【本編完結】期限つきの恋

こうらい ゆあ

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~another~ 期限のない恋

3.打ち上げ

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 クランクアップ後、テンションの高い監督と脚本家に強制参加で打ち上げに連れて来られたのは、スタジオ近くの居酒屋だ。
 監督たちが撮影中入り浸っていた居酒屋を貸し切りにしてもらい行われた打ち上げは、賑やかで温かな空気に包まれていた。

 映画、『期限付きの恋』の撮影で過ごした8週間が、まるで夢のように濃密で、今こうして皆とグラスを傾けているのが不思議な気分だ。
 監督が「最高の作品ができた!」と声を張り上げるたび、スタッフやキャストから笑い声と共に拍手が沸き起こる。
 
 俺は、普段の撮影現場では、こういう場に参加することはできるだけ避けるようにしていた。
 酔っぱらった監督や俳優陣の相手をすることはもちろん、この機会に親睦を深めようと画策する女性陣から逃げるためだ。
 だが、今回だけは、どうしても逃げることができなかった。
 主演のひとりである俺が、年下であり新人のもうひとりの主演を置き去りにして、断ることなんてできなかった。
 彼も不参加だと言ってくれれば、遠慮なく俺も断ることができたのだが、彼は監督たちからの強い要望を断ることができず、あれよあれよという間にここに連れて来られてしまった。
 俺が店に到着して早々、彼に声をかけようとしたが、青葉は新人らしい初々しさで、監督やスタッフにぺこぺこと頭を下げながら挨拶周りをしている。
 スタッフ陣からも弟のように可愛がられている青葉の周りには、笑いが絶えない様子が伺えた。
 
 青葉の撮影は2日前の海でのロケで終わっていたが、今日がクランクアップという理由でスタジオに来ていたらしい。
 監督の「カット!オールアップ!」という掛け声と同時に歓声がスタジオ内に響き、青葉が目の端に涙を溜めながら花束を渡してくれた。
 白色のシャツにデニムというラフな格好だったのに、俺は彼から目が離せなかった。
 
 撮影初日、緊張でガチガチだった彼が、台詞を噛むたびに「すみませんでした!」と叫んでいた姿が今でも鮮明に思い出される。
 あの頃の彼は、まるで子犬のようだった。
 なのに、撮影が進むにつれて、青葉はどんどん『葵』になっていった。
 あの海のシーンで、夕陽に染まったロケ地の中で泣きじゃくる青葉を見たとき、俺は一瞬、役の悠真としてではなく、俺自身として彼を抱きしめたい衝動に駆られた。
 青葉の涙は、葵のものだったけど、同時に青葉自身のものだった。
 その純粋さが、俺の心を妙にざわつかせる。
 
「佐藤さん、お疲れ様です!ホッント、葵くんめっちゃ良かったですよね!あの泣き顔に心揺さぶられる人が何人いたか!というか、葵くんの泣き顔、めちゃくちゃそそられません?」
 美咲役の彩花あやかが、ビールジョッキを片手に俺の隣にドカッと座ってきた。
「彩花、酔ってるだろ?」
 ゴクゴクと喉を鳴らしながらビールを飲み干す彼女に呆れつつも、何度か共演したことのある友人である彼女の存在に内心ホッとする。
「まだまだ~。こんなんじゃ彩花ちゃんは酔っ払いませんよぉ~。で、佐藤さんはどう思ったんですか?葵くんのえ・ん・ぎ♡」
 ニヤニヤとほんのり赤く染まった顔で酔ってないと言われても信用できない。
 むしろ、こうやって絡んでくるあたり、相当な量をもう飲んでいるのが伺える。
「ちゃんとマネージャーに連れて帰ってもらえよ?で、青葉の演技だっけ。青葉の演技は……確かにすごかった。俺も何度かドキッとしたよ」
 本音がポロリと零れると、彩花がにやぁっと猫のような意地悪な笑みを浮かべる。
「ふぅーん……佐藤さん、ドキッとしたんだ?葵くんに?へぇ~、なんか面白そうな話!」
「やめろって、からかうなよ」
 俺は苦笑いしながらビールを一口飲む。
 彩花の言葉に、胸の奥がチクッと疼く。
 青葉に、ドキッとした。
 それは、役としてじゃなく、俺自身の気持ちとしてだ。
 たしかに、青葉の演じた葵は、日が経つごとに完璧な葵になっていくのを感じた。
 純粋な想いを胸に秘め、死への恐怖を必死に笑顔で隠す彼の健気な姿に、俺自身も惹かれたのは嘘じゃない。
 
 視線を戻すと、青葉が監督と話しながら、時折こっちをチラチラ見ているのに気づく。
 目が合うと、慌てて視線を逸らす彼の耳が、微かに赤くなっていた。
 その仕草が、映画の葵が悠真を見つめるシーンと重なって、胸が締め付けられる。
 
 撮影中、青葉の手を握るシーンで、彼の指先が小さく震えていたのを思い出す。
 あの瞬間とき、俺は役の悠真として手を握ったはずなのに、青葉の熱い体温が俺の心まで揺さぶった。
 首筋に触れるたび、青葉の身体がピクッと反応するのを感じて、演技を超えた何かがそこにはあった。
「佐藤さん、最後の海のシーン、めっちゃリアルだったよね。あの抱きしめるシーン、キュンとしたもん!」
 彩花がさらに畳み掛けてくる。
「彩花、お前、ほんと容赦ないな。でも……確かに、あのシーンは特別だった」
 俺はグラスを握りしめながら、ポツリと答える。
 
 あの海のシーンで、青葉を抱きしめたとき、彼の華奢な肩が俺の腕の中で小さく震えていた。
 演技だとわかっていても、青葉の涙や吐息があまりにもリアルで、俺は一瞬、役を忘れそうになった。
 本当に、このまま青葉が死んでしまうような、2度と抱きしめることができないんじゃないかという恐怖に心が凍えそうになった。
「俺を、ひとりにしないでくれ……」と囁いたのは、悠真としての台詞だったけど、半分は俺の本音だ。
 俺自身が、青葉と離れたくないと願ってしまった。

 ふと、青葉がこっちに近づいてくるのが見える。
 少し酔ったのか、頬がほんのりピンク色に染まっていて、目がキラキラしている。
「佐藤さん!あの、監督が、試写会までにいっぱい宣伝とかイベントを企画してくれるって言ってましたよ!それに、できるだけ早く試写会のスケジュールも決めるって言ってました!」
 青葉の声は、興奮と緊張が混じったような、子犬みたいな明るさだ。
「そうか、楽しみだな。青葉、試写会でまた泣くんじゃないか?」
 つい意地悪を言ってしまうと、青葉は拗ねたように頬を膨らせ、ブツブツと文句を言いだす。
「オレ、そんな泣き虫じゃないですよ……その、佐藤さんの演技を見てたら、ちょっと涙腺が弱くなるだけで……」
 その仕草があまりにも愛らしくて、思わず笑ってしまう。
「まあ、泣いてもいいけどな。青葉の涙、葵そのものだから」
 俺が言うと、青葉の目が一瞬大きく見開かれ、すぐに恥ずかしそうに俯いてしまう。
「……佐藤さん、ずるいですよ……」
 小さな声で呟く青葉の耳は、真っ赤だった。

 あぁ……ほんと、こいつ可愛いな……
 
 打ち上げの喧騒の中で、青葉が他のスタッフに呼ばれ、離れていく後ろ姿を見ながら、俺はグラスを握る手に力を込める。
 試写会の後、青葉と海に行く約束。
 あの海は、映画の中の葵と悠真にとって特別な場所だった。
 でも、俺にとって……いや、俺と青葉にとって、あの場所はもっと特別なものになるかもしれない。
 青葉の笑顔、震える指先、キラキラした目。
 全部が、俺の心を掴んで離さない。
 映画の役としての悠真じゃなく、佐藤悠真個人として、青葉と向き合いたい。
 そんな小さな欲が、俺の中でふつふつと沸き上がってきていた。
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