【本編完結】期限つきの恋

こうらい ゆあ

文字の大きさ
22 / 42
期限つきの恋

20.過去

しおりを挟む
「絵を描くのは、子どもの頃から好きだったんだよね。母さんの写真を見て、色鉛筆で似顔絵を描いたのが最初だったかな。勉強も苦手だったし、目立たないヤツだったけど、絵だけは褒めてもらえたんだ~」
 唯一、父さんも褒めてくれたことが絵を描くことだった。
 初めて描いた母さんの絵を見て、父さんは笑って頭を撫でてくれた。
「葵は絵の才能があるのかもな」
 最初で最後の、父さんからの誉め言葉。

「高校を出てから、イラストレーターとして少しずつ仕事をもらえるようになって……SNSでバズった時は、信じられなかったなぁ~。すごいんだよ?通知が止まらなくて、スマホが壊れたんじゃないかって不安になったんだから」
 あの時のことを思い出すだけでクスクスと自然と笑いが出てくる。

 専門学校に行きたかったけど、これ以上父さんに迷惑をかけれないから、ひとり暮らしを始めて、毎日アルバイトに明け暮れた。
 家でコソコソ絵を描いたり、路上で似顔を描いたりしたっけ……
 オレがどれだけ絵を描いても、お金にならないのはわかっていたけど、唯一父さんに褒めてもらえた絵を辞めることができなかった。

「オレが描いた水に映る夕陽の絵。海辺の夕陽で、青とオレンジが混ざる空を、キラキラ光る波と一緒に描いたの。有名な歌手が『この絵、めっちゃ心に刺さった!』って拡散してくれて、フォロワーが一気に増えたんだよね。ホントびっくりしちゃった」
 あの時の興奮は、今でも忘れられない。
『いいね』が見る見るうちに増えていって、たくさんのコメントが書き込まれていく。
 当然、賛辞の言葉だけじゃなかったけど、それでもオレなんかの絵を見てくれる人がこんなにたくさんいるんだって思えてすっごく嬉しかった。
「オレみたいなやつにも、DMでファンレターが来たんだよ。『あなたの絵を見て、生きる元気が出ました』って書いてあって、嬉しくてついスクショまで撮っちゃった」
 当時のことを思い出して、ちょっと自慢気に話してみる。
 悠真さんも「確かに、葵の絵はすごく上手いからな」って、優しく笑ってくれた。

 本当に楽しかった。
 あの時は、絵を描くのが本当に楽しかった。
 たくさんの人に褒めてもらえて、『好きだ』って言ってもらえて、勇気をたくさんもらえた。

「でも……ある日、突然……オレの絵は『盗作だ』って言われたんだ」
 胸の奥深くに隠していた黒い塊がズキズキと痛む。
 笑っていたいのに、あの時のことを思い出すだけで、心が急激に冷たくなっていくのがわかる。
「有名なインフルエンサーが、オレの絵と全然似てない絵を並べて『これ、似てるよね?アオって人、盗作してるみたい』って投稿したのがきっかけで、全部が変わっちゃった」
 深い、深いため息が、口から出てしまう。
「その人のフォロワーが何十万人もいて、コメント欄が一気に荒れた。『パクリ絵師!』『才能ないくせに!』って、いっぱい言われちゃったなぁ……」
 当時、知らない人たちからの投げつけられる言葉の数々に、押し潰されそうだった。
 画面越しに言葉の刃が刺さってきて、見えない傷がどんどん増えていくみたいだった。
「オレだって、必死で否定したよ?『これはオレが描いた絵です!』って、制作過程の動画を上げたり、友だちが『アオの絵は本物だよ』って擁護してくれた」
 でも、オレのせいで、無関係な友だちにまで誹謗中傷の言葉が投げつけられるようになっちゃった。
 オレを擁護したせいで、友だちは絵を描くのを辞めてしまった。
 ひとり、またひとりとフォロワーが消えていく。
 友だちだと思っていた人も、徐々に疎遠になっていって、知らない人ばかりになっちゃった。

「オレの絵を『盗作だ』って言ったインフルエンサーが、『盗作されたけど、アオさんを許してあげて』って上から目線で言ったら、もっと攻撃がひどくなった。『AIで描いた絵だろ!』『昔の絵は下手くそなのに、急に上手くなるわけない!』って、オレが中学生の時に描いたガタガタの絵を掘り出されて、笑いものにされた」
 声が震えて、悠真さんに握ってもらっている手が微かに震えてしまう。
 当時のことを思い出すだけで、喉の奥に苦い何かが溢れてくる。
 落ち着こうと息を吸うけど、吸った息すら震えてしまった。
 悠真さんが心配そうにオレをギュッと抱きしめてくれた。
 大丈夫って言いたくて、声を出そうとしたけど出なくて……歪な笑みを浮かべるしかできなかった。

「それから、絵を描くのが怖くなった。何を上げても『パクリ』って言われる。色を選ぶのが大好きだったのに、どんな色を使っても『誰々の真似』って言われる。スケッチブックを開くたび、手が震えて線が引けなくなった。ファンレターをくれた子にも、『あの絵、ほんとにあなたが描いたの?』ってDMが来て、胸が締め付けられた。絵を描くことだけが、オレの全部だったのに……全部否定されちゃった」
 瞬きをした瞬間、涙が頬を伝い落ちた。
 悠真さんに心配をかけたくないから笑って話をしたいのに、一度溢れ出してしまった涙を止めることができなかった。
 もうずっと前のことだから、平気だって言いたいのに……
 
 部屋に閉じこもって、カーテンを閉めて、誰とも話さなくなった。
 発情期が来ても、抑制剤を飲んでごまかした。
 身体が熱くて、頭がぼやけて、動けなくなるのはいつものことだったから……
 もう、全部がどうでもいいやって思ってたんだ。
 だから、あの日、コンビニの帰り道に倒れて、目が覚めたら病院だった。
「『フェロモン崩壊症』って診断された時は笑っちゃった。自業自得だよね。誰にも求められてない絵ばっかり描いて、生まれてくることすら望まれてなくて、母さんを殺した人殺しでしかない。優秀な奴に、せめて普通にならなきゃいけなかったのに、Ωなんかに生まれちゃったんだから……」
 ため息と共に、ずっと隠していた病気の経緯を話す。
 こんな話、誰も聞きたくないのに、悠真さんの胸に顔を埋めて、涙がポロポロ零れる。
「『フェロモン崩壊症』になったのは、当然だと思う。……オレみたいなΩが、誰かの『番』になるなんて間違い、犯しちゃいけないから……。神様が、自分の立場をわきまえろって言ってるんだと思う」
 手のひらで目元を擦って涙を拭う。

 オレは肺いっぱいに空気を吸い込み、全てを出し切って空を仰ぐ。
 これ以上悠真さんを困らせたくないから、この話はここでおしまい。
 こんな話をしたから、悠真さんはオレのことを嫌いになったと思う。
 面倒くさいΩだなぁ~って、絶対思ったと思う。
 だって、オレもそう思うから……
 うん。これで、いいと思う。
 だって、オレなんかが幸せになっちゃいけないから……
 もう、充分幸せはもらったから……
しおりを挟む
感想 58

あなたにおすすめの小説

【完結】一生に一度だけでいいから、好きなひとに抱かれてみたい。

村松砂音(抹茶砂糖)
BL
第13回BL大賞で奨励賞をいただきました! ありがとうございました!! いつも不機嫌そうな美形の騎士×特異体質の不憫な騎士見習い <あらすじ> 魔力欠乏体質者との性行為は、死ぬほど気持ちがいい。そんな噂が流れている「魔力欠乏体質」であるリュカは、父の命令で第二王子を誘惑するために見習い騎士として騎士団に入る。 見習い騎士には、側仕えとして先輩騎士と宿舎で同室となり、身の回りの世話をするという規則があり、リュカは隊長を務めるアレックスの側仕えとなった。 いつも不機嫌そうな態度とちぐはぐなアレックスのやさしさに触れていくにつれて、アレックスに惹かれていくリュカ。 ある日、リュカの前に第二王子のウィルフリッドが現れ、衝撃の事実を告げてきて……。 親のいいなりで生きてきた不憫な青年が、恋をして、しあわせをもらう物語。 ※性描写が多めの作品になっていますのでご注意ください。 └性描写が含まれる話のサブタイトルには※をつけています。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」さまで作成しました。

カフェ・コン・レーチェ

こうらい ゆあ
BL
小さな喫茶店 音雫には、今日も静かなオルゴール調のの曲が流れている。 背が高すぎるせいか、いつも肩をすぼめている常連の彼が来てくれるのを、僕は密かに楽しみにしていた。 
苦いブラックが苦手なのに、毎日変わらずブラックを頼む彼が気になる。 今日はいつもより温度を下げてみようかな?香りだけ甘いものは苦手かな?どうすれば、喜んでくれる? 「君の淹れる珈琲が一番美味しい」
苦手なくせに、いつも僕が淹れた珈琲を褒めてくれる彼。 照れ臭そうに顔を赤ながらも褒めてくれる彼ともっと仲良くなりたい。 そんな、ささやかな想いを込めて、今日も丁寧に豆を挽く。 甘く、切なく、でも愛しくてたまらない―― 珈琲の香りに包まれた、静かで優しい記憶の物語。

この運命を、あなたに。

皆中透
BL
オメガが治める国、オルサラータ。この国は、王がアルファを側室に迎える形式で子孫を残し、繁栄して来た。 イセイは現王ジュオの運命のつがいとの間の息子で、ジュオの二番目の子供にあたる。彼には兄が一人と弟が二人いるのだが、その弟の父であるイファに長年恋心を寄せていた。 しかし、実父の側室であり、弟たちの父親である人を奪ってまで幸せになる事など出来ないと思い、一度もその想いを告げたことはなかった。そして、成人後には遠くの領地をもらい、イファから離れる道を選ぶと決めている。そうして想いに蓋をしたまま、彼は成人の日を迎えた。 祝宴の日の朝、正装をした四兄弟は杯を交わし、これからも変わらずにいることを誓い合おうとしていた。すると、その杯を飲み干したイセイは、そのままその場に倒れ込んでしまう。 暗殺かと思われたその出来事は、イセイが翌日目を覚ましたことで杞憂に終わったのだが、目覚めたイセイはなぜかオメガになっていて……。 秘めた想いが絡まり合い、真っ直ぐに繋がれない恋。 不器用な二人が番うまでの日々を綴る、訳ありオメガバース。

【完結】完璧アルファな推し本人に、推し語りするハメになったオレの顛末

竜也りく
BL
物腰柔らか、王子様のように麗しい顔、細身ながら鍛えられた身体、しかし誰にも靡かないアルファの中のアルファ。 巷のお嬢さん方を骨抜きにしているヴァッサレア公爵家の次男アルロード様にオレもまたメロメロだった。 時に男友達に、時にお嬢さん方に混ざって、アルロード様の素晴らしさを存分に語っていたら、なんとある日ご本人に聞かれてしまった。 しかも「私はそういう人の心の機微が分からなくて困っているんだ。これからも君の話を聞かせて欲しい」と頼まれる始末。 どうやら自分の事を言われているとはこれっぽっちも思っていないらしい。 そんなこんなで推し本人に熱い推し語りをする羽目になって半年、しかしオレも末端とはいえど貴族の一員。そろそろ結婚、という話もでるわけで見合いをするんだと話のついでに言ったところ…… ★『小説家になろう』さんでも掲載しています。

六年目の恋、もう一度手をつなぐ

高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。 順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。 「もう、おればっかりが好きなんやろか?」 馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。 そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。 嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き…… 「そっちがその気なら、もういい!」 堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……? 倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡

大嫌いなアルファと結婚しまして

リミル
BL
面倒見のいい隠れSなα×アルファから転化したΩ 久世優生と神崎基城はアルファの幼馴染みで、互いのスペックを競い合うライバル同士でもあった。 パーティーの最中、基城は原因不明の体調不良に襲われ、第二性がアルファからオメガに転化したと告げられる。 オメガになったことで、優生に馬鹿にされるかと思えば、何故かプロポーズを申し込まれてしまい──!?

(完結)冷徹アルファを揺さぶるオメガの衝動

相沢蒼依
BL
 名門・青陵高校に通う佐伯涼は、誰もが一目置く完璧なアルファ。冷静沈着で成績優秀、規律を重んじる彼は、常に自分を律して生きてきた。だがその裏には厳格な父と家の名に縛られ、感情を抑え込んできた孤独があった。  一方、クラスの問題児と呼ばれる榎本虎太郎は自由奔放で喧嘩っ早く、どこか影を抱えた青年。不良のような外見とは裏腹に、心はまっすぐで仲間思い。彼が強さを求めるのは、かつて“弱さ”ゆえに傷ついた過去がある。  青陵高校1年の秋。冷徹で完璧主義の委員長・佐伯涼(α)は、他校の生徒に絡まれたところを隣のクラスの榎本虎太郎(Ω)に助けられる。だがプライドを傷つけられた佐伯は「余計なことをするな」と突き放し、二人の関係は最悪の出会いから始まった。 《届かぬ調べに、心が響き合い》 https://estar.jp/novels/26414089 https://blove.jp/novel/265056/ https://www.neopage.com/book/32111833029792800 (ネオページが作品の連載がいちばん進んでおります)

さよならの向こう側

よんど
BL
【お知らせ】 今作に番外編を加えて大幅に加筆修正したものをJ庭58で販売しました。此方の本編を直す予定は御座いません。 BOOTH https://yonsanbooth-444.booth.pm/items/7436395 ''Ωのまま死ぬくらいなら自由に生きようと思った'' 僕の人生が変わったのは高校生の時。 たまたまαと密室で二人きりになり、自分の予期せぬ発情に当てられた相手がうなじを噛んだのが事の始まりだった。相手はクラスメイトで特に話した事もない顔の整った寡黙な青年だった。 時は流れて大学生になったが、僕達は相も変わらず一緒にいた。番になった際に特に解消する理由がなかった為放置していたが、ある日自身が病に掛かってしまい事は一変する。 死のカウントダウンを知らされ、どうせ死ぬならΩである事に縛られず自由に生きたいと思うようになり、ようやくこのタイミングで番の解消を提案するが... 運命で結ばれた訳じゃない二人が、不器用ながらに関係を重ねて少しずつ寄り添っていく溺愛ラブストーリー。 (※) 過激表現のある章に付けています。 *** 攻め視点 ※当作品がフィクションである事を理解して頂いた上で何でもOKな方のみ拝読お願いします。 扉絵  YOHJI@yohji_fanart様 (無断転載×)

処理中です...