【本編完結】期限つきの恋

こうらい ゆあ

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~another~ 期限のない恋

10.葵のやりたかったデート

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 佐藤さんのフォレスターが海辺の駐車場に停まったのは、ちょうど昼過ぎだった。
 秋の空は高くて、白い雲がふわふわ浮かんでいる。
 映画の海のシーンとは違って、なんか明るくて爽やかな感じがした。
 
 ドアを開けると、潮風がふわっと頬を撫でて、波の音がザザーッと耳に響く。
「青葉、着いたぜ。ほら、早く行こう」
 佐藤さんがサングラスを外しながら笑うと、ダークグレーの瞳がキラッと光って、思わずドキッとした。
 佐藤さんのこと、意識してるのがバレないように、元気よく声を出して言う。
「うん、行く!」
 スケッチブックをカバンに詰めて、砂浜に向かう道を佐藤さんと並んで歩いた。
 不意に映画の葵の台詞が頭に浮かんで、佐藤さんに語りかけるように呟いた。
「真っ白な砂浜を、悠真さんと歩いてみたい。さざ波がオレと悠真さんの足を濡らしながら、砂を流してくれるの。きっと暑いから、途中で冷たいかき氷を買って、パラソルの下で一緒に食べたいな~」
 あのシーン、葵の病室の窓から夕陽を眺めながら、悠真さんに夢を語るシーンだった。
 映画のスクリーンに映し出された葵のキラキラした笑顔。
 叶わない夢だとわかっていながらも、悠真さんに聞いてほしくて、口にした願い。
 葵の夢は叶わなかったけど、オレは今、佐藤さんと海に来ることができている。
 そう思うと、胸がぎゅっと熱くなった。
 
 砂浜に降りると、秋の海は静かで、映画の夏の海みたいに賑やかじゃないけど、なんか穏やかで優しい感じがした。
「佐藤さん、ほら、葵が言ってたみたいに、さざ波が足を濡らしてる!」
 俺は靴を脱いで裸足で砂浜を歩きながら、笑って佐藤さんを振り返った。
 波がシュワシュワって足元をくすぐって、砂がさらさら流れてく。
 佐藤さんも靴を脱いで、ズボンの裾をまくって、俺の隣を歩いてくれた。
「確かに、青葉の言う通りだな。気持ちいいな……」
 佐藤さんの笑顔、映画の悠真さんみたいで、でも素の佐藤さんそのもので、俺はなんか嬉しくてたまらない。
 
「佐藤さん、葵、かき氷食べたいって言ってたよね! パラソルの下で一緒に!」
 俺がテンション高く言うと、佐藤さんが「よし、じゃあ探してみるか」って笑って、砂浜沿いの道を歩き始めた。
 映画の葵が夢見てた海水浴場の海の家。
 海の家で食べる焼きそばやかき氷が売ってるあの雰囲気が、オレも大好きだった。
 佐藤さんと焼きそばを食べるの、めちゃくちゃ楽しみにしてたんだけど……時期が悪かった。
 秋だからか、海辺の店はシャッターが閉まっていて、パラソルも片付けられてた。
 
「うわ……海の家、閉まってる……」
 しょんぼりしながら呟くオレを見て、佐藤さんがポンポンと頭を撫でながら笑って慰めてくれる。
「まあ、秋だしな。俺が誘ったタイミングも悪かったし、したないよ」
 佐藤さんがオレの頭を優しく撫でてくれたから、しょんぼりしてた気持ちはちょっとマシになったけど、やっぱり焼きそば食べたかったな……

「ほら、青葉。葵の次の台詞はどうだった?」
 佐藤さんがニヤッと笑い、手を握られる。
「海辺を散歩したい」
 オレが葵の台詞を口にすると、「正解」って言ってくれた。
「そっちはちゃんと叶えてやれる」
 突然、手をぐいっと引き寄せられたせいで、砂浜に足を取られて佐藤さんの胸に寄りかかってしまう。
「え、佐藤さん!? な、なに!?」
 オレはびっくりして顔真っ赤になって慌てると、佐藤さんが映画の悠真さんの台詞を、ちょっと低めの声で囁く。
「なら、俺が青葉をおぶって歩いてやる。青葉は軽いから、背負って走ることもできるだろ?」
 その瞬間、映画のシーンが頭にフラッシュバックした。
 病室で葵が「砂浜を歩くのは無理」って諦め顔でクスクス笑うと、悠真さんが「俺が背負ってやる」って答えるシーン。
 オレの一番好きな台詞。
 
「さ、佐藤さん……そこ、名前間違ってんじゃん」
 佐藤さんの声が頭の中で反響する。
 葵じゃなくて、本気でオレに言ってくれてるみたいで、さっきから胸が苦しいくらいドキドキする。
「ホントに……佐藤さん、ホントに悠真さんみたいだ」
 オレが照れくさくて小声で呟くと、佐藤さんが「ほら、じっとしてろよ!」って笑いながら、オレをおぶってくれた。
 佐藤さんの背中、めっちゃ温かくて、肩越しに見える海がキラキラ光ってた。
「ヤバッ!佐藤さん、めっちゃカッコいいんだけど! でも、恥ずかしいよこれ!」
 俺が笑いながら言うと、佐藤さんは「バカ、葵の夢だろ?」と言って、悪戯っぽくニヤッと笑みを浮かべた瞬間、急に波打ち際を駆けまわる。
「ちょっ!佐藤さんなに!?ぇっ、ヤバいって!冷たっ!」
 佐藤さんが波を蹴り上げると、水滴がオレの頬に当たって冷たいのに気持ちいい。
「ちゃんとしがみ付いてないと落としてびちゃびちゃになるからな」
 オレは振り落とされないように佐藤さんにしがみ付き、足を延ばしてバランスを取る。
 ダンスをしてみるみたいにくるくる回って、蹴り上げた雫がキラキラと輝く。
 佐藤さんも楽しそうで、子どもみたいに声を上げて笑ってた。

 散々駆け回って、ふたりで大笑いして、佐藤さんのズボンがじっとりと海水で濡れてしまってた。
「自分で歩く」って、言ったのに、佐藤さんはオレを降ろしてくれなくて、おんぶされたまま砂浜を歩いた。
 波の音と佐藤さんの足音が混ざって、なんか映画の続きを生きてるみたいだった。
 秋の砂浜は少し冷たいけど、佐藤さんの背中の温もりが幸せで、胸の奥まであたためてくれる。
「佐藤さん、葵、焼きそばも食べて海辺を散歩したかったって言ってたよね……海の家、閉まってたけど、散歩はできたね」
 オレが佐藤さんの背中で笑いながら言うと、佐藤さんが振り返って笑ってくれた。
「青葉、次は夏に来て、焼きそばを一緒に食おう。かき氷とフランクフルトもな!」
 佐藤さんの笑い声とオレの笑い声が混ざり合って、海に響く。
「うん!次は、色々食べたい!あ、でも、佐藤さんが海の家に来たら大騒ぎになっちゃうかも」
 何となく状況を想像して笑みが零れる。
「大丈夫だろ?……サングラスを掛けてれば、俺だってわらないだろ?」
 佐藤さんが自信ありげに言ってきたけど、それ、絶対無理だと思う。
 だって、大人気俳優の『佐藤 悠真』だもん!
 普通の人とオーラが違うよ。
 佐藤さんが人混みの中にいても、きっと周りにぽっかりと“佐藤さん専用の空間”ができちゃうと思う。
 だって佐藤さんのオーラが強すぎて、誰も近づけないと思うけど、遠くからでも見たい!って思う人が集まって来ちゃうと思うから……

「絶対大騒ぎになって、デートどころじゃなくなると思う。うん。絶対そう!だってオレも絶対一緒になって騒いでる気がするもん」
 佐藤さんの背に乗ったまま、クスクス笑っていると、不満げな文句を言ってくる。
「青葉は俺と一緒に囲まれてる方じゃないのかよ」
 背後からしがみついてるだけだったから、佐藤さんの表情はちゃんと見えてなかったけど、ちょっとだけ拗ねたような顔をしてるのはわかっちゃった。
 
 そんな他愛ない会話をしながら、人気の少ない砂浜を散歩する。
 途中でやっと佐藤さんがオレを下ろしてくれて、ふたりで並んで砂浜に敷いたレジャーシートの上に座った。
 優しい秋の風が頬を撫で、潮の匂いを運んでくる。
「そういえば、彩花から展示会の話、俺にもきたよ。監督もプロデューサーも大賛成だって張り切ってるみたいだ」
 佐藤さんが嬉しそうに言うから、オレも目をキラキラさせて何度も頷く。
「うん!葵の海、絶対みんなに届くよね!オレも……頑張ってみようかな」
 ちょっと照れながら呟き、カバンからスケッチブックを取り出して、海をスケッチし始める。
 秋の海、波の音、佐藤さんの笑顔。
 映画の葵みたいに上手くは描けない。
 でも、オレが描きたいから今は描いている。
 上手いとか下手とかじゃなくて、オレの描きたいものを、今はただ描きたくて、色鉛筆を動かした。
 
「佐藤さん……今日はありがとう。ほんと、葵の夢を叶えてくれて……」
 感情が高まって、ちょっとだけ声が震えてしまった。
 今日は、映画の葵ができなかったことを、色々することができた。
 映画の葵の気持ちとオレの気持ちがまだ完全に分離できてないから、葵の感情に引っ張られて、嬉しくて涙が溢れそうになる。
「俺もだ、青葉。……俺も、お前とこの海に来ることができて、本当に良かった」
 佐藤さんがオレの肩をそっと抱き寄せてくれる。
 映画では、悠真さんが葵を背後から抱き締めてくれていた。
 そのシーンとなんか似ていて、いろいろ勘違いしそうになる。

 あぁ、やっぱり好きだなぁ……
 オレ、佐藤さんのこと……本気で好きになってる。
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