ノートと教科書を振りながら、足早に教室を出て行く西野を見て、呆れた笑みが零れる。
彼の軽やかな足音が教室の喧騒に溶け、僕の席に残された静けさが再び戻ってくる。
窓から吹く潮風が、ノートに淡い影を揺らし、春の空気を運んでくる。
ふと、どこからか視線を感じる。
誰が僕なんかを見ているんだろう?と、視線を巡らせると、教室の中央から相沢がこちらを見ていた。
どこかちょっと怒っているような、感情の読み取れない表情を浮かべているように見えた。
でも、すぐに視線を逸らされ、いつものキラキラした笑顔で友だちと話しをしている。
彼の目は一瞬だけ僕を捉え、すぐに教室の賑わいに戻る。
その短い視線が、僕の胸に小さな波を立て、ざわめきを残す。
ぇ?気の、せい……?
相沢があんな表情をしていたなんて信じられなくて、心臓がバクバクと波打つ。
でも、きっと僕の見間違いだと思う。
相沢は、相変わらず周りの友だちと楽しそうに話している。
でも、さっきの相沢の視線が頭から離れない。
相沢はなんでこっち見てたんだろう……?
本当に、僕の気のせいなんだろうか?
教室の中央で響く相沢の笑い声が、僕の耳に届く。
いつも通りの明るい声なのに、さっきの表情が頭に焼き付いて、胸が締め付けられる。
図書準備室で僕に見せる柔らかい笑顔とは違う、どこか遠い存在に感じる。
僕は本を手に持ったまま、視線を窓の外に逃がす。
あの視線が何を意味するのか、考えるだけで心が落ち着かない。
今日、相沢は来るのかな?
その時、教えてくれるのかな……?
相沢、僕のこと……見てた?
僕、怒られちゃうこと……なにかしちゃったかな?
63
あなたにおすすめの小説
【完結】恋した君は別の誰かが好きだから
海月 ぴけ
BL
本編は完結しました。後日、おまけ&アフターストーリー随筆予定。
青春BLカップ31位。
BETありがとうございました。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
俺が好きになった人は、別の誰かが好きだからーー。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
二つの視点から見た、片思い恋愛模様。
じれきゅん
ギャップ攻め
笑って下さい、シンデレラ
椿
BL
付き合った人と決まって12日で別れるという噂がある高嶺の花系ツンデレ攻め×昔から攻めの事が大好きでやっと付き合えたものの、それ故に空回って攻めの地雷を踏みぬきまくり結果的にクズな行動をする受け。
面倒くさい攻めと面倒くさい受けが噛み合わずに面倒くさいことになってる話。
ツンデレは振り回されるべき。
告白ゲーム
茉莉花 香乃
BL
自転車にまたがり校門を抜け帰路に着く。最初の交差点で止まった時、教室の自分の机にぶら下がる空の弁当箱のイメージが頭に浮かぶ。「やばい。明日、弁当作ってもらえない」自転車を反転して、もう一度教室をめざす。教室の中には五人の男子がいた。入り辛い。扉の前で中を窺っていると、何やら悪巧みをしているのを聞いてしまった
他サイトにも公開しています
小石の恋
キザキ ケイ
BL
やや無口で平凡な男子高校生の律紀は、ひょんなことから学校一の有名人、天道 至先輩と知り合う。
助けてもらったお礼を言って、それで終わりのはずだったのに。
なぜか先輩は律紀にしつこく絡んできて、連れ回されて、平凡な日常がどんどん侵食されていく。
果たして律紀は逃げ切ることができるのか。
殿堂入りした愛なのに
たっぷりチョコ
BL
全寮の中高一貫校に通う、鈴村駆(すずむらかける)
今日からはれて高等部に進学する。
入学式最中、眠い目をこすりながら壇上に上がる特待生を見るなり衝撃が走る。
一生想い続ける。自分に誓った小学校の頃の初恋が今、目の前にーーー。
両片思いの一途すぎる話。BLです。
攻められない攻めと、受けたい受けの話
雨宮里玖
BL
恋人になったばかりの高月とのデート中に、高月の高校時代の友人である唯香に遭遇する。唯香は遠慮なく二人のデートを邪魔して高月にやたらと甘えるので、宮咲はヤキモキして——。
高月(19)大学一年生。宮咲の恋人。
宮咲(18)大学一年生。高月の恋人。
唯香(19)高月の友人。性格悪。
智江(18)高月、唯香の友人。
愛と猛毒(仮)
万里
BL
オフィスビルの非常階段。冷え切った踊り場で煙草をくゆらせる水原七瀬(みずはらななせ)は、部下たちのやり取りを静かに見守っていた。 そこでは村上和弥(むらかみかずや)が、長年想い続けてきた和泉に別れを告げられていた。和泉は「ありがとう」と優しく微笑みながらも、決意をもって彼を突き放す。和弥は矜持を守ろうと、営業スマイルを貼り付けて必死に言葉を紡ぐが、その姿は痛々しいほどに惨めだった。
和泉が去った後、七瀬は姿を現し、冷徹な言葉で和弥を追い詰める。 「お前はただの予備だった」「純愛なんて綺麗な言葉で誤魔化してるだけだ」――七瀬の毒舌は、和弥の心を抉り、憎悪を引き出す。和弥は「嫌いだ」と叫び、七瀬を突き放して階段を駆け下りていく。
「……本当、バカだよな。お前も、俺も」
七瀬は独り言を漏らすと、和弥が触れた手首を愛おしそうに、そして自嘲気味に強く握りしめた。
その指先に残る熱は、嫌悪という仮面の下で燃え盛る執着の証だった。 毒を吐き続けることでしか伝えられない――「好きだ」という言葉を、七瀬は永遠に飲み込んだまま、胸の奥で腐らせていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる