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8.最後の約束
「はい。ちょうど二年前の今日、ですね……。彼が……優斗が、突然逝ってしまったのは……」
あの日のことを思い出すと、今でも深い後悔と共にため息が出てしまう。
もっと早く気付いてやればよかった。
もっと早く、病院に連れて行けばよかった。
俺が休んでいれば……
俺がそばにいれば……
後悔してもしかたないのに、この二年、同じことを何度も考えてしまう。
「脳梗塞、だったらしいです。朝、頭が痛いと言っていたのに……俺は、そんな彼をおいて仕事に行ってしまった」
声が震えてしまう。
今思い出しても、胸がギュッと締め付けられる。
仕事なんかより、彼の方がずっと大切だったのに……
「頭が痛いって言ってたのに、笑顔で俺を見送ってくれて……そのあと、ひとりで……」
懐かしい彼の笑顔が映った写真を手に取り、親指の腹で優しく写真の中の彼を撫でる。
「苦しんだ様子は、ありませんでした。本当に、いつもと変わらない……気持ちよさそうな寝顔だった。本当に……ただ、眠っているだけにしか、見えなかった……」
頬に触れたときの、あの冷たさが今でも指に残っている。
愛しい人を、ひとりで逝かせてしまった。
ずっと一緒にいたかった。
写真の中の笑顔を見ているだけで、胸の奥が焼けるように熱くなり、同時に氷みたいに冷たくなる。
どうして……俺はまだ、生きているんだろう……
「一ノ瀬さん。久々に一杯、飲みませんか?」
マスターがカウンター席に座るように勧めてくれ、俺は久しぶりに指定席へと腰を下ろした。
長年、通い続けたこの店に、もう彼の姿は見付からない。
「……彼と同じものは淹れられませんが……」
マスターは穏やかな表情を浮かべ、俺の前にふわふわのミルクの泡が乗ったカフェ・コン・レーチェを出してくれる。
底にはちみつを沈めた、俺の好きな珈琲。
優斗が一番得意だと言って、毎週末のように作ってくれたものだ。
「……ありがとうございます」
二年ぶりに口にするカフェ・コン・レーチェ。
優斗がいなくなってから、一度も飲むことができなかった。
カップを両手で包むように持ち、ゆっくりとひと口すする。
……甘い。でも、いつも飲んでいたものよりはあっさりしている。
優斗が作ってくれたのは、はちみつがもう一匙多くて、ミルクが濃厚だった。
俺が「甘すぎる」と笑うたびに、彼は「大和さんにはこれくらいがちょうどいいんだよ」と笑ってくれた。
カップの縁に残る泡の跡を見ていると、彼が「ちょっと味見」と言って、スプーンを差し込んでくる。
パクっと口に入れた瞬間「あまぁ~い!」と文句を言う姿が可愛くて、そんな彼の唇にキスをしたのを覚えている。
この珈琲のように、甘くて、幸せだった日々。
『大和さん、今でもずっと大好きだよ』
不意に、優斗の声が耳元で囁いた気がした。
『約束、守れなくてごめんね。五十年後に、また会えるの待ってる』
死んだはずの優斗がいるんじゃないかと、慌てて振り返るも、もちろんそこには誰もいない。
ただ、カウンターの向こう側、優斗がいつも立っていた場所がぼんやりと霞んで見えただけだった。
「五十年後、って……百歳まで生きろってことか?」
声が震えてしまう。
涙が零れそうになるのを必死に堪えて、歪な笑みが顔に張り付く。
優斗が、いつも好きだよって言ってくれた笑みをどうにか浮かべ、目に見えない彼に向かってそっと囁く。
「五十年後、ちゃんと待ってろよ……」
掠れた声で呟くと、カップを持つ手が小刻みに震えた。
「お前が迎えに来てくれるまで、俺はずっと待ってるから……」
甘く華やかな珈琲の香りに包まれて、愛しい恋人の笑顔が瞼の裏に浮かぶ。
涙が一粒、カップの中に落ちて、ミルクの泡に沈んでいく。
何年経とうが、この恋を忘れることなんてできない。
愛しくてしかたない彼を、俺はずっと愛し続ける。
だから、彼の作ってくれた味を忘れないために、俺もカフェ・コン・レーチェを自分で作れるようになろう。
少しでもあの味を思い出せるように、何百回でも練習しよう。
次に会えたとき、優斗に作ってあげたいから……
「あまぁ~い!」って、ペロリと舌を出す顔をもう一度見たいから……
彼が迎えに来てくれるまでに、色々なことを経験しよう。
彼に話せる人生を送ろう。
彼が羨ましくなるくらい、楽しい人生を送ろう。
面白い出来事があったらメモして、全部全部、優斗に聞かせてやる。
優斗、愛してる。
また会える日を、俺も死ぬほど楽しみにしている。
そして、来世でも俺は優斗に恋をしたい。
ずっと、君は……俺の憧れの人だ。
≪ おわり ≫
あの日のことを思い出すと、今でも深い後悔と共にため息が出てしまう。
もっと早く気付いてやればよかった。
もっと早く、病院に連れて行けばよかった。
俺が休んでいれば……
俺がそばにいれば……
後悔してもしかたないのに、この二年、同じことを何度も考えてしまう。
「脳梗塞、だったらしいです。朝、頭が痛いと言っていたのに……俺は、そんな彼をおいて仕事に行ってしまった」
声が震えてしまう。
今思い出しても、胸がギュッと締め付けられる。
仕事なんかより、彼の方がずっと大切だったのに……
「頭が痛いって言ってたのに、笑顔で俺を見送ってくれて……そのあと、ひとりで……」
懐かしい彼の笑顔が映った写真を手に取り、親指の腹で優しく写真の中の彼を撫でる。
「苦しんだ様子は、ありませんでした。本当に、いつもと変わらない……気持ちよさそうな寝顔だった。本当に……ただ、眠っているだけにしか、見えなかった……」
頬に触れたときの、あの冷たさが今でも指に残っている。
愛しい人を、ひとりで逝かせてしまった。
ずっと一緒にいたかった。
写真の中の笑顔を見ているだけで、胸の奥が焼けるように熱くなり、同時に氷みたいに冷たくなる。
どうして……俺はまだ、生きているんだろう……
「一ノ瀬さん。久々に一杯、飲みませんか?」
マスターがカウンター席に座るように勧めてくれ、俺は久しぶりに指定席へと腰を下ろした。
長年、通い続けたこの店に、もう彼の姿は見付からない。
「……彼と同じものは淹れられませんが……」
マスターは穏やかな表情を浮かべ、俺の前にふわふわのミルクの泡が乗ったカフェ・コン・レーチェを出してくれる。
底にはちみつを沈めた、俺の好きな珈琲。
優斗が一番得意だと言って、毎週末のように作ってくれたものだ。
「……ありがとうございます」
二年ぶりに口にするカフェ・コン・レーチェ。
優斗がいなくなってから、一度も飲むことができなかった。
カップを両手で包むように持ち、ゆっくりとひと口すする。
……甘い。でも、いつも飲んでいたものよりはあっさりしている。
優斗が作ってくれたのは、はちみつがもう一匙多くて、ミルクが濃厚だった。
俺が「甘すぎる」と笑うたびに、彼は「大和さんにはこれくらいがちょうどいいんだよ」と笑ってくれた。
カップの縁に残る泡の跡を見ていると、彼が「ちょっと味見」と言って、スプーンを差し込んでくる。
パクっと口に入れた瞬間「あまぁ~い!」と文句を言う姿が可愛くて、そんな彼の唇にキスをしたのを覚えている。
この珈琲のように、甘くて、幸せだった日々。
『大和さん、今でもずっと大好きだよ』
不意に、優斗の声が耳元で囁いた気がした。
『約束、守れなくてごめんね。五十年後に、また会えるの待ってる』
死んだはずの優斗がいるんじゃないかと、慌てて振り返るも、もちろんそこには誰もいない。
ただ、カウンターの向こう側、優斗がいつも立っていた場所がぼんやりと霞んで見えただけだった。
「五十年後、って……百歳まで生きろってことか?」
声が震えてしまう。
涙が零れそうになるのを必死に堪えて、歪な笑みが顔に張り付く。
優斗が、いつも好きだよって言ってくれた笑みをどうにか浮かべ、目に見えない彼に向かってそっと囁く。
「五十年後、ちゃんと待ってろよ……」
掠れた声で呟くと、カップを持つ手が小刻みに震えた。
「お前が迎えに来てくれるまで、俺はずっと待ってるから……」
甘く華やかな珈琲の香りに包まれて、愛しい恋人の笑顔が瞼の裏に浮かぶ。
涙が一粒、カップの中に落ちて、ミルクの泡に沈んでいく。
何年経とうが、この恋を忘れることなんてできない。
愛しくてしかたない彼を、俺はずっと愛し続ける。
だから、彼の作ってくれた味を忘れないために、俺もカフェ・コン・レーチェを自分で作れるようになろう。
少しでもあの味を思い出せるように、何百回でも練習しよう。
次に会えたとき、優斗に作ってあげたいから……
「あまぁ~い!」って、ペロリと舌を出す顔をもう一度見たいから……
彼が迎えに来てくれるまでに、色々なことを経験しよう。
彼に話せる人生を送ろう。
彼が羨ましくなるくらい、楽しい人生を送ろう。
面白い出来事があったらメモして、全部全部、優斗に聞かせてやる。
優斗、愛してる。
また会える日を、俺も死ぬほど楽しみにしている。
そして、来世でも俺は優斗に恋をしたい。
ずっと、君は……俺の憧れの人だ。
≪ おわり ≫
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ブブー様
読んでくださり、ありがとうございます。( ;∀;)
五十年って、本当に長いですよね。
もっと早く迎えに来いよ!って言いたくなるも、それだけ長生きして欲しいって優斗の願いだったりします。
早めに行ったら、文句は言いつつも嬉しそうにしている彼がいそうです。
本当、読んでくださったうえに、感想までありがとうございました。
月さん
ありがとうございます!
前に書いたツイノベを改稿したヤツなのですが、綺麗にまとまりました♪
ふたりがまた一緒に珈琲を飲む機会が訪れることを、うちも祈っています。
ももたん、感想ありがとう!
優斗に会いたいがために毎日くる大和に、徐々に惹かれていく、そんなふんわりとした変化を書きたかったんだぁ~
今年の初泣き、いただきました!