【本編完結】期限つきの恋

こうらい ゆあ

文字の大きさ
13 / 42
期限つきの恋

12.不調

しおりを挟む
 悠真さんと初めてキスをしたあと、嬉しくて軽いめまいが起こった。
 頭がくらぁっとして、視界がふわふわする。
 あ……オレ、悠真さんとキス、しちゃったんだ……
 触れ合った唇の柔らかさ。
 オレを見つめる悠真さんの熱を帯びた目に、心臓が張り裂けそうなくらいドキドキする。

 幸せでいっぱいになってるのに、胸がキュッと苦しくて……
 点滴が繋がっている針がズレてしまったのか、チクッとした痛みのせいで現実に呼び戻される。
 さっきから身体が熱くてしかたない。
 抑制剤がちゃんと効いているのか、急に不安が押し寄せてくる。
 でも、気付かれちゃダメだ。
 悠真さんのフェロモンに、オレの身体が反応してるって……悠真さんにだけは気付かれちゃいけない。
 悠真さんには、こんなオレでも、今だけは恋人として見ててほしいから……
 
 ◇ ◇ ◇

 まだ外は明るかったけど、「初めて外でデートをしたから疲れただろう?」って言われ、早めに病室に戻ることになった。
「次は夕陽を見に行こう。あの屋上から見る夕陽はすっごく綺麗だから、葵も気に入ると思う」
 悠真さんのウキウキした顔を見ていると、オレまで嬉しくなってくる。
 他の看護師さんたちには能面先生とか言われてるみたいだけど、オレの前ではすっごく表情豊かなんだって改めて思った。

「うん。楽しみにしてる」
 さっきから頭がクラクラして、身体が鉛みたいに重くて倒れそう。
 でも、きっとこれは楽しすぎたからだと思う。
 子どもが遠足前に熱を出すのと一緒。
 
「じゃあ、また明日な」
 悠真さんがオレの額に触れるだけの口付けを落としてくれる。
 映画とかで見るような、恋人同士のじゃれ合い。
 普通の人がこんなことをやっても全然似合わないのに、悠真さんがやるとカッコ良すぎて心臓がドキドキしてうるさい。
 嬉しくて、幸せで、このまま時間が止まって欲しいって願ってしまう。

 でも、彼が出て行ったあと、オレはベッドに倒れ込んでしまった。
 身体が鉛みたいに重くて、浅い呼吸を繰り返してしまう。
 身体が熱いのに、額には冷や汗が滲む。
 身体の中がバラバラになってしまいそうな痛みに、声を出すことすらできなかった。
 浅い呼吸を繰り返しながら、左腕から伸びている点滴のチューブを見つめる。
 チューブの先で、透明な液がポタポタと落ちる音が、静かな病室に小さく響く。

 悠真さんとのデート……夢じゃ、ないよね?
 屋上にあんな綺麗な場所があるなんて知らなかった。
 あれってなんの花だったんだろ?
 花の甘くていい香りが風に揺れて漂ってきた。
 サンドイッチもクッキーも、すっごく美味しかった。
 悠真さんが、「昨日、遅くまで選んでたんだ」って照れくさそうに言った声。
 オレの絵を褒めてくれて、スケッチブックにぎこちない花の絵を描いてくれた……
 それに……初めて、キスをした。
 
 そっと右手で自分の唇に触れ、今日の出来事をひとつひとつ思い出す。
 唇に残るクッキーの甘い余韻と、ミントのような深緑の匂い。
 悠真さんのダークグレーの瞳が、こんなオレをまっすぐに見つめてくれた瞬間。

 悠真さん、やっぱり慣れてるんだなぁ……
 あんなカッコいい人だから、当然だよね。
 嘘でも、キスってできちゃうんだ……

 嘘でも……嬉しかったなぁ~……
 また、してもらえるのかな……?
 あと、何回……こうやって触れてもらえるんだろう……

 ズキリと胸の奥が痛み、表情が歪んでしまう。
 痛みを堪えるためにギュッと手に力を入れてみたけど、震えてしまって全然力が入らなかった。
「……もう少しだけ……もう少し、だけ……」
 涙が頬を伝い落ち、枕を濡らす。
 窓の外では、中庭の木々がそよ風に揺れている。
 いつも悠真さんが休憩でコーヒーを飲むあの木の下、今日はいつもより遠く感じる。
 悠真さんがそばに置いてくれたスケッチブックを抱き締め、オレはギュッと目を瞑って無理矢理眠りについた。
 
 ◇ ◇ ◇

 翌朝、首筋に触れる冷たい手の感触で目が覚めた。
 冷たいはずなのに、火照った身体には気持ち良くて、猫のように擦り寄ってしまう。
「……葵、いつから体調を崩していたんだ?」
 最初、誰の手なのかわからなかったけど、声を聞いて悠真さんだと気付いた。
 どこか怒っているような口調だけど、ダークグレーの瞳は心配そうに揺れている。
「……」
 返事をしたいのに、熱のこもった吐息が口から出るだけで、応えることができなかった。
 消毒液の匂いが鼻をつく病室で、悠真さんのミントのような匂いだけが、ほんの少し安心をくれる。
「昨日、無理をさせてしまっていたのか……」
 昨日と違って、悠真さんの格好はいつもの白衣姿だった。
 お医者様……だもんね。
 やっぱり、遠いなぁ……
「だ、じょ……ぶ。き、のう……たのし、くて……ちょ、と……寝るの……おそく、なっちゃった……だけ……」
 やっとの思いで出た声はカスカスだった。
 大丈夫だと言いたくて、手を伸ばしたけど、手はカタカタと震えて力が入らない。
 オレの様子を観察していた悠真さんの手が、カルテを強く握っているのか、指先が白くなっているのが見える。
「……無理を、するな……」
 どこか気持ちを抑え込んだ声に、申し訳なさが募っていくと同時に、ちょっとだけ心配してくれてるんだって思って、嬉しかった。
 ただ、抑制剤の点滴バックが入れ替えられるのを見て、また投薬の量が増やしてしまったんだと悲しくなった。
 点滴スタンドの金属がカチャリと鳴る音が、胸に小さく刺さる。

「ゆう、ま……さん。また、デート……連れて、行って……くれる?」
 掠れる声でオレが言えたのはそれだけだった。
 悠真さんをこれ以上困らせちゃいけないってわかっているけど、希望が欲しかった。
 わがままを言って迷惑をかけたくないってわかっているけど、願ってしまった。
 
 困っているような、どこか寂しげな表情でオレの額を撫でてくれる悠真さんの手が冷たくて気持ちいい。
 悠真さんの指先が、汗で濡れた前髪をそっとかき分ける。
 その優しさに、胸が温かくなるけど、同時に、どこか遠く感じる。
 医者としての悠真さんと、恋人としての悠真さんの間で、彼が揺れている気がした。
 もっと、触って欲しいなぁ……
 悠真さんの手、好きだなぁ……
 今度、手だけの絵も、描いて……みようかなぁ……

 先生の手が気持ち良くて、いつの間にかまた眠りに落ちていた。

 ◇ ◇ ◇

 この日から、寝ている時間が増えてしまった気がする。
 朝、起きようと思っているのに、気づけば朝食の時間をとっくに過ぎていたり、お昼過ぎにまた眠ってしまったり……
 窓の外の陽光が、いつもより眩しくて、目を開けているのも辛い日がある。
 先生に会いたいのに、話したいことはいっぱいあるのに、寝てしまっているせいで会えない日が続いた。

 多分、もうすぐ発情期が来るんだと思う。
 抑制剤で抑えられているけど、身体の奥で何かざわめくような感覚して、お腹の奥が時々チクチクと疼く。
 最後くらい、好きな人と一緒に発情期を迎えることができたらいいなぁ……
 そんな夢みたいなことを考えてみるけど、オレには無理だってわかってる。
 こんなオレに、そんな未来、来るわけないよな……

 暗い気持ちを少しでも明るくしたくて、前に悠真さんが描いてくれたあの花の絵を見つめる。
 花びらの大きさはバラバラで、線もちょっと歪んでるけど、見ていて温かい気持ちになってくる花の絵。
 この絵を見ているだけで、オレは少しだけ心が軽くなるのを感じた。
「大丈夫……まだ、大丈夫……」
 自分に言い聞かせるように、誰にも聞こえない声で何度も呟き、スケッチブックを抱きしめる。
 次は悠真さんと屋上で夕陽を見られる日が来るって、信じたい。
 また、デートに連れて行ってもらえるって……信じていたい。
しおりを挟む
感想 58

あなたにおすすめの小説

【完結】一生に一度だけでいいから、好きなひとに抱かれてみたい。

村松砂音(抹茶砂糖)
BL
第13回BL大賞で奨励賞をいただきました! ありがとうございました!! いつも不機嫌そうな美形の騎士×特異体質の不憫な騎士見習い <あらすじ> 魔力欠乏体質者との性行為は、死ぬほど気持ちがいい。そんな噂が流れている「魔力欠乏体質」であるリュカは、父の命令で第二王子を誘惑するために見習い騎士として騎士団に入る。 見習い騎士には、側仕えとして先輩騎士と宿舎で同室となり、身の回りの世話をするという規則があり、リュカは隊長を務めるアレックスの側仕えとなった。 いつも不機嫌そうな態度とちぐはぐなアレックスのやさしさに触れていくにつれて、アレックスに惹かれていくリュカ。 ある日、リュカの前に第二王子のウィルフリッドが現れ、衝撃の事実を告げてきて……。 親のいいなりで生きてきた不憫な青年が、恋をして、しあわせをもらう物語。 ※性描写が多めの作品になっていますのでご注意ください。 └性描写が含まれる話のサブタイトルには※をつけています。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」さまで作成しました。

カフェ・コン・レーチェ

こうらい ゆあ
BL
小さな喫茶店 音雫には、今日も静かなオルゴール調のの曲が流れている。 背が高すぎるせいか、いつも肩をすぼめている常連の彼が来てくれるのを、僕は密かに楽しみにしていた。 
苦いブラックが苦手なのに、毎日変わらずブラックを頼む彼が気になる。 今日はいつもより温度を下げてみようかな?香りだけ甘いものは苦手かな?どうすれば、喜んでくれる? 「君の淹れる珈琲が一番美味しい」
苦手なくせに、いつも僕が淹れた珈琲を褒めてくれる彼。 照れ臭そうに顔を赤ながらも褒めてくれる彼ともっと仲良くなりたい。 そんな、ささやかな想いを込めて、今日も丁寧に豆を挽く。 甘く、切なく、でも愛しくてたまらない―― 珈琲の香りに包まれた、静かで優しい記憶の物語。

この運命を、あなたに。

皆中透
BL
オメガが治める国、オルサラータ。この国は、王がアルファを側室に迎える形式で子孫を残し、繁栄して来た。 イセイは現王ジュオの運命のつがいとの間の息子で、ジュオの二番目の子供にあたる。彼には兄が一人と弟が二人いるのだが、その弟の父であるイファに長年恋心を寄せていた。 しかし、実父の側室であり、弟たちの父親である人を奪ってまで幸せになる事など出来ないと思い、一度もその想いを告げたことはなかった。そして、成人後には遠くの領地をもらい、イファから離れる道を選ぶと決めている。そうして想いに蓋をしたまま、彼は成人の日を迎えた。 祝宴の日の朝、正装をした四兄弟は杯を交わし、これからも変わらずにいることを誓い合おうとしていた。すると、その杯を飲み干したイセイは、そのままその場に倒れ込んでしまう。 暗殺かと思われたその出来事は、イセイが翌日目を覚ましたことで杞憂に終わったのだが、目覚めたイセイはなぜかオメガになっていて……。 秘めた想いが絡まり合い、真っ直ぐに繋がれない恋。 不器用な二人が番うまでの日々を綴る、訳ありオメガバース。

【完結】完璧アルファな推し本人に、推し語りするハメになったオレの顛末

竜也りく
BL
物腰柔らか、王子様のように麗しい顔、細身ながら鍛えられた身体、しかし誰にも靡かないアルファの中のアルファ。 巷のお嬢さん方を骨抜きにしているヴァッサレア公爵家の次男アルロード様にオレもまたメロメロだった。 時に男友達に、時にお嬢さん方に混ざって、アルロード様の素晴らしさを存分に語っていたら、なんとある日ご本人に聞かれてしまった。 しかも「私はそういう人の心の機微が分からなくて困っているんだ。これからも君の話を聞かせて欲しい」と頼まれる始末。 どうやら自分の事を言われているとはこれっぽっちも思っていないらしい。 そんなこんなで推し本人に熱い推し語りをする羽目になって半年、しかしオレも末端とはいえど貴族の一員。そろそろ結婚、という話もでるわけで見合いをするんだと話のついでに言ったところ…… ★『小説家になろう』さんでも掲載しています。

六年目の恋、もう一度手をつなぐ

高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。 順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。 「もう、おればっかりが好きなんやろか?」 馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。 そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。 嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き…… 「そっちがその気なら、もういい!」 堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……? 倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡

大嫌いなアルファと結婚しまして

リミル
BL
面倒見のいい隠れSなα×アルファから転化したΩ 久世優生と神崎基城はアルファの幼馴染みで、互いのスペックを競い合うライバル同士でもあった。 パーティーの最中、基城は原因不明の体調不良に襲われ、第二性がアルファからオメガに転化したと告げられる。 オメガになったことで、優生に馬鹿にされるかと思えば、何故かプロポーズを申し込まれてしまい──!?

(完結)冷徹アルファを揺さぶるオメガの衝動

相沢蒼依
BL
 名門・青陵高校に通う佐伯涼は、誰もが一目置く完璧なアルファ。冷静沈着で成績優秀、規律を重んじる彼は、常に自分を律して生きてきた。だがその裏には厳格な父と家の名に縛られ、感情を抑え込んできた孤独があった。  一方、クラスの問題児と呼ばれる榎本虎太郎は自由奔放で喧嘩っ早く、どこか影を抱えた青年。不良のような外見とは裏腹に、心はまっすぐで仲間思い。彼が強さを求めるのは、かつて“弱さ”ゆえに傷ついた過去がある。  青陵高校1年の秋。冷徹で完璧主義の委員長・佐伯涼(α)は、他校の生徒に絡まれたところを隣のクラスの榎本虎太郎(Ω)に助けられる。だがプライドを傷つけられた佐伯は「余計なことをするな」と突き放し、二人の関係は最悪の出会いから始まった。 《届かぬ調べに、心が響き合い》 https://estar.jp/novels/26414089 https://blove.jp/novel/265056/ https://www.neopage.com/book/32111833029792800 (ネオページが作品の連載がいちばん進んでおります)

さよならの向こう側

よんど
BL
【お知らせ】 今作に番外編を加えて大幅に加筆修正したものをJ庭58で販売しました。此方の本編を直す予定は御座いません。 BOOTH https://yonsanbooth-444.booth.pm/items/7436395 ''Ωのまま死ぬくらいなら自由に生きようと思った'' 僕の人生が変わったのは高校生の時。 たまたまαと密室で二人きりになり、自分の予期せぬ発情に当てられた相手がうなじを噛んだのが事の始まりだった。相手はクラスメイトで特に話した事もない顔の整った寡黙な青年だった。 時は流れて大学生になったが、僕達は相も変わらず一緒にいた。番になった際に特に解消する理由がなかった為放置していたが、ある日自身が病に掛かってしまい事は一変する。 死のカウントダウンを知らされ、どうせ死ぬならΩである事に縛られず自由に生きたいと思うようになり、ようやくこのタイミングで番の解消を提案するが... 運命で結ばれた訳じゃない二人が、不器用ながらに関係を重ねて少しずつ寄り添っていく溺愛ラブストーリー。 (※) 過激表現のある章に付けています。 *** 攻め視点 ※当作品がフィクションである事を理解して頂いた上で何でもOKな方のみ拝読お願いします。 扉絵  YOHJI@yohji_fanart様 (無断転載×)

処理中です...