君の知らない物語

こうらい ゆあ

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6.遠くなる光

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 放課後の図書準備室は、いつも通りの静けさに包まれていた。
 窓の外では、初夏の陽射しが校庭を照らし、遠くの海がキラキラと光を反射している。
 ついこの間まで夕暮れはもっと早く訪れていたのに、今はまだ明るい。
 埃が夕陽に照らされてふわっと舞い、静かな部屋に穏やかな空気を漂わせる。
 まるで時間が止まったような、僕だけの世界がここにはある。
 本棚の隙間を通り抜ける光が、木のカウンターに淡い模様を描き、静寂が僕の心を落ち着かせる。
 遠くの校庭から聞こえる部活の歓声が、初夏の空気と混ざり合う。
 
 でも、最近はその静けさが、どこか重く感じる。
 ノートを開き、ペンを握るけど、言葉が浮かんでこない。
 物語の主人公ノアは、光の精霊と一緒に冒険に出る準備をしている場面で止まっている。
 次の展開をどうするか、頭ではイメージできているのに、ペンが動かない。
 書きたいイメージは決まっているのに、言葉にしようとすると出てこない。
 なぜか心がざわついて、形にならない。
 ノートの白いページに夕陽の光が反射し、ペンを握る手に汗が滲む。
 ノアの次の行動を考えるたび、心の奥で何か引っかかる感覚が広がる。
 
 原因はなんとなくわかっている。
 涼が、最近ここに来ないからだ。
 バスケ部の練習が忙しくなったと聞いた。
 夏のインターハイが近づいていて、練習試合が増え、予選ももうすぐだ。
 涼は先日の試合でスタメンに選ばれて、はしゃいでいたっけ。
 教室で誰かが話しているのを聞いて、知った。
 最近放課後は、遅くまで体育館にこもって練習しているらしい。
 
 涼の姿を思い出すと、胸が締め付けられる。
 彼が体育館で汗を流している姿を想像するだけで、図書室の静けさが一層重く感じる。
 涼の姿を見るのは、教室で授業を受けているときか、昼休みに仲間たちと笑い合っているときだけになってしまった。
 クラスの中心で、いつものキラキラした笑顔で仲間たちと話している彼を、僕は遠くからそっと見つめるだけ。
 そんな彼に話しかけるなんて、僕には無理だ。
 教室の隅で本を読んでいる僕と、みんなの注目の的である涼は、やっぱり違う世界の住人なんだと思う。
 図書準備室で過ごしたあの時間は、まるで夢だったんじゃないかと思うくらい、最近の涼は遠く感じる。
 教室の喧騒の中で、涼の笑顔はいつも明るく、みんなの視線を引きつける。
 僕はその光を遠くから見つめるだけで、近づく勇気はない。
 図書準備室での時間が、今はただの幻だったのだと思えてしまう。

「真尋、続きできたら絶対見せろよ。楽しみにしてるから」
 あのとき、涼が笑って言ってくれた言葉が、頭の中で何度も反響する。
 僕の名前を呼ぶ彼の声が、胸の奥で小さく響く。
 あの汗ばんだユニフォームの匂い、潮風みたいな彼の存在、物語を読んで「面白いな」と笑ってくれる姿が、今は遠い。
 涼はもうここに来ないのかもしれない。
 そんな考えが、胸の奥をちくちくと刺す。
 彼の声が耳に残り、図書準備室の狭い空間で響いた言葉が、僕の心に小さな波を立てる。
 あの時の笑顔を思い出すたび、胸が締め付けられ、寂しさが広がる。
 
 昼休みの教室は、いつも通りの喧騒に満ちていた。
 窓の外では、初夏の陽射しが校庭を照らし、遠くの海が青く輝く。
 カーテンの揺れる音が、教室の賑わいと混ざり、僕の静かな世界をそっと揺らす。
 僕はいつものように本を開いて、読むふりをしているけど、ページをめくる手は止まったままになってしまった。
 
 教室の中央では、涼がバスケ部の仲間たちと話している。
 「次の試合、マジで勝ちたいよな!」と盛り上がっていてる声が聞こえてくる。
 その中に、涼も当然のように中心にいて、「そうだな、気合い入れていくぞ!」と笑顔で答えていた。
 彼の声は教室に響き、仲間たちの笑い声と重なる。
 いつも通りの明るい雰囲気が、僕の席まで届き、胸に小さな棘を刺す。

 でも、なんだかその笑顔が、いつもより少し曇っている気がした。
 いつもと変わらない笑みを浮かべているのに、疲れを隠しているように見える。
 目の下の影が、練習の厳しさを物語っている。
 よく聞くと、笑い声もどこか無理をしているように感じた。
 
 涼、元気ないのかな……?
 そんなことを考えるだけで、心臓が少し速く鳴るのを感じる。
 何かあったのかな……。練習がキツいだけ?それとも、もっと別の理由?
 聞きたい。
 話したい。
 でも、教室でいきなり話しかけるなんて、僕には絶対できない。
 
 涼の無理をしているような表情を見るたび、胸が締め付けられる。
 何か声をかけたくて、でも言葉が喉に詰まってしまう。
 教室の喧騒が、僕と涼の距離を一層遠く感じさせる。

 涼は優しいから、僕が話しかけても嫌な顔はしないと思う。
 でも、僕みたいな影の薄い人間が話しかけたら、他の人の迷惑になるかもしれない。
 本に視線を落とし、気づかれないようにそっと溜息をつく。
 涼の笑顔が、涼の存在が、いつもより遠く感じる。

 開いたままだった本を握る手に力が入り、ページの端がクシャっと歪んでしまう。
「ぁ……」
 自分がしてしまったことに、後悔の念が生まれ、溜息と一緒に皺を伸ばしていく。
 早く、放課後にならないかな……
 授業なんて早く終わって、涼と離せる時間にならないかな……
 
 涼の笑顔が頭に浮かび、図書準備室での時間が恋しくなる。
 あの静かな部屋なら、僕は涼とまた話しができるから……
 
 窓の外では、まだ煌々と太陽がきらめき、初夏の風がカーテンを揺らす。
 笑っている彼の顔を遠くから眺めていると、なぜか心がざわめく。
 この気持ちを僕はまだ、言葉にすることができない。
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